クロノス
いつか自分は背が延びて頭も良くなって考え方もしっかりして…そうやっていつの間にか大人になっていくんだと思っていた。
それはとても当たり前で自然なことだから、疑う余地も抗う気持ちもなかった。ただ、そのまま気付いたら過ぎ去っているものだと思っていた。
あの日アレに出会うまでは、一片の曇りもなくそれは明確なことだった。
「ああ、君で良いや」
親方の目を逃れるために立ち寄った裏通りで僕にそう声を掛けてきたのは、ごく普通の男だった。裕福でもなく貧乏でもなく、ごく普通の…本当に何処にでも居そうな普通の外見をした男だった。
いや、今思えば本当にアレが「普通」だったのかどうか自信が無い。アレは自分自身を偽ることに長けているから、その時の僕がただ騙されてしまっただけだったのかもしれない。
とにかくその時の僕は声を掛けてきたそいつに対して何の警戒心も抱かなかった。言われた言葉の意味は理解できなかったけれど、笑顔を浮かべて近寄るその男には警戒する点なんて一つも無いように見えた。
だからその男が僕に向かって手を差し出してきたとき、逃げるなんてこと思いつきもしなかった。
そして、そのことを僕は後になって激しく後悔することになったんだ。