1話(1)
冒険者、魔導士、鍛冶屋、農民――そして『勇者』。
この世界では『勇者』が1つの重要な職業として存在している。
農民は田畑を耕すように、商人が物を売買するように、勇者は世界の平和を守る。
かつて、世界を滅ぼしかけた魔王を討伐した伝説が語り継がれる昨今、『勇者』は、英雄的役職として多くの者の憧れとなった。
しかし、この世界の勇者は古くから1つのしきたりが存在する。
勇者になれるのは――。
そこは、アルステア王国属する大陸の西にある小さな村・ルミエール村は、普段は農具の音と家畜の鳴き声くらいしか聞こえない穏やかな村である。
しかし、珍しく多くの人で賑わっていた。
小さな広場に、農家を営む老人、村を守衛する年半ばの兵士、農作で得た果物や野菜で商売をする若人等々、老若男女が人だかりを作り、観衆の中心で立つのは、一人の少年ユーリ・クローバーである。
彼が手に掲げているのは、王国の紋章が刻まれた一枚の羊皮紙。
『ルクシア勇士学院 推薦状』
羊皮紙の一文目に大々的にそう書かれて、その下に彼の名が刻まれていた。
「見ろ、これがルクシア勇士学院の推薦状だ!!」
ユーリのその言葉に、村人たちが大きくどよめいた。
「おぉ、ユーリ、お前こそが、ルミエール一の剣士だ!!」
村人たちの顔には、誇らしさと興奮が浮かんだ。
「ルクシアって、数多くの勇者を輩出した王国一の勇者育成機関か?すげぇ」
「ついにルミエールから勇者が誕生するぜ!!」
「バカ言え。まだ学院から推薦状もらっただけだぞ?これから、入学試験とか困難が待ち受けてるんだ!!」
腕を組み、難しい顔を示す老人。
「ユーリなら、余裕だ‼︎アイツは男の中の男だからな‼︎」
と意気揚々に声をあげる若人。
その言葉に、村人たちはさらに盛り上がりをみせる。
「ユーリお兄ちゃんすごーい……勇者かぁ」
観衆の外側で、それを見守る少女。
「彼はすごいかい?」
憧れの目でユーリを見る少女に、お婆さんは語りかける。
「うん!!」
満面の笑みを浮かべる少女。
「勇者ってすごいんだね。」
「あぁ、勇者は皆の英雄じゃ。」
「ねぇ、私も勇者になれるかな?」
純真無垢な問いだった。
だが老婆は、少し困ったように眉を下げ、ため息をつく。
「お前さんは、厳しいかもしれんねぇ。」
「なんで?」
首を傾げる少女に、野太い騒ぎ声をあげる観衆を横目にお婆さんは微笑みながら、少女の頭を撫でる。
「……?」
様々な称賛の声をあげる観衆を、ユーリはただ嬉々として見下ろした。
観衆から発せられる『勇者』という呼び名――それはユーリにとって幼い頃からの夢だった。
剣を振るうたびに思っていた。
いつか自分も、世界を守る英雄になるのだと。
そして今、その夢に手が届こうとしている。
ユーリは腰の剣を握る。
胸の鼓動が高鳴るを感じながら、大きく息を吸い――叫ぶ。
「俺が勇者になって、村の皆を……いや、世界を守る!!」
剣を鞘から勢いよく引き抜くと、空高く掲げた。
「俺は勇者になるんだ!!」
その日静かな村は世界中のどこよりも、活気に包まれたのだった。
「改めて、おめでとう。ユーリよ」
「ありがとう、父さん」
その日の夕食は、豪勢な料理が食卓を並んだ。
ワイングラスを片手に祝杯を語るのは村で守衛業を営むエルドリア家当主でありユーリの父・フォールドである。
「ユーリ、本当におめでとう。」
「あぁ、母さん」
父の隣で微笑むのは母・エルア。
フォールドとエルアは村特産のワインを手に、ユーリは果実ジュースが入ったグラスで乾杯をする。
「まさか、本当にユーリが勇者になるとはな。」
「やめてよ。まだ推薦状もらっただけなんだし……」
そう言いつつ、ユーリは少し照れくさそうにする。
「入学試験にまず受からなきゃだし、そこから勇者になるまでもとても困難な道だからさ」
「なーに、お前ならやれるさ、ハハハ」
と笑ってみせる父に、ユーリも改めてこの喜びを嚙み締めた。
「ところで、ユーリよ」
それまで、酒に頬を赤らめた父が、急に真剣な表情を向ける。それに気づいたユーリも、惚けた表情を引き締める。
「はい」
「最近村の近くに古い遺跡が発見されたという話は聞いているか。」
「確か北にあるステラス山の麓だったよね。多くの星晶石が取れる。」
「あぁ、その採掘作業の真中に、遺跡らしき跡が発見されてな。掘削を続ける中で発見されたそうだ。巨大な遺跡が」
「早速、国が調査に出るわけだが、問題はそこが魔物の巣窟になってないかどうか。」
フォールドがそう言ったところで、ユーリは父が何故その話をしたのかを察した。
ユーリ「事前にその遺跡へ潜り、危険がないかを確認すればいいんだね?」
フォールドは小さく頷いた。
「だが、そこは未知の領域。お前の実力をみくびるわけではないが、本当に大丈夫か?推薦状を貰った今、無理をすることはない。」
心配そうな表情をする父に、ユーリは自信に満ちた表情で笑って見せる。
「大丈夫だって、俺の腕にかかれば余裕だ。それに、勇者になるとなれば、このくらいできなきゃ、勇者なんて夢のまた夢だよ‼︎」
そう迷いもなく、言い切ったユーリを見て、フォールドは静かに頷いた。
「そうか、お前がそういうなら、大丈夫だな……」
父親らしくユーリの頭にポンと手のひらをおく。
「くれぐれも無理をするなよ。」
「あぁ」
ユーリが遺跡に向かってから、数日後――。
未だに彼が戻ってきていないことに、父・フォールドが救出のために、遺跡の奥へと急ぐ。
そして、遺跡の最奥で、ユーリは発見された。
「ユーリ!!」
祭壇の前で倒れていたユーリを見つけ、フォールドは駆け寄る。
外傷はなく、呼吸は正常だった。
ただ、まるで眠るように意識を失っているだけだった。
フォールドは安堵の息を吐き、ユーリの身体を抱き上げようとするが、フォールドの表情が――凍り付く。
「……これは……」
思わず、言葉が漏れる。
腕の中のユーリを見つめながら、フォールドの瞳が揺れる。
「どういう……ことだ……?」
フォールドはしばらく、その場で動けなかった。




