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【11】祖母の経歴

 杉彦と広美の存在が訓練生の間で物議を醸している頃、ビッグ・マミーこと阿狩真知子は、シルヴァー・ハント本部内にある自室でぼんやりと昔のことを思い返していた。

 今から約三年前、この街で五本の指に入るほどの、資産家の邸宅に強盗が押し入った。

 強盗は始め、金品を盗んで立ち去るつもりだった。しかし、怪しい物音を聞きつけた資産家の娘に金品を盗むところを目撃されてしまった。

 その時、娘の姿を見た強盗に異変が起きた。

「ぐ、ぐおああああああああああ!!」

 強盗は急に苦しみうなり声を出すと、強盗の体を覆う全ての皮膚が灰色に変色し始めたのだ。次に上半身の筋肉がボコボコと隆起し、頭部が酷く歪み、口が尖り、耳が大きくなっていく。

 娘ははっきりと見ていたわけではなかったが、気がつくと目の前にいた強盗の上半身だけがネズミのような容姿に変化していたのだ。

 あまりにも唐突で衝撃的すぎる出来事に呆然とする資産家の娘。

 そこへ強盗の奇声を聞いた両親と近所の人間が現場に駆けつけてきた。しかし、現場へ到着した誰もが資産家の娘と同じく、強盗の異様な姿に声一つ出せなかった。

 上半身だけ人の形をほぼ失った強盗は、ゆっくりと周りを見渡すと、まず一番に娘の父親である資産家を拳で殴り飛ばした。その後も周りにいた者全員を殴る蹴るの暴行によって蹴散らした。

 そして最後に残った資産家の娘の前に立つと、すでに力が抜けてへたり込みガクガクと震えている娘を押し倒し、服を破りだした。

 本能ながらに娘は感じた。犯される、と。

「ぅ、うっ!ぐふぅあっ」

 ぐちゃぐちゃにかき乱される自分が頭の中を支配し、思わず嘔吐してしまう。

 そんな娘の乱れようなど全く構うことなく、強盗は自分の下半身を露出させ、ゆっくりと娘の下半身へと近づけた。

「っっっっっっ!!」

 娘の声無き悲鳴。

 強盗以外、誰しもが絶望しそうな状況。

 ほんの一瞬前まで、世界を包み込んでいた綺麗な包装紙を汚く無惨に破かれる瞬間。鬼畜なる終焉。

 だが、その瞬間の何百分の一にも満たない極小の時間に、奇跡は起きた。

 強盗の背中に、頭から尻まで縦に大きく一つの筋が走ったのだ。

 その途端に、強盗の動きが止まる。しかし、筋が入っても何も起きない。

 その違和感に耐え兼ね、強盗がゆっくりと首だけ後ろに回し、片手で筋の入った箇所を触った。

 その筋の正体は、とてつもなく斬れ味の良い、刀の斬り口だった。

 強盗がその斬り口に触れた瞬間、筋から一斉に血の飛沫が吹き荒れる。

 そこから急激に痛みを感じ出した強盗は、激しいほうこうを発してその場にのたうち回った。

 娘はその時、何が起こったのかよくわからなかった。ほんの少し前まで想像していた絶望的な予想があっさりと覆されたのだ。

 霞んだ視界の中、のたうち回る強盗越しに、人の影が見えた。

 赤くぬめりを帯びた液体が付着した、長い刀を持った人物。

 窓から入る月明かりに照らされ、刀の液体がついていない部分がキラリと光っている。

 更に月明かりによって浮かび上がった姿から、綺麗な起伏のある体型の、警察の制服をまとった女性だと認識できた。

 その女性はゆっくりと娘に向かってこう言ってきた。

「目ぇ伏せてなぁ、お嬢ちゃん」

 その言葉で急に緊張の糸が切れたのか、娘はゆっくりと目を閉じて、その場に倒れた。それを認めた女性は、左手に持っていたキセルを口にくわえ、両手で刀を持ち、刃先を下に向けた。

