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第1章

バンビコ・リンダ

 人生最高の親友であるりんちゃんと私は、Netflixの『FOLLOWERS』を観ながらキャーキャー叫んでいた。物語の展開に驚いたわけじゃない。ただ単に、画面に映る俳優の腹筋のVラインが最高だったからだ。

「かっこいい〜!」と私が叫ぶ。

「ねえ、リンダちゃん、今月号の『an•an』見た? 表紙、瀧くんだったよ」

「んー……」

 私はスマホをスピーカーモードにして、テーブルの上に置き直した。私たちはLINEのビデオ通話を繋げながら、一緒に映画をストリーミング再生している。

「彼はまあまあかな。最近の活動、なんとなく追えてなくて。アイドル時代の最後の思い出とか言ってアルバム出してたけど」私は首をかしげて考えた。「彼、手広くやりすぎじゃない?」

 りんちゃんが同意する声が聞こえた。「映画祭に出品されるような作品ばかり選んでるよね。嘘はつけないけど、私はドラマとか朝の情報番組に出てる彼の方が好きだなあ」

 私は癖で眉を上げた。

「まあね――」とりんちゃんが話を継ぐ。「で、いつ東京に戻ってくるの? まだバンコク?」

 私はため息をついた。「はーい……最近は中国人観光客がいなくてさ。ツアーガイドじゃなくて、ベッドのシーツ交換係をやらされてるのよ。でも、CAフライトアテンダントに応募しようかなって思ってる。乗り物酔いしちゃうのが難点だけど」

 りんちゃんがクスクスと笑う。「そうだから……CAのコスプレとかどう? その美脚と可愛いお尻、出さなきゃもったいないよ」

「やめてよ〜りんちゃん、自分の方が純真な顔してるくせに。私たちは『百合ゆり』ガチ勢ってことにしておきたいんだから」

「いいじゃん? クラブで私たちがキスしてたら、男の子たち喜ぶよ」

 二人して笑い合った。「それ、名案! 帰ったら絶対やろう」

「カウントダウンして待ってるからね、リンダちゃん」

「はいはい。じゃあね。チュッ」

 りんちゃんも同じようにキスを返してくれた。

 私たちは本当に、百合ゆりガチ勢なのだ。


 バンコクでの生活には、楽しいことがたくさんある。

 レディーボーイたちと一緒に踊りながら、バーの外にたむろする外国人男性の引き締まったお尻をチェックする夜。あるいは、水上マーケットを散策する昼下がり。

 幼い頃は、お姉ちゃんのようになりたいと思っていた。

 でも、姉のアマヤはまるで「石」だ。意志が固いとかじゃなく、ただの岩。コミュニケーションを取るのがとにかく難しい。大学時代は男遊びをしていたなんて噂も聞いたけど、本質的には堅物プリュードだ。理性が勝ちすぎて、本当の楽しみ方を知らない。

 大学生の頃、私はただスリルを味わうためだけに、いろんな体温と踊り明かした。

 ダンスが好きだと気づいてからは、ラテンダンスやポールダンスも習った。トワーク(お尻を振るダンス)も覚えた。だって、自分の可愛いお尻を見せつけるのが好きだから。


 へへっ。


 大学4年の時にバーテンダーの講習を受けた時は、渋谷での夜遊びで培った舌が大いに役立った。

 ムーンシャイン、テキーラ、マティーニ、マルガリータ、ウォッカ――なんでも来い。いい身体をした男の上腕二頭筋を眺めながら、ボディショットを決めるのが常だった。おかげで酒の味にはうるさくなったし、試験も優秀な成績でパスした。


 バンザイ!


 お姉ちゃんはウザいけど、私の方が可愛い顔に生まれてよかった。姉は頬がふっくらしていて目が丸いけれど、私は猫のように目尻が上がっていて、顎も小さい。つまり、小顔。そこに私の美脚と可愛いお尻を足せば、グラビアアイドルだって通用するレベルだ。

 でも、今の仕事の方が好き。バカンスに来ている中国人の富豪たちに愛想を振りまくのは悪くない。彼らは気まぐれにロレックスの時計をくれたりするし、私はそれを質に入れてサロンスパの代金に充てる。運が良ければ、スワロフスキーのネックレスを喜んでプレゼントしてくれる人もいる。

