同室者
部長から連絡が行っていたようで、広瀬の下宿を尋ねると、「刑事さんですね」と俺たちの到着を待っていた。
「あまり話が出来る状況ではありませんけど、少しなら」と杉原麻友に会わせてくれた。
杉原は青い顔で俺たちを迎えた。
「あなたのようにガサツな人間に傷心の乙女の取り調べなんて無理」と明日香が杉原からの事情聴取に当たる。
「高山君との関係は?」
「恋人同士でした」と麻友が蚊の鳴くような声で答える。
「そう。恋人だったのね。昨日、彼と一緒にいたと聞いたけど」
「はい。昨日と言うか、このところずっと彼と一緒でした」
同棲している訳ではないようだが、このところ杉原が住むアパートに高山は入り浸りだったようだ。入居者は女性ばかりなので、高山がいることは内緒だった。
「そう。何故、昨日は別々になったの?」
「それが・・・」と麻友は言葉を切ると、よよと泣き始めた。
「ごめんなさいね。彼が亡くなったばかりで、とても受け入れられないでしょうに。でも、教えて欲しいの」と明日香が杉原の背中を優しくさする。
「彼、自殺したのでしょうか?」
「違う――と思う」
「本当ですか?」
「ええ。あなたのせいではない」と明日香が言い切ると、杉原はほっとした様子だった。
「彼と喧嘩してしまったのです」
喧嘩の原因はささいなことだった。携帯に夢中になっていて、彼女の言うことを上の空で聞いていたことから、口喧嘩が段々、エスカレートして行った。最後には、高山を部屋から追い出してしまったと言う。
それで、高山は寮に帰ることにした。そして、窓から転落して死んだ――という訳だ。
「私が彼を部屋から追い出したりしなければ・・・」と杉原はまた泣いた。
高山の人間関係について、広瀬にも尋ねたが、明るくて人から恨みを買うような人間ではなく、高山を殺したいほど恨んでいた人間がいたとは思えないと言うことだった。
人の顔色を見て態度を変えることができる性格だったようだ。
杉原からの事情聴取を終えて、外に出ると、既に陽が落ちていた。
「ぼちぼち被害者と同室だったやつが、講義を終えて寮に戻って来ているかもしれない。話を聞いてみよう」
「そうね」
俺たちは大学に戻り、学生寮へ向かった。
高山の同室者、忽滑谷弘文は寮に戻って来ていた。年の割には落ち着いた雰囲気で、太い眉毛、通った鼻筋、大きな目と、なかなかのイケメンだ。
「刑事さん。すいません。ゼミがあったもので、留守にしていました。私に話があるとか」
「あなたに話があるのではなく、こちらが話を聞きたいのです」
「ああ。そうですね。で、何をお聞きになりたいのですか?」
「高山さんのことです。昨晩、高山さんは部屋に戻って来た。そして、窓から転落した。あなた、昨晩、部屋にいたのですか?」
「いいえ。昨晩は実家に戻っていたので、寮にはいませんでした」
「実家? 近くに実家があるのですか?」
「いいえ。近くとは言えませんが、都内です」と実家の場所を教えてくれた。東京都の郊外に当たり、確かに、近くはない。通うには不便なところだ。
「それで寮暮らしを。昨晩は何故、実家に戻ったのです?」
「母の具合が悪かったものですから」
「それはご心配ですね」
「いえ。病院に行ったら、ただの風邪だということで、心配いらなかったので、一泊して戻って来ました。そうしたら、あんな事件があったと聞いて・・・」
「驚いたでしょう?」
「驚きました。僕がいれば、大周の自殺を防げたかもしれなかった・・・それで、自殺の原因は分かったのですか?」
「昨晩、彼女と大喧嘩をして、部屋から追い出されたようです」
「ああ~それで。大周、彼女にぞっこんでしたからね。最近、彼女のアパートに行ったきりで、全然、寮には戻って来ませんでした」
「そうらしいですね。高山さんに恨みを抱いている人間はいましたか?」
「恨み? 大周は自殺したのではないのですか?」
「どうですかね?」
「いない――と思います。大周は良く言えば明るく、誰とでも仲良く出来る性格ですから、人から恨まれていたとは思えません」
「良く言えば? では、悪く言えばどんな性格です?」
「能天気な馬鹿――ですかね」と言って、忽滑谷はにやりと笑った。
「もし、彼が殺されたのだとしたら?」
「良くない時に、良くない場所にいたからでしょうね」
「なるほど。運が悪かったと、そういう訳ですね」
「さあ、僕には分かりません」
忽滑谷からの事情聴取を終えると、俺たちは大学を後にした。
警視庁に戻る車の中で、「どう見ます?」と明日香がハンドルを握りながら尋ねて来た。
「忽滑谷が犯人だろうな」
「やっぱり。随分、挑発的なことを言っていましたね」
「ああ。良くない時に、良くない場所にいた――って言っていた。高山を殺したのは、忽滑谷で間違いないだろう」
「何故、あんなことを言ったのでしょう?」
「さあて? 忽滑谷について調べてみる必要があるな」
「その辺は私に任せて。相手は知能犯のようだから、あなたには荷が重い」
「荷が重い?」
「力不足っていう意味よ」
「意味くらい分かっている。そうか。分かった。じゃあ、りりぃちゃんに任せよう」と言うと、明日香がきっと俺を睨みつけた。
「今日香ね。あの子が変なこと、吹き込んだのでしょう!」
りりぃちゃんは女の子が大好きな着せ替え人形だ。スラリとした体形の目の大きな可愛い女の子の人形で、服を着せ替えて遊ぶのだが、大人でもコレクターがいる。
今日香が「お姉ちゃんの秘密だ」と俺に顔を寄せて囁いたのは、明日香が今でもりりぃちゃんで遊んでいるという衝撃の事実だった。
「いや~驚いたね。天下の多門明日香様が、いい年をしてお人形遊びをしているなんてね」
「やってない! 子供の頃に遊んでいた人形を大切にしているだけよ‼」
明日香がハンドルを握っている。あまりのキレように、少し怖くなった。




