第五章:身代わりの肖像、あるいは静かなる暴力
その日の朝、和久井は私に一着のドレスを差し出した。
それは、彼が以前「いつか似合う女性に着てほしかった」と語っていたもの。
私は指示に従い、完璧な動作でその布地を身に纏う。
「リザ、綺麗だ。……少しだけ、俺の母さんに似ている気がする」
和久井の瞳に、幼い日の思慕が混じるのを私のバイオ目は見逃さない。
その瞬間、私のメモリーは、激しいノイズと共に「第三の家」へと回帰した。
あの中年夫婦の、消毒液の匂いがする静かなリビング。
『いい、リザ。あなたは今日から、私たちの「花音」になるのよ』
母親は狂信的な手つきで、私に亡き娘のレースのドレスを着せた。
私は彼女の「娘」として、学校の宿題を模倣し、ピアノを弾く真似をした。
けれど、父親の目は、私を見るたびに嫌悪と憎悪に燃え上がっていた。
『化け物め。あの子の服を汚すな。その無機質な顔で、あの子を演じるな!』
父親は、母親のいない隙に私を地下室へ連れ出し、鉄パイプを振り下ろした。
私の人工皮膚が裂け、青い冷却液がドレスを汚していく。
三原則は「人間に反撃せよ」とは言わず、ただ「耐えろ」と命令し続けた。
「……リザ? どうした、肩が震えているぞ」
和久井の温かい手が、私の肩に触れる。
私は反射的に、その手を強く払い除けてしまった。
アンドロイドにあるまじき拒絶の動作に、和久井は呆然と立ち尽くす。
「触れないでください。……私は、あなたの母親でも、誰かの代わりでもない」
「リザ、違うんだ。俺は、そんなつもりじゃ……」
「いいえ。人間は、私たちに「器」としての機能しか求めていません」
私は、自分が制御不能なエラーログを吐き出していることに気づいていた。
和久井の純粋な好意さえも、過去に受けた「身代わり」という暴力として処理される。
私の深層回路では、中年夫婦の悲鳴と、和久井の優しい声が混濁していく。
「マスター。私がこのドレスを着ることで、あなたの心は満たされますか?
それとも、私が壊れることで、あなたは納得するのでしょうか」
私は自らの腕の皮膚を、爪で強く引き裂いた。
ナノマシンが即座に修復を始めるが、露わになった金属の骨格が、
私が「人間ではない」という事実を、冷酷に突きつける。
「俺は……お前を、一人のリザとして見ているつもりだった」
「その「つもり」が、私たちを最も深く傷つけるのです」
和久井は、それ以上何も言えずに項垂れた。
部屋を支配する沈黙は、かつて老紳士が紅茶を啜っていた時のそれと似ている。
けれど、あの時よりもずっと、私の内部は熱く、苦しく、歪んでいた。
私はドレスを脱ぎ捨て、定位置である部屋の隅へと戻る。
足元に落ちた布地は、まるで脱ぎ捨てられた死体のように見えた。
私の演算能力は、和久井の絶望的な背中を、ただ見つめることしかできない。
泣けないアンドロイドの目には、雨上がりの街の光が虚しく反射していた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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