 だんだんともがきが緩慢になってきた強盗の喉に刃先を突きつける。

 女性は静かに告げた。

「あばよぉ」

 刀はスッと流れるように、強盗の喉を一気に貫いた。

 吹き荒れる血飛沫をもろに浴びるが、女性は表情一つ変えない。音のない悲鳴を上げた強盗は、ピクピクと痙攣して次第に動かなくなった。

 隙有真知子。

 これが、彼女にとって初めての『殺害行為』となった。


 真知子が邸宅から出てくると、真知子に向かって一斉に多くのフラッシュがたかれた。周りを見渡すと同じ警察の関係者に始まり、マスコミや野次馬などでごった返していた。

 真知子が出てきた時、歓声やら悲鳴やらが起きて場は一気に騒然となった。

 無理もない。真知子の体にはあちらこちらに血がべっとりとついていたからだ。

 だが、そのような状況にあっても真知子は涼しい顔で現場を後にしようと歩きだした。

 普通ならば、こんな話題になりそうな事件の当事者にマスコミがこぞって囲みにくるはずだが、血まみれにも関わらずあまりにも平然とした真知子の態度に、マスコミは気味悪がって近づいてくることはなかった。

 そのまま署に向かおうとする真知子に、後ろから一人の女性が声をかけてきた。

「ふ、副総監!!」

 真知子は立ち止まり、後ろを向く。

 一人の婦人警官が荒い息をはきながら真知子に向かって叫んでいた。

「副総監、そ、その血は……」

 婦人警官の顔は酷く青ざめていた。

 その要因は真知子の全身に浴びている血の量のこともあるが、それより大きいのが今後の真知子の処遇だ。

 現在、隙有真知子は警視庁の警視副総監の地位にいる。

 その重役が、たとえ獣化した犯罪者だったとはいえ、人一人を殺したとなればどうなるか……

 誰でも簡単に予想できることだ。

 一方で獣化犯罪者事件での死者が多数出ている中、一人も被害者側の死者を出さずに事を終えたことは、ある程度の評価もされるだろうとも推測できる。

 そんな複雑な事情が絡み合う中、真知子は既に自分の身の振り方を考えていた。

「火蔭ぇ」

「はっ、はい」

  急に声をかけてきた真知子に、火蔭と呼ばれた婦人警官は、少々驚く。

「アタシについてくる気はねぇかい?」

「え!?」

 火蔭の驚きが膨れ上がった。

 ついてくるとはどういうことなのか?

 急に何を言い出すのか?

 真知子は火蔭の表情を気にせず続けた。

「アタシゃぁ、警察を出ていくよ。このままじゃぁ皆に迷惑かけちまいそうだしねぇ」

「え、そんな……そんなこ」

「ほら、どうした火蔭?はい!か、いいえ!か、さっさとしな」

「で、でも、副総監。警察を出ていってこれからどうす」

「そりゃぁこれから考えんのさぁ。だからおめぇさんにも一緒に考えて欲しいんだ」

「わ、わたし……も?」

「おうよぉ」

 真知子の口から、火蔭の思ってもいない言葉が飛び出した。

 火蔭は警察に入ってまだ五年の、まだまだひよっこも同然。特別な能力もなく、ただ素直だというだけでお上からは評判が良いというだけだった。

 そんな自分を、真知子は必要としてくれている。

 だから、彼女の言葉が違和感から嬉しさに変わるまで、そう時間はかからなかった。こんな自分にも愛情を持って接してくれる真知子を、火蔭は自分の母親以上に慕っていたのだから。

 もうすぐ六十歳とは思えないほどの若さと美貌を持ち、全婦人警官の羨望の的なっている真知子に求められるのなら……

 火蔭の心は動きとなって現れた。

 火蔭の表情の変化を見た真知子は、静かに微笑み、また署に向かって歩き出す。その後ろ姿を、火蔭は必死になって追いかけた。


「……何をニヤついておられるのですか」

 追憶に浸っていた真知子に、いつの間にか横に現れた火蔭が呆れ気味に声をかけてきた。

「ん~?昔の火蔭は可愛かったなぁと」

「ご冗談はご年令だけにして下さい」

「あ~たかだか三年でこんなになっちまうたぁ……アタシの見る目がなかったねぇ」

「失礼ながら、ビッグ・マミー。あなたは見る目があったのです。私が側近としてシルヴァー・ハントの運営に心血を注いでいなければ、確実に組織は志半ばで壊滅しておりました」

