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【15】主人公の奇跡

 既にショッピングモールには人気がなかった。その代わり、辺り一面が火の海と化していた。

 恐らく獣化犯罪者が暴れた際、どこかのガス線が破壊されてそこから発火してしまったのだろう。燃え盛る炎の中を、犬・猿・雉の形に変化した三人の獣化犯罪者が闊歩していた。

 どうやらこの三人はショッピングモール内の店に強盗として押し入ったらしい。金品をひと通り盗んだはいいが、獣化したことによって知性を失い、ひたすら暴れ回るだけの怪物と化してしまっていた。

 そこへ、一台のバイクが颯爽と駆けつける。

 氷群・リリエンクローンは、少しよろめきながらバイクから降り立った。

 麻酔を打って痛みを抑えてきたはずだが、かすかに残る胸の痛みに耐えつつ、うまく機能しない脳を懸命に働かせていた。

 本来ならまともに動くことすらままならない状態で、普段相手にすることのない三人の獣化犯罪者に立ち向かおうというのだ。

 どう考えても無謀すぎる行動だが、氷群は毅然と立ち向かおうとする。

 杉彦を新しいパートナーとして迎えた最初の任務で、あれだけの大失態を犯したのだ。

 自分が倒れた後、犯人は真知子が対処したと聞かされたが、もし真知子が来なければ間違いなく杉彦は殺されていた。パートナーを危険な目の遭わせることが一番の愚行であると氷群は考えていただけに、自らの失態は万死に値すると思った。

 だからこそ、もうパートナーを受け入れることはしない。

 どんなに酷な状況であっても、もう誰も巻き込まないように一人で立ち向かう。そう氷群は誓ったのだ。

 よろめく足でなんとか踏ん張り、ゆっくりと刀を抜く。

 おそらくこの現場にたどり着いたのは自分が一番だろう。今すぐ事件を解決すれば誰も傷つけないで済むはずだ。

 氷群はしっかり刀を構え、深呼吸し、獣化犯罪者と炎の海へと突っ込んでいった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 杉彦は自宅にあった自転車で猛ダッシュしながら、ひたすら暗示をかけまくっていた。

 確かに祖母の言う通り、余計なことを考え過ぎていたかもしれない。求めていた答えはもっとシンプルだったはずだ。

 ―氷群が好き―

 そのたった一つの想いでここまでこられたはずだ。

 今更どんな障害が来ようとも関係あるものか、と。

「その通りですぜダンナ!!」

「だーかーらーさー、また俺の心を読むなって、って、おわあああ!!」

 危うく滑りそうになる杉彦。いつの間にか後ろにぴょん太が乗っかっていたのだ。

「おま!いたのかよ!!」

「当然ですぜダンナ!!ダンナがお嬢さんに告白するまでどこまでもお供しますぜダンナ!!」

「告白って、今はそれどころじゃないだろ!!」

「何をおっしゃいますダンナ!!お嬢さんが窮地に立たされた今、そこからお嬢さんを救い出すことで 深い絆が生まれ、晴れて二人はお結ばれになるんですぜダンナ!」

「……つまり囚われのお姫様を王子が助けてハッピーエンドみたいな感じってこと?」

「そんな感じですぜダンナ!!」

「……それってどうなの?」

 あまりにもベタ過ぎる展開だ。しかも童話のようにハッピーエンドの保証などない。

「もうここまできたらやるしかないですぜダンナ!!」

「……」

 全力で自転車を漕いでいる間に、テンションもどんどんおかしくなっていく。もうこの勢いのままで行くしかない。杉彦はそう思えてきた。

「……そうだな。やるしかないか!!」

「その意気ですぜダンナ!!」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 杉彦は更に漕ぐスピードを上げる。

「そっちは西部ですぜダンナ!!」


 なんとか現場に到着した杉彦とぴょん太。

 周りの建物には炎が回っており、かなり危険な状態だった。

 杉彦の中で一気に緊張感が増す。このどこかに氷群はいるはずだ。早く見つけねば彼女の命が危ない。

「氷群さああああああああああん!!」

「お嬢さああああああああああん!!」

 煙を吸わないよう体勢を低くして叫ぶ杉彦とぴょん太。

 ぴょん太の声が氷群に届くのか疑問だったが、そんな未知の可能性にも賭けたくなるような厳しい状況だった。

 建物内には入れそうになく、周りから探っていくと、中央広場のようなところで、黒い影が揺らめいているのが見えた。

 杉彦は懸命に近寄ってみると……

「ひ、氷群さ、……!」

 そこにはボロボロの状態となった氷群が床に横たわっていて、周りには三人の獣化犯罪者が氷群を囲うようにして立っていた。

 どう見ても絶望的な状況に杉彦は絶句し、足がすくんでしまう。

 ここまでなんとか保ち続けた氷群への想いも一気に揺らぐ。そして同時に心の奥に潜んでいた羅刹の魂が騒ぎ始めた。「我ヲ顕現セヨ」と。

 しかし、ここで羅刹を呼び出して、氷群を巻き込まないという保証はない。

 それにもう一度心が闇に支配されたら、もう二度と元には戻れない気がした。

「くううううううああああああああああ!!!!」

 杉彦は自分の中から溢れ出しそうになるどす黒い感情を押さえ込もうと、必死に力を入れた。

 そして思い出す。

 氷群と出逢えたあの奇跡の瞬間を。自分を救い出してくれた天使の優しさを。そしてここまで積み重ねてきた彼女との数々の思い出を(一方的な)。

 二つの感情が杉彦の中で激しくぶつかり合っている。まるで小惑星同士の衝突の如くだ。

だが、氷群の傷ついた姿を改めて見た瞬間、羅刹の殺意が一気に膨れ上がる。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 杉彦は気が遠くなりそうになった。

