盗賊
少年は森を歩きながら周囲を注意深く見回す。小川の横を離れないように歩きながら、木々を注意深く観察していた。
(ほんっと良く食べるんだからなぁ……)
彼が探しているのは果樹であった。女性の割りに背も高く、筋肉質な彼の相棒は非常に良く食べる。そこいらの男よりもはるかに良く食べる。あれ程の量の荷物を持ち運び尚も疲れを見せないだけの体力を維持するのだから、それ位食べたとしても確かにおかしなことでは無いのだが旅の中では困ることもある。そう言う時には少年がこうやって森の中から木の実や魚を取って持ち帰ることが多くあった。携帯食料を足しにすることもあったが、なるべくなら自然の中の物を使ったほうが経済的だ。
特にこのあたりは温暖な気候と豊富な水があるため、野生の果樹が育ちやすい地域でもある。こういった野生の植物を探すことも旅の一つの醍醐味だ。少年は近くの木から枝を折り取り鼻歌を歌いながら散策を続けた。
(……あれ?)
辺りを見回しながら歩いていた時、ふと何か聞こえた気がした。小鳥のさえずりと草や木の葉の音の間に、かすかに別の音が聞こえる。自分の足を止めるがやはりその音は止まない。それどころか、徐々に大きくなってきている。どうやら近づいてきているようだ。
ふとこの辺りで噂になっている盗賊の話を思い出す。川沿いで休んでいる旅人を襲い、場合によっては拐って売り飛ばすのだと言う。屈強な戦士でさえも被害にあったことがあると言う。
いきなり逃げるのは得策とは言えない。土地勘のある相手なのだから、その先に罠を仕掛けられて居ないとも限らないのだから。少年はベルトに結わえてある小刀の柄を握り、音のする方へと油断なく身構えた。
音が大きくなる。草のなる激しい音が近づいてくる。誰かが疾走し、向かってくる音だ。どうやら1人の様だがそれでも油断は出来ない。全身を耳にしながら少年は真剣なまなざしで音のする方向を見つめた。
やがて森の中、草の根を分けながら一人の青年の走る姿が見えてきた。必死の形相でこちらへ向かってくる。武器を携帯している様子はないが、まだ油断は出来ない。自分から声を掛けることはせず、少年はじっとその姿を見つめた。
やがて相手は少年の姿に気付いたらしく、荒い息の間から叫び声を発した。
「ああ!どうか助けてください!」
その青年は身構えたままの少年の姿にやや躊躇したようだったが、それでも駆け寄る足を止めることはしない。ようやく少年の目の前にやって来ると青年は膝に手をついて肩で大きく何度も息をする。あれだけ必死に走り、叫んだのだからそれも仕方ないことだろう。
武器も敵意も無いらしいことを確認して少年はようやく小刀から手を離した。相手が息を整える間、その姿を観察する。短い黒髪と飾り気のない服装。かなり汚れてくたびれた革靴を履いている。旅人かもしれない、と少年は思った。
やがて声を出す体力を取り戻した青年が荒い息の間から言葉を発する。
「あんた…旅の…人かい?助けて…欲しいんだ…俺の荷物を…」
「待って、まず落ち着きなよ」
少年は腰に結わえていた革袋を差し出した。中身はさっき川で汲んだばかりの清水だ。青年は一瞬ためらいを見せたが、革袋を受け取り一気に飲み干した。それだけ必死に走ってきたのだということだろう。少年はちらりともう一度汲み直さなければならないな、と頭の隅で思った。
「で、どうしたの?荷物がどうとか言ってなかった?」
「盗賊が…あぁでも君みたいな子供には無理だな…近くの町で頼まなくては…」
落ち着きを取り戻しつつある青年にそう問いかけると、彼はようやく相手が年端も行かない少年であることに気がついたようだった。慌てた様子で辺りを見回が、この近くに町などない。やはりまだ平常の判断は出来る状態で無いのかもしれない。
「町なんて半日くらい行かないと無いよ?だから、落ち着いてよ」
そんな相手とは対照的に、少年は落ち着き払って青年を制した。はるかに年下に見える少年が慌てふためいている青年を冷静に制する姿は中々奇妙なものである。青年もそんな自分に気付いたらしく、ばつが悪そうな表情になった。
「大事な荷物?急ぎで取り返さなきゃならないの?……もしかしたら、俺の連れならどうにか出来るかも」
「お、お連れさん?」
「まぁいいから、着いてきてよ」
それでもやはり焦り顔の青年を尚も制して少年は返答を待たずに来た道を引き返す。少しの間青年は逡巡する様子を見せたが、観念したのか少年のに付いて歩き出した。すぐに少年の横に並ぶと、不思議そうに少年を見やる。
「……君、旅人なのかい?」
「うん。……お兄さんもそうなの?」
「まぁ、そんなところさ」
「ふーん」