5.
「始め!」
父上の声。彼は綺麗に木剣を構えた。
まるでお手本のようだ。教官の動きに似ている気もした。
家庭教師をつけてもらっていたのだろうな。
「ハッ」
気合いを入れて斬り込んでくる。流れるような剣筋は、美しく鋭い。
これは、油断できない――
私はタイミングを合わせてそれを弾く。かん、と、軽い音がした。続けて打撃が来るかと構えたが、彼はそれだけで体勢を崩した。
「ぐっ」
そんなに強く打っていないと思うけど……
見ていると、彼は倒れそうになったのを堪えて、2.3歩後ろに下がり、体勢を立て直した。
再び正眼に構える。隙のない、綺麗な姿勢。
さっきのはたまたまだろう。私も改めて構えた。
しばし睨み合う。
堂々としていて、大人と対峙しているように感じた。でも、なんだか肩肘が張っていて、落ち着きがないように見える。
型だけは知っているが、身体がついていかないような……なんだかちぐはぐだ。
注意深く様子を見ていると、彼は膠着状態に痺れを切らしたのか、再度飛び込んできた。
今度は受けずに避けた。
右、左。ぶうん、ぶうん、と、風の音。
型通りの剣だ。でも、まっすぐで真面目な剣だった。
「くそ、」
一旦引いて間合いをとった彼は、はあ、はあ、と、息を荒くしている。……まさか、疲れたのだろうか、この程度で?
だんだん、剣筋が乱れてくる。
剣に振り回されるように、さらに単調で大きな動きになってきた。
──もういいか。
隙を見つけて、私は彼の剣を下から強くはじいた。
かん、と、軽い音。
「……っ!」
彼は、剣は手放さなかったが、振り回されて身体を大きく反らせた。
私はそこへ素早く踏み込み、木剣を喉元へぴたりと添える。
「私の勝ちだ」
彼は汗をにじませながら、悔しそうに歯を食いしばった。
「~~ッ! 何故、お前! ふざけるな! もう一度だ!」
根性はあるようだ。
私は剣を構えなおす。
「いいよ、何度でもやってやる」
+
「いい加減にしろよ、私の勝ちだろ」
「負けていない! 俺が……負けるわけがない!」
何度やったって同じことだ。
体力が無さすぎる。
知識はあるようだが、まったく身体を使いこなせていないのだ。
疲労に倒れ起き上がれない彼を、私は見下ろす。
彼は悔しそうに歯軋りをして、金色の目をぎらぎらと光らせて上目遣いで私を見ている。
どう見ても、私の完勝であった。
……やった、やった!!
私は腹の底から湧き上がる喜びを感じていた。
やってやった!! あの時は何もできなかった私が、今はどうだ! あの男より強い!
この様子なら、今後どんなに彼が大きくなろうとも、殺されないで済むんじゃないだろうか!
ずっと、この調子で、彼より強ければ!!
月明かりの魔法陣を思い出す。あの時は逆だった。私が跪き、彼を見上げていた。
今だったらどうなる?
振り下ろされた剣を颯爽と弾いてこう言うのだ。「ふっふっふ、私を倒せるかな?」
おお、なかなか格好良い!
「俺は負けていない! もう一度だ!」
彼はそう叫ぶが、膝が震えている。もう力が入らないのだろう。
「じゃあ、大人しくちゃんと訓練してから、また勝負しようよ」
「……俺は、俺は……」
苦しそうな顔で下を向いた彼に、父上が優しく声を掛けた。
「急がなくても、正しく訓練すれば君なら必ず騎士になれる。真っ直ぐで、よい剣だった」
「……だが、負けた。俺はいっときも早く、王宮騎士団に入らねばならんのに」
「入団試験は十五からだ。あと五年もある。十分間に合うよ」
「そ、それでは……っ」
ぎりぎりと歯を食いしばる音にまじって、遅い、と、聞こえた気がした。
その様子を見た父は目を光らせ、面白そうににやっと笑った。この少年が気に入ったのだろう。
「よし、私が君を育てよう。私の……勇者の愛弟子であれば、騎士団に出入りするくらいは出来るだろう」
「そ、それは」
シュタイナーは顔を上げた。目元が濡れている。泣いていたのか?
「まあ、まずは、」
父上は苦笑して、私の手を引いた。
「リーゼくらいには、強くならなければなあ」
「えっ」
急に引き合いに出されて驚いた。シュタイナーも驚いた顔で私を見ていた。
泥だらけの、涙に濡れた顔は、なんだか捨てられた子犬のようで、私はつい、かわいそうに思ってしまった。
「私も騎士を目指す身だ。よろしく」
そう言って手を差し出すと、シュタイナーはびくっとして少し身を引いた。
怖がってるのかな? 捨て犬に警戒心を解いてもらおうと、私は微笑んでみせた。
「君とは、ええと、良いライバルになれそうだ」
まあ、宿敵であるから、嘘は言ってないし。
シュタイナーはおずおずと手を握り返す。
その、か弱さが妙に可愛らしく思えた。
ややあって、私を見つめていたシュタイナーの喉の奥から、かすかに「うん」という音が聞こえた。




