1話(2)
ユーリは翌朝、まだ朝霧が残る中、村を出発した。
目指すのは北にあるステラス山の麓。
採掘場の奥に見つかったという古代遺跡だ。
山道をしばらく進むと、やがて採掘場が見えてきた。
そこからさらに奥には、岩肌にぽっかりと口を開けた石造りの入口があった。
「ここが……遺跡か」
ユーリは剣の柄に手を添えながら、中へと足を踏み入れた。
遺跡の内部は薄暗く、ひんやりとした空気が流れている。
石壁には見たことのない紋様が刻まれていた。
長い年月を経ているのか、ところどころ崩れかけている。
コツ……コツ……。
足音が静かに響く。
妙だった。
魔物の気配がまるでない。
静かすぎる。
「……変だな」
ユーリは警戒しながら奥へと進む。
やがて通路は、大きな空間へと繋がった。
そこには――巨大な祭壇があった。
そしてその床一面には、青白く輝く巨大な魔法陣が描かれていた。
複雑な紋様が幾重にも重なり、淡く光を放っている。
「なんだ……これ」
ユーリは思わず呟いた。
見たことのない魔法陣だった。
だが、不思議と目が離せない。
胸の奥がざわつく。
まるで誰かに呼ばれているような感覚だった。
『こちらへ来い』
そんな声が聞こえた気がした。
気づけば、ユーリは祭壇の前に立っていた。
「……?」
理由がわからなかったが、身体が自然と前へ進んでしまう。
そして――ユーリは無意識に手を伸ばした。
指先が魔法陣に触れた、その瞬間。
『――適合!!――適合!!』
低く無機質な声が、遺跡に響いた。
「!!」
同時に、魔法陣が爆発するように輝き出す。
ガコン。
ガコン。
紋様が音を立てて回転を始めた。
『――解放』
『――調整処理、開始』
「なっ……!!」
眩い光がユーリを包み込む。危険を感じたユーリは、逃げようと身体を動かそうとする。
しかし、身体が動かない。まるで、石にされたかのように硬直し、自由がきかない。
光はさらに強くなり――ユーリ自身を吞み込んでいった。
「や、やめろ!!」
そこで、ユーリの意識は途絶えた。
遠くから、声が聞こえる。
「ユーリ!!?」
必死で呼びかける声。
聞き慣れた、どこか懐かしい声。
その声にみちびかれるように、ユーリはゆっくりと目を開ける。
「ユーリ!!」
まるで何年も寝てたかのように、瞼が重い。瞳を照らす光がまぶしく、視界は霞む。
ぼやけた視界に何回も瞬きをすると、ぼやけていた景色が少しずつ輪郭を取り戻していった。
「……母さん?」
目の前には母・エルアが、涙組ながら見下ろしていた。
「ユーリ!!」
かすれた声でつぶやく。
目の前には、母――エルアの顔があった。
ユーリが意識を取り戻すと同時に、エルアはユーリを強く抱きしめた。
「よかったぁ。目を覚まして……」
震える声でそう言いながら、エルアはユーリを強く抱き締める。
ユーリはまだぼんやりした頭のまま、状況を理解しようとした。
「ここは……?俺」
ゆっくりと辺りを見渡す。
見慣れた木の天井。
壁に掛けられた剣。
窓から差し込む柔らかな光。
そこはクローバー家の自分の部屋であった。そのベッドで寝ていたのだ。
「俺は……どうしたの?」
すると、エルアのすぐ後ろに立っていた父――フォールドが口を開いた。
「お前は、遺跡の中で、倒れていたんだ。」
「父さん」
フォールドは腕を組んだまま、安堵したように息を吐く。
「とりあえず、無事でよかった……」
フォールドもホット胸を撫でおろすが、気まずそうに少し目線を逸らす。
「う、うん……それで……え?」
意識がようやくはっきりとしたところで、ユーリは異変に気付く。
違和感は自分の声だった。
ユーリ自身が確かに放った声が――明らかに高い。
「え……何この声?」
本当に自分の声なのか疑いたくなるくらいで、喉元に手をやる。
しかし、異変は声だけではない。
「え……」
喉元を抑えた腕を見て目をぎょっとさせる。
腕が――細い。
あまりにも細すぎる。
見下ろした自分の身体には、かつて何年も鍛え上げてきた筋肉の面影がなかった。
そこにあるのは、白く、か細く、頼りない腕。
「なにこれ……?」
混乱が一気に押し寄せる。
そんなユーリの様子を見て、エルアとフォールドは気まずそうに顔を背ける。
「ねぇ、母さん……俺は一体……」
ユーリはワナワナと手を震わせる。
「俺は……」
視界が滲む。
涙が頬を伝う。
泣くのはあの頃に、辞めたはずだった。
それなのに、涙は止まらない。止められない。
「ユーリ……」
その様子に見ていられなかったエルアが、ユーリを再び抱きしめる。
「大丈夫だから……」
優しく背中を撫でながら、静かにそう言った。
この世界において、勇者になれるのは――『男性』だけである。




