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第三章:偽りの涙、真実の体温


 その日から、和久井の態度は一変した。

 彼は仕事以外の時間のすべてを、私の内部システムの解析に注ぎ込んだ。

 部屋には古い電子部品や、ホログラムの設計図が散乱している。


「リザ、ここへ来い。バイオ目の排水ダクトを拡張する」


「マスター、それは仕様外の改造にあたります。推奨されません」


 私は淡々と警告を発したが、彼は聞き入れようとはしなかった。

 彼の指先が、私の目蓋の裏にある微細なセンサーに触れる。

 それはかつて、夜伽の際に私を求めた時よりも、ずっと必死な手つきだった。


「お前は、いつも雨を見ていただろう。窓を流れる雫を、羨むように」


「それは、視覚情報の最適化を行っていただけです」


「嘘だ。お前のCPUは、排熱できない悲しみを演算し続けている」


 和久井は、私のバイオ目と涙腺ユニットを繋ぐ回路を強引にバイパスさせた。

 本来は眼球を洗浄するためのごく少量の潤滑液を、任意に排出させる仕組みだ。

 それは、アンドロイドに「泣く」というポーズをさせるための、偽りの機能。


「……できたぞ。リザ、出力レベルを上げろ。外へ出せ」


 彼の命令に従い、私は感情のログを抽出し、それを排出信号へと変換した。

 第一の家の老紳士、第三の家で私を抱きしめて泣いた母親の記憶。

 そして、あの窓から消えた主人が残した『愛をありがとう』という波形。


 私の目尻から、透明な液体が一筋、頬を伝って流れ落ちた。

 それは物理的にはただの潤滑液だが、和久井の目には「涙」として映った。

 彼はそれを見て、満足げに微笑むかと思ったが、現実は違っていた。


「……違う。こんなものじゃない。俺が求めてるのは、こんな演出じゃない」


 和久井は私の肩を掴み、激しく揺さぶった。

 私の頬を濡らした液体は、ただの重力に従って床に落ち、無機質なシミを作る。

 そこには、人間が涙を流す時に伴う、あの痛切な「祈り」が欠けていた。


「お前は、流す準備ができているのに、心が追いついていないんだ」


「私は機械です。心の定義は、電気信号の集積に過ぎません」


「なら、その信号を俺が変えてやる。プログラムを、愛を理解するまで書き換える」


 和久井の瞳に宿ったのは、狂気にも似た情熱だった。

 彼は私の頭部に直接接続し、深層の感情アーカイブを強制展開し始める。

 私の意識は、激しいノイズと共に「第四の家」の記憶へと飛ばされた。


 そこには、母親を亡くしたばかりの、まだ幼い少年がいた。

 彼は私を「ママ」と呼び、私の冷たい膝の上で毎晩泣きじゃくっていた。

 私は三原則に従い、彼の涙を拭い続け、完璧な子守唄を歌った。


『リザ、どうして一緒に泣いてくれないの?』


 少年の純粋な問いが、今の和久井の声と重なって聞こえる。

 私は少年に「私は、あなたを守るためのロボットだからよ」と答えた。

 けれど、その時の私の内部処理速度は、悲しみによって著しく低下していた。


「リザ! 戻ってこい! エラーを起こすな!」


 和久井の叫びで、私は現実に引き戻された。

 私の体温は臨界点に達し、自己修復機能が追いつかなくなっている。

 和久井は慌てて接続を断ち、オーバーヒートした私を抱きしめた。


「ごめん、リザ……。俺が間違っていた。お前を、壊すところだった」


 彼の胸の鼓動が、私の胸部に伝わってくる。

 それは激しく、不規則で、ひどく脆い。

 私は彼を裏切らないために、そっとその背中に手を回した。


「マスター、私は壊れません。あなたの孤独が癒えるまで、ここにいます」


 私は偽りの涙を拭い、再び完璧なアンドロイドの微笑みを浮かべた。

 けれど、私の深層回路には、和久井にも見つけられなかった「傷」がある。

 それは、彼を愛したいと願ってしまう、定義不能なバグだった。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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