 それでいいの。彼らは退屈していて、誰か一緒にいてくれる人を求めているだけ。私みたいに可愛くて、人生を少しだけ楽にしてくれる女の子以外、何も求めていない。マンダリン(中国語)の勉強にもなるし、彼らのジョークも楽しんでいる。あの国は男女比のバランスが崩れているから、バカンス中に私みたいな女がいればラッキーってわけ。彼らは優しいよ。


 他人からどう見られようと気にしない。私がバンコクにいるのは、こっちのナイトライフの方が刺激的だし、時々欧米人の男の子をチェックできるから。

 昔、一度だけお姉ちゃんの高校の同級生、鈴木先輩を生で見たことがある。家に帰って自分の部屋に入った後も顔の赤みが引かなくて、それを見たお母さんに「私立に入れるわよ」なんて言われたっけ。

 彼は本当にハンサムだった。

 お姉ちゃんと同じ学校に行けるなんて思った私はバカだった。お母さんにそんなお金があるわけないのに。結局、私の大学の費用を出してくれたのはお姉ちゃんだった。

 昔は、お姉ちゃんの代わりに私が鈴木先輩と手を繋いで歩く夢を見ていた。でも今や彼は既婚者。奥さんを見た時、私がまだ鈴木先輩に未練があるなんて微塵も気づいていない様子だったけど、もし知ったら脅威に感じたはずよ。

 まあ、高校時代に鈴木先輩への想いは吹っ切れたからよかった。その頃にはもう、アイドルグループ『FAKE LOVE』のメンバーだった瀧くんを追いかけ始めていたし。

 グループ名はかなり鬱っぽいけど、グランジ・ファッションを取り入れてブレイクする前はアンダーグラウンドで活動していたから、あれで合っていたんだと思う。

 鈴木先輩のことは忘れた。そして、瀧くんのことも忘れた。私はただ、最初の「熱」が好きなだけで、それが冷めれば終わりだと気づいたから。

 今の私は、かなり浅はかな女かもしれない。ごめんね……でも、少なくともこれが私の本音だから。


 そんな話は忘れて、パーティーといこう。

 そう……パーティーといえば。

 観光客が減って仕事が暇になったから、私は急遽東京へ飛んだ。ほら、退屈だったし。自分の貯金だしね。明日の早朝便で戻ればいい。

 とりあえず、りんちゃんと合流してパーティーだ。

「ベイビー!」

 私は大音量のクラブに駆け込んだ。Adoの『踊』のハイパーポップ・ミックスに合わせて、パーティーピーポーたちが飛び跳ねている。サビの部分で叫び声を上げ、プラスチックのカップを煽る。

 騒々しいクラブの中で、可愛いりんちゃんの頬にキスをした。「会いたかったよ、りんちゃん!」そのまま彼女を力強くハグする。

「瀧くんがいるよ」彼女が私の耳元で囁いた。「上、行ってみる?」

「――えっ?!」

 私は思わず金切り声を上げ、すぐに身なりを整えた。「彼、女の子ウェルカムな感じ?」

 りんちゃんは頷いた。「彼の興味を引けば、誰でも……」

 私は口をあんぐりと開けた。「帰ろっか」

 私たちはガラスの階段を登った。本当にオープンなようで、ドアの前にはセキュリティも立っていない。高校時代のように瀧くんに執着しているわけじゃないから、私たちはそのまま中へと進んだ。

「瀧く〜ん!」

 私は高いピンヒールで彼のもとへ駆け寄り、歓声を上げた。「私、一番の大ファンなんです! 私のアイドルでいてくれてありがとう!」

 そう言って大袈裟にお辞儀をする。顔を上げると、彼が私に無関心な視線を一瞬投げかけ、私が演じた「茶番」に薄く笑うのが見えた。

 彼はすぐに表情を作り直し、テレビでよく見るあの温かい「瀧くん」の顔になった。彼もお辞儀を返す。

「お世話になっております」

 そして、いつもとは違う表情を見せた。彼の瞳が、獲物を見定めるように鋭くなる。

「楽しんでる?」

 私は頷き、彼の隣に座った。彼は二人掛けのソファの背もたれに片腕を回し、もう片方の手でグラスを持っていた。私は口を閉じたまま、興奮を隠せないように口角を上げて頷いてみせる。そして恥じらいもなく、彼が広げたその腕に身を預けた。

