【10】主人公の本領
―対獣化犯罪組織『シルヴァー・ハント』本部ビル内、食堂にて―
「はぁ……」
「あら、どうしたの蛞嶋?いつものムダな元気は」
「……うるせぇ蛇澤……ムダは余計なんだよ……」
「でもほんと元気ないのね」
「そりゃ元気もなくなるさ……聞いてるか?例の話」
「例のって……ビッグ・マミーが訓練生に自分の孫を入れたって話?」
「あぁ、それだ。あーもー思い出したくもねぇ」
「あんたから話持ち出してきたんじゃない!」
「そうだけど……」
「で、その話がどうしたのよ?」
「今、その孫と組み手してきた」
「え?」
「そんで圧倒された」
「ええ!!あんたが!?」
「そ」
「性格も容姿もいまいちだけど、戦闘能力の高さだけで正式戦闘員候補になってるあんたが!?」
「前二つはほっとけよ……」
「なんで負けたの?油断?顔がキモいから?」
「バカ言え、素人相手なら油断してても気後れするこたぁねぇ!あと顔のことは言うな」
「じゃぁなんなのよ?」
「言いたかねぇが……あいつ、つえぇぞ」
「強い?まさか」
「俺もそう思ったよ。でも事実だ」
「へぇー……すごいのね」
「すごいってレベルじゃないぜ、ありゃ」
「えーどんだけよ!」
「蛇澤、それは俺から説明させてもらおう」
「あら、蛙峠」
「俺はこいつらの組み手を見てたし、相手した蛞嶋本人に説明させるのも酷そうだしな」
「ほっとけよぉ……」
「それでそれで、どうだったのよ!?」
「あぁ。まずは経緯から話そう。今朝、急にビッグ・マミーがお孫さんを連れて訓練場にやってきて、『今日からうちのファミリーんなったアタシの孫だ。ま、適当に可愛がってくんねぇ』とか言ってきたんだ」
「うんうん」
「それで早速、組み手相手に蛞嶋を指名してきて」
「うんうん」
「さすがに場にいた全員が大笑いした。力の差がある者同士の組み手は、下手をすれば命取りだからな」
「そうよね」
「でもビッグ・マミーが了承済みだというので、蛞嶋は仕方なく組み手の相手をすることになった」
「それでそれで」
「それがこいつの運の尽きだった」
「うるへー……」
「まぁ相手はビッグ・マミーのお孫さんとは言え、格闘技もスポーツさえもほとんど経験のない、ズブの素人だって話だ。最初はこいつも手加減してやろうと思っていたみたいだ。ところが、お孫さんが木刀を居合いのように構えた途端、彼から異様なオーラが溢れ出てきたんだ」
「オーラ?」
「そうだ。それも周りで見ていた全員がそれを感じ取れるくらいのオーラで、全体がざわついた」
「うっ、うん」
「特に蛞嶋は彼のオーラを一番強く感じていたようだ。かなり焦り出した。普通ならば下の者が胸を借りるという意味で先手を打つが、何を思ったか、蛞嶋が先手を打ちにいってしまった」
「……ごくっ」
「こいつはそのまま勢いに任せて、全力で彼の手を狙いにいった。だがなんと、お孫さんがそれを読んでいたんだ」
「うそっ!」
「足を一歩引いて小手をかわし、懐に入ってきた蛞嶋へそのまま構えていた木刀を放った」
「……」
「またその放った一閃も凄まじかった。当たる直前、蛞嶋はやばいと思ったんだろう。ギリギリで体をひねって避けようとした。なんとか直撃は免れたが、あまりにも剣圧が大きすぎて吹っ飛ばされてしまったんだ」
「マジで!?」
「おそらくあれが直撃していたら間違いなくあばら骨を粉々にされていたことだろう……」
「うえぇ……」
「あいつぁ全然素人じゃねぇよ……あの抜刀術は荒削りだが破壊力がおかしい。それに殺人鬼かってくらいヤバかったぜ、あのオーラ」
「ま、まぁビッグ・マミーも相当腕あるし、隔世遺伝とかじゃないの?」
「それは否定できないな。それにしたってあの技術と力はどこから来ているのか……」
「本当よね……」
「あとヤバかったのはあいつの目だ」
「目?」
「あいつの一閃くらいそうになった時に見えたんだが……」
「うん……」
「ハートの形してたぜ」
「ハ?」
「どうやら、周りにいた見学者の中の誰かを見た時から、そうなっていたらしい」
「見学者って……あ、そういえば女の子たちの間でこんな噂があるのよ」
「噂だぁ?」
「なんでも、氷群・リリエンクローンに何度も声をかけてる変態がいるらしいの。それがビッグ・マミーのお孫さんと似てるんだって」
「……あー」
「もしかして、ストーカー行為の延長でここまで来たんじゃないかって騒がれてるわよ」
「……だとしたらアレか?“愛のパワー”ってやつなのか?」
「ひ、非科学的な……」
「お、恐るべしね、愛のパワー……」
「あと、こっちも噂なんだけどよぉ……」
「何よ?」
「最近、この本部のそばで時々、不審者が出るって話でさ。俺らの中で顔がいい奴が狙われてるらしいんぜ」
「あら、今度はイケメン相手のストーカー?ならあんたには関係ないじゃない」
「うっちゃいわ!……つぅか、狙われてんのは“顔がいい女”らしいぜ」
「うわ!!相当な変態ね!」
「ん?お前が知らないってのは、お前にも関係ない話ってことか」
「ア・ト・デ・コ・ロ・ス☆」
「……」
「ゴホッ、蛞嶋の話、引き継ぐぞ。それがその変質者がまた、ビッグ・マミーの、しかも“女のお孫さん”に似ているという噂だ……」
「……私、この組織、抜けようかしら」
「こらー!あんたたち!!もう閉店時間過ぎてるよ!!お残しは許さんでぇ!!」
「「「はーい」」」」