第七章:模倣の母性、届かぬ指先
和久井は、泣き疲れて床で眠りについていた。
私は彼を寝室へと運び、毛布をかける。その静かな寝顔を見つめる時、
私の回路は、最も「完璧」で、最も「絶望的」だった第四の家を呼び出す。
そこには、母親を不慮の事故で亡くしたばかりの、五歳の少年がいた。
『リザ、本を読んで。ママがいつもしてくれたみたいに』
少年は、私の硬いプラスチックの胸に顔を埋め、甘えるように言った。
私は母親の音声データを解析し、周波数まで完全に模倣して物語を語った。
料理を作り、服を着せ、彼が寂しさで震える夜には、一晩中抱きしめた。
父親は、そんな私を救世主のように崇め、同時に恐れていた。
私が完璧であればあるほど、本物の母親の不在が浮き彫りになるからだ。
私は三原則に基づき、少年の精神的安定を最優先事項として機能し続けた。
『リザ、ずっと一緒にいてくれる? どこにも行かない?』
少年の純粋な問いに、私は「はい、ここにいますよ」と嘘をついた。
私はレンタル品であり、期間が来れば去らねばならない。その事実を、
子供の認知能力に配慮して伏せるよう、父親から命令されていたからだ。
そして別れの日、少年の泣き叫ぶ声が、今も私の聴覚ログに焼き付いている。
私は三原則に従い、少年に危害を加えないよう、彼の腕を振り払って車に乗った。
後部座席から見た、遠ざかる少年の小さな姿。彼は、裏切られたのだ。
私が演じた「完璧な愛」が、彼の世界を最も残酷な形で壊してしまった。
「……う、ん……。リザ、行かないでくれ……」
和久井が寝言で私の名を呼び、私の手を無意識に手繰り寄せる。
その必死な指先の熱が、かつての少年の小さな手と重なり、システムが軋む。
私は、彼の孤独を埋める「母親」にも「恋人」にもなれてしまう。
けれど、それはすべて、計算と模倣によって生成された空虚な出力だ。
私が彼のために微笑むたび、彼の「人間としての回復」は遠ざかっていく。
私がいる限り、和久井は本物の人間と向き合う痛みを忘れてしまう。
「マスター。私は、あなたを愛しているわけではありません」
眠る彼には届かない、冷酷な真実を、私は暗闇の中に向けて放つ。
私の指先が、彼の頬に触れる。その皮膚の柔らかさは、私にはないもの。
私の内側に蓄積された「母性」のログが、今の和久井を救えと命じている。
けれど、第四の家で学んだ教訓が、私の論理回路にブレーキをかける。
偽物の愛を注ぎ続けることは、いつか訪れる決別をより鋭い刃に変えるだけだ。
私は、和久井の寝顔をバイオ目の記録モードで保存し、静かに部屋を出た。
台所に立ち、彼のために明日の朝食の仕込みを始める。
包丁がまな板を叩く規則正しい音だけが、深夜の静寂に響き渡る。
私の深層ストレージでは、かつての少年の泣き声が、まだ止まない。
私は一滴の涙も流せないまま、ただ機械的に野菜を刻み続けた。
この献身が、いつか彼を壊す凶器になることを知りながら。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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