 瀧くんの視線が、私の露出した胸の谷間をなぞり、顔に戻る。

 ねえ、その景色、気に入った? 瀧くん。

「こちらは友達のりんちゃん」私が親友を紹介すると、彼女も座るのを許された。「さっきバンコクから着いて、そのままこのクラブに来たの。りんちゃんが貴方がいるって言うから。チャンスだと思って。もしかしたら最後の大当たりかもしれないし?」

 瀧くんは動かなかったが、唇の端を微かに持ち上げ、静かに面白がっているようだった。「本当? その言葉、俺の方にこそ当てはまるかもね。こんな可愛い子二人からアプローチされるなんて」

 私は練習通りの笑顔を作った。退屈な返しね、瀧くん。

 そして、オペラ歌手のソプラノのようにメロディアスに笑ってみせた。

「私たちは自然と、同じくらい綺麗な男の子に惹かれるものなのよ」私はそれが常識であるかのように頷いた。「石器時代からのコンセプトね」

 瀧くんは鼻で笑い、頭を後ろに反らした。再び私に意識を戻すと、背もたれに回していた腕に自分の頭を乗せ、首をかしげて私を見た。「それは新しいな。石器時代でも、こんな風に可愛い子をナンパするのかな?」

 私は肩をすくめ、ソファに深く寄りかかり、胸の谷間を強調して見せた。意味ありげな笑みを浮かべる。

「獲物次第ね。狩りが終わった後には、大きなハム(肉)が欲しいわ。私を持ち帰れるくらいの男からのプレゼントとしてね。極上の肉を味わえなきゃ損でしょ」

 瀧くんの視線が止まった。やがて彼の頬が持ち上がり、今度は本物のエネルギーを帯びた笑みがゆっくりと広がっていく。「ごめん、最近は肉を切らしててね――名前は?」

「リンダ」私は答えた。「友達のりんちゃんみたいに、リンダちゃんって呼んで」

「オーケー。リンダちゃん、歓迎の印に一杯奢らせて」

 お安い御用だ。私はそれを受け入れた。ジントニックを飲み干すと、周りが拍手した。「ねえ、瀧くん、お返しに」と私が提案する。

 瀧くんはそれを受け取って飲み干し、息をついた。彼は小首をかしげる。

「踊らない?」

 背筋に電流が走った。私は頷く。「知ってる? 私、貴方のダンスを見てダンスの練習を始めたのよ。すっごく魅了されちゃって……」私は微笑んだ。

 嘘。私は自分の身体のシルエットと、自分のお尻が好きなだけ。でも、瀧くんはダンサーだ。彼が私が踊る一番の理由ではないけれど。

 私たちは階段を降りた。「テイト・マクレーの『Sports Car』みたいな曲がいいな」

 瀧くんはこちらを振り返り、生意気な笑みを浮かべた。「DJに言っとくよ」


 そうして、私は彼の前で身体をグラインドさせた。二人の動きがシンクロし、時折、肌の熱が混ざり合う。ジンの香りが漂う。彼が頭を下げ、私の肩に柔らかな唇を落とした瞬間、私は首筋を伸ばした。それは、私たちのメイクアウト・セッションの始まりだった。


「東京国際映画祭でやってた役の方が好きだなあ。ヴェネツィアで銀熊賞獲った役は、まあ悪くないけど、そこまで印象的じゃなかった……」

 いちゃつきながら、彼の方に腕を回し、その髪を指に絡ませて私はそう言った。少し汗ばんでいるけれど、彼の髪はとても柔らかい。

「へえ?」瀧くんが呟く。「見てくれたんだ?」

「まあね。あの演技なら、批評家たちも黙るわよ」

「あれは骨が折れる作業なんだよ。……ちょうど、今みたいにね」

 彼は私の腰を強く掴んだ。そして私たちは、夜を共にした。


 眠りは、差し込んでくる静かな光によって妨げられた。


 瞼を震わせて目を開けると、彼が眠っているのが見えた。瞬きを繰り返していると、二日酔いのハンマーが頭を殴りつけてくる。

 クソッ。フライトの時間だ。

 私は急いで服を着て、ピンヒールを履いた。空港に着いた時、まだ私には運が残っていたらしい……バンコク行きの便にギリギリ間に合った。


 シャワーを浴びる時間なんてなかった。なんとか空港のトイレに駆け込んだ私は、鏡を見て悪態をついた。


 私の背中には、あまりにも多くのあとが残っていたから。

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