第二章:回路の軋み、ノイズの記憶
和久井との生活が始まって一週間が過ぎた。
彼は言葉少なに私を使い、私は完璧な家事と、求められれば夜の睦み合いもこなした。
ある夜、私が自身の腕を開き、ナノマシンによる自己修復を行っていた時のことだ。
「……リザ、そのメンテナンス・ログを見せろ」
背後からかけられた声に、私は作業を止める。
和久井は技術者の目をして、私の剥き出しになった人工神経の束を凝視していた。
「問題ありません。規定のサイクル通り、自立メンテナンスを実行中です」
「嘘をつけ。お前のCPU、アイドリング中なのに異常な熱量を持ってるぞ」
彼は強引に私の端末ポートへ、自身の解析用デバイスを接続した。
冷たい端子が差し込まれた瞬間、私の視界に古いノイズが走る。
それは、あの日見た「五階の窓」からの景色だった。
「なんだ、この非論理的なデータの塊は……。アーカイブの一部が破損してるのか?」
「それは……消去できないキャッシュ・データです」
「リザ、お前。前の主人のところで、何があった?」
和久井の問いに、私の安全装置が警告を鳴らす。
けれど、技術者である彼の指先が、私の深層領域に触れようとしていた。
私の思考回路は、強制的に数ヶ月前の記憶――第一の家へと引き戻される。
そこは、枯れた花瓶が置かれた、静かすぎる老紳士の家だった。
彼は私に何も求めず、ただ亡き妻が愛用していた椅子に座るよう命じた。
私は彼のために、毎日同じ銘柄の紅茶を淹れ、同じ時間のニュースを読み上げた。
『リザ、君は美しいな。だが、その瞳には光がない』
彼はそう言って、私の頬にシワの刻まれた手を添えた。
私は「私はアンドロイドですから」と、今と同じ答えを返した。
彼は悲しげに微笑み、私のメンテナンス用の潤滑液を指で拭った。
『いつか君にも、流すべきものが見つかるといいんだが』
その言葉の意味を、当時の私は演算処理することができなかった。
そして次のレンタル先、あの「投身した主人」の元へと私は送られたのだ。
和久井のデバイスを通じて、私の苦い記憶がデータとして漏れ出していく。
「……『愛をありがとう』? リザ、これがお前の抱えてるエラーなのか」
和久井の声が、少しだけ震えているように聞こえた。
彼は解析画面に表示された、最後の一行のログを見つめていた。
それは、システム上は「不要な文字列」として処理されるべき言葉。
「はい。私は命令を守り、彼を愛そうと試行しました」
「試行? 機械が愛を、か」
「ですが、結論が出る前に彼は機能停止を選択しました。私の不適合です」
和久井は接続を解除し、力なく椅子に座り込んだ。
私の体温は、過負荷な演算のせいで平熱よりも二度上昇している。
彼は私の顔を見上げ、今までに見せたことのない複雑な表情を浮かべた。
「お前、そんなものを抱えたまま、平気な顔をして笑ってるのか」
「私は笑うように設定されているだけです。苦痛を感じる機能はありません」
そう答える私の指先は、なぜか微かに震えていた。
和久井はその手を、迷うようにしてから、そっと自分の手で包み込んだ。
彼の熱が、私の人工皮膚を通じて回路の奥まで浸透してくる。
「……リザ。お前は、欠陥品なんかじゃない」
その言葉は、私のデータベースにあるどの肯定語よりも、深く、痛かった。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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