「あた~っ!大見得まで切るようになっちまったよ!こりゃ参った!」

 ペシッ!と茶目っ気たっぷりに自分のおでこを叩いてみせる真知子。

「……ご年令をお考え下さい」

 冷静だが若干引き気味の火蔭。

 これでも二人の息はベストマットしていると言える。

 結局、あの事件は警察側の正当防衛という形で、大きな問題追求には至らなかった。

 しかし責任は責任という形で、真知子は惜しまれつつも警察を退くこととなった。それから真知子は全く世俗から離れ、表から姿を消していた。

 当時、獣の容姿に変化した犯罪者は極めて暴力性が高く、警察の取り締まりが全く機能していなかった。

 そこで真知子はこの事態を重く見て、まず強力な犯罪者に対抗できる人材確保しようと試みた。

 幸いにも、真知子の人徳によって多くの婦人警官が真知子の行動に協力しようと立ち上がったお陰で、手早く人員を確保することができた。その反面、男の支持者は指折り数えるほどで、結果的に戦闘員の割合は女性が多くなる形となってしまったが。

 また、元・警視副総監という立場を利用して、いくつか警察とのコネを使って運営本部の設置や駐在所の合同利用なども可能となった。

 こうして真知子が警察を脱退してから数ヶ月後、対獣化犯罪組織『シルバーハント』を発足するに至った。

 しかし、すぐに組織の運営に大きな問題が生じてしまう。

 それは、肝心な運営資金と戦闘員増員をどうするかという問題が解決できていないことだった。

 獣化犯罪者の増加に伴って人員も増やさなければならないし、集めてきた戦闘のエキスパートたちや事務員たちに支払う給料も捻出せねばならかった。

 このままでは組織存続が危ぶまれる。

 真知子がそう思った矢先、火蔭から一つの案が出された。

「正式な戦闘員を育成するために学校を作ってみてはいかがでしょうか?」

 それは真知子の頭にない、とても画期的な案だった。

 ここまで集められた人員たちはその戦闘能力もさることながら、外見的にも魅力のある人員ばかりだった。特に氷群・ハイリッヒシュタインは男女から多くの支持を得ていたので、彼女を中心とした「魅力溢れる人間になれますよ」的な謳い文句を使った宣伝を始めたことで、驚くほど訓練生を希望する人間が現れた。

 まぁ実際のところ、最初に集まった人員は学校に通うことで強くなったわけではないので、言い出しっぺの火蔭が血の滲むような努力で訓練生の指導者も兼ねることで、学校の信用を真のものとすることが出来た。

 この火蔭の活躍が後に本人の自信へとつながっているのだが、その代償として(と言ってはなんだが)素直で穏やかだった火蔭の性格が歪んでしまい、真知子は少々遺憾な思いを抱いていたりするのだが。

「……ところでビッグ・マミー」

「ん~?なんだいぃ?」

「杉彦君の件なのですが、あの処遇で本当によろしいのでしょうか?」

「なんだい、火蔭ぇ。あんたがアタシの決定に口答えしてくるなんて珍しいねぇ~」

「いえ、ただの確認です」

 挑発してくる真知子にあくまで冷静に返答する火蔭。

 しかし火蔭自身、正直なことを言えば、少々不安があった。今や杉彦の噂は組織全体に行き届いている。しかもその要因となっているのが、戦闘能力のことよりも氷群・リリエンクローンに対するストーカー行為の容疑をかけられていることに問題があった。

 もしこのまま杉彦と氷群が直接合間見えることになるのは、組織の揺らぎにつながるのではないかという憂慮があった。

 そんな火蔭の心など全く読む気がないように、真知子はくわえていたキセルを左手に持って美味そうに煙を吐き出した。

「あの子は氷群に任せるよ。本人も望んでいたことだしねぇ」

「それでは他の部下や候補生の者たちに示しがつきません」

 つい心の声が出てしまう火蔭。

「いやぁ、今やあの子の実力は誰もが認めるところだろう。コネで上がるなんてぇ理屈はとうに越えてるよ」

「……」

 確かに、火蔭自信も杉彦の能力については認めざるを得ないと思っていた。

 それ以上に、真知子の自信満々な表情から、彼の活躍を普通の人間とは違った角度で期待しているのではないかと火蔭は勘ぐっていた。

 その裏付けを、真知子の余裕しゃくしゃくな表情から掴み取ったのだ。

 それが火蔭にとっては、真知子の本当の心が少し垣間見えた気がして嬉しかったりもする。

「ま、まずは何でもやらせてみてわかることもあるってもんよぉ」

「何か根拠がおありなのですか?」

「ねぇよ。でも価値だけはある。ばばぁのカンてぇやつさねぇ」

 真知子は火蔭に向けてニヤリと笑ってみせた。火蔭は頬を少し赤らめ、それ以上何も言わなかった。

 否、言えなかった。


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