 そこを境界線の一歩手前で踏ん張り、祖母の言っていたあの言葉を強く、強く、自分の心に無理やりねじ込んでいく。

(殺すより愛でろ、殺すより愛でろ、殺すより愛でろ……)

 想い人を殺され、殺意の塊となってしまったご先祖様。

 だが、彼が自分と同じように、今でも想い人への愛情を無くしていないのであれば、この杉彦の強い想いに呼応してくれるかもしれない。

(ご先祖様。あなたのように怒りと殺意に負けたりしません。今度こそ、悔いの無いように、今、氷群さんに告白し、彼女を守ります!!)

 今こそ、彼女への恩を返すと同時に、ありったけの想いをぶつける時だ。

 そこへ杉彦の様子窺っていた猿の獣化犯罪者が、地面に落ちていた建物の瓦礫を杉彦に向けて投げつけてきた。

 自らの感情をコントロールするのに必死だった杉彦は、それに全く反応できなかった。このままでは確実に瓦礫が直撃してしまう。最悪の事態が差し迫ったその時、

「あぶないですぜダンナ!!」

 なんと、飛んできた瓦礫をぴょん太が杉彦の前に飛び出して、受け止めたのだ。

 しかし、瓦礫の勢いで吹き飛んでしまうぴょん太。

「え?……ぴょん、太?ぴょん太あああああああああ!!」

 杉彦は急いでぴょん太に駆け寄った。ぴょん太の傷はかなりの深く、致命傷だった。

「ダッ、ダンナ……ご、ご無事で……」

「いい!いいからしゃべるな!!」

 感情を爆発させる杉彦。

「あ、相、変わらず、スキ、だら、けです、ぜ……ダン、ナ」

「……ごめんな」

 杉彦の目から自然と溢れ出す涙。

 氷群に告白しようとする度に、何度となく隙をつかれては失敗に終わっていた。

 それを改善しようと、いろいろと間違ってはいたが自分と真剣に向き合ってくれていたぴょん太。

 人とタヌキという、異種間での何とも不可思議な関係が、今になって大切な支えになっていたのだと、杉彦は思い知らされる。

「で、でも、……その調、子で、す、ぜ、ダンナ……ダンナに……どうか幸あれ……」

 プツッと。

 命の糸が切れて、ぴょん太は動かなくなった。

「っっっ!!……ぴょん太ああああああああああああああ!!」

 激しい慟哭と共に、杉彦の瞳孔が大きく開かれ涙が一気に溢れ出した。

 深い悲しみが杉彦に襲いかかってくる。

 だが同時に、とてつもなく大きな力が自分の中に宿った気がした。

 もう今しかないのだ。

 自分の告白がうまくいくまで見守りたいと、ぴょん太は言っていた。

 せめて悔いのないよう、ここで決めるしかない。

 もう結果なんて、どうなってもいい。

 この一瞬に全てを叩き込め!

 杉彦はゆっくりと腰の刀に手をかけた。そして氷群の方へ目を向け、一気に前へ突っ込んだ。

 そして一片の迷いなく、叫んだ。

「氷群さあああああああああああああああああああああああああああん!!大好きだあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 杉彦は刀に全身全霊の力を込めて振るった。

 刹那、膨大な光と闇の力が杉彦の体から膨張し、全てを覆い尽くした。

 隙有杉彦。十六歳。

 今この瞬間、氷群・リリエンクローンに告白す。


 長い夢だった。ここまで長い夢は初めてかもしれない。

 杉彦は気がつくと、ベッドの上にいた。

(生き……てる……のか?)

 かすかな消毒液の匂いから察するに、ここは病院のようだ。

 どうせどっかで転んだか車にでもひかれて運ばれてきたんだろうと予想する。

 幸い、体に痛みはほとんどなく、手足も自由に動くようだった。

 杉彦はおもむろに寝返りをうった。

 そこで目の前に現れたのは同じくベッドで寝ている氷群だった……

(えっ!!どういうこと!?夢オチじゃないのコレ!?)

 むしろ今が夢のような展開になっていて、もう自分が寝てるんだか起きてるんだか判別がつかなかった。

 反射的に上体を起こしてあちこちをつねりまくる杉彦。どうやら夢ではないらしい。急に心の臟がバックンバックンし出した。

「……杉彦」

 そこへ急に声をかけられ、杉彦は電気ショックを受けたようにビクッ!となる。おしるおそる隣を向くと、同じく状態を起こして杉彦の方を向いている氷群がいた。

「はっ、はいいい!!」

 もう夢でもなんでもいいやと思い、しっかりと正座して氷群と向かい合う杉彦。

 改めて見る氷群は本当に美しい。

 窓から差し込む太陽の光が、彼女の美しい髪をより神々しく輝かせていた。

 顔はすっぴんだったが、その素肌のキメ細かさが天性の美を司っている。

 瞳の中では光が蜃気楼の如く揺らめき、杉彦に幾多の銀河がひしめく無限の宇宙を連想させる。

 そして、女神や天使をも軽く凌駕する柔和な笑みを称え、氷群は杉彦に優しく囁いた。

「……ありがとう、杉彦」

 瞬間、ここが追い求めていた極上の楽園であると、杉彦は確信した。


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