若者の苦悩
被害者、高山大周の部屋を訪れた。
明日香の妹、今日香は女子大生とあって、男子寮に入ることができない。門前で別れた。
「お姉ちゃんをよろしくお願いします」と丁寧にお辞儀しながら言った。
「はい。よろしくお願いされます」
「ふふ。面白い人」と今日香は言うと、俺の耳元に顔を近づけて、「お姉ちゃんの秘密を教えてあげます」と言って、早口で明日香の秘密を教えてくれた。
「何をやっているのよ!」と明日香の怒声が飛ぶと、「おお~怖い。じゃあね。お姉ちゃん」と今日香は走り去った。
「いや~良い子だね~」と俺が言うと、「変な目で見やがったら、撃ち殺してやるからな」と明日香が言う。
怖い、怖い。こいつなら本当にやりそうだ。
管理人によると、二人部屋で、忽滑谷弘文という若者と同室だと言う。忽滑谷は講義に出ていて、不在だった。
部屋は半分、綺麗に片付いていた。一人は几帳面な性格のようだ。高山はテニス・サークルに所属していて、活動的な若者だったらしい。雑然としている側が高山の生活空間で、整っている側が忽滑谷の生活空間のようだ。
「どう?」と明日香が聞く。
「WCPの仕業だな」
「分かるの?」
「昨日は満月だった。狼男の臭いがぷんぷんしている」
「鼻が利くのね。犬みたい」
「狼だ」
「そうだった。失礼。被害者がWCPでなかったのなら、別にWCPがいるってことね」
「大学にWCPが一人、いるようだ。先ずは、彼を当たってみよう」
警視庁のデータベースによればWCPとして登録された学生がいた。小野蒼汰、二回生。一般市民の安全を守る為――という名目で、WCPの個人情報はかなり細かくデータベースに登録されている。人権を蹂躙していると言える。だが、それがまかり通っているのだ。
小野の居場所は直ぐに知れた。大学で講義を受けていた。
講義が終わるのを待って、小野から事情聴取を行った。
「あの事件ですね」と直ぐに事情を察した様子だった。
流石に大学生だ。察しが良い。WCPはどちらかと言えば運動能力に優れているが、知能は高くない傾向にある。
「昨晩、どちらにいらっしゃいましたか?」という質問には、「僕は実家から大学に通っています。昨晩は満月でしたので、家にいました。家から一歩も出ていません」と答えた。
「それを証明できる方はいますか?」
「家族だけです」
まあ、そうだろう。
「家から出ていないのですね」
「薬を飲んで大人しくしていました。満月の夜の苦しさは、理解できないでしょうね。体が反応するのを薬で無理に抑え込んでいるのです。気分が悪くて、外に出かける気になんてなれませんでした」
確かに、薬の副作用はきつい。
「亡くなった高山さんをご存じですか?」
「三回生ですよね。一つ上ですし、知りません」
「寮生に知り合いはいますか?」と聞くと、「友だちはいません」と小野が答えた。
「友だちがいない?」
「僕と友だちになろうなんて人間、いませんよ。僕の苦悩なんて、あなたたちには分からないと思いますけど――」とすねたように言う。
「それが分かるんだよね」
「えっ⁉」
「俺もWCPだから」
「あなたもWCP? WCPでも刑事になることができるのですか?」
「そうだ。君は頭が良い。まだ若い。これから、何にだってなれるさ」
「・・・」小野が嬉しそうな顔をした。
小野からの事情聴取を終えた。
明日香が俺の顔をしげしげと見つめ、「あなた――」と何事か言いかけた。
「止せ! 同情なんていらないぞ。そんな暇があったら、捜査だ」
「そうね」
「そろそろクラブ活動の時間だ。テニス・サークルに行ってみよう」
「自殺だとしたら、その原因が掴めるかもね」
学生に聞きながらテニス・サークルの部室を尋ねた。
先ずは部長から話を聞いた。
「明るく、面白いやつでしたよ。残念です」と言う。
「何かに悩んでいた風ではありませんでしたか?」
「悩みですか・・・まあ、端で見ていただけでは分からないものですが、それでも寮の窓から飛び降りるような悩みは無かったと思います」
「クラブ活動はどうです? 熱心でしたか?」
「彼、高校時代からちょっとした有名選手でした。熱心でしたよ。個人戦でも団体戦でも、頼りになる選手でした」
「人間関係はどうです?」
「人間関係ですか・・・そうだなあ~それは僕よりも麻友ちゃんに聞いた方が良いかもしれませんね」
「麻友ちゃん?」
杉原麻友、一回生。テニス・サークルに所属しており、亡くなった高山の恋人だと言う。
「昨日、一緒にいたみたいです。大学に来て、高山の死を知ったようで、彼女、ショックを受けてしまって、広瀬の部屋で休んでいます」
広瀬理沙は、テニス・サークルの副部長、大学に近くに下宿しており、高山の死を知って倒れた杉原を下宿に連れ帰って、付き添っているということだった。
住所を教えてもらい、広瀬の下宿を尋ねた。




