不可解な死
「おい。獣人」と狼班にやって来た明日香が声をかけて来た。
「獣人はひどいな」
ひとつ、一緒に事件を解決しただけで、急に馴れ馴れしくなりやがった。
「なんだ。狼男と呼ばれたいのか?」
敬語くらい使えよ。
「どちらも嫌だ。お前、それ、ハラスメントだぞ」
「そうか。野蛮人なら良いか?」
「良い訳ないだろう。普通に名前で呼べ」
「面倒くさいやつだな。男のくせにごちゃごちゃと。じゃあ、リョーキ」
「名前かよ。普通、山城だろ」
「名前で呼べと言ったのは、お前だ」
話が進まない。
「分かった。分かった。で、何なのだ?」
「ちょっと臭い事件があります」
何故か急に敬語だ。
「臭い? うちのヤマか」
「うちのヤマです」
「狼男関連かと聞いている」
「そうです。私はそう見ています」
どうやら、班長が聞き耳を立てていることに気がついて、急に言葉遣いを改めたようだ。
「聞かせてくれ」
明日香は俺の隣の席にどかりと腰を降ろすと、事件について語り始めた。
事件があったのは都内にある昭知大学の学生寮だと言う。学生寮の四階から学生が転落死した。
「転落死⁉ 殺人事件じゃないのか?」
「いいから、話を聞けよ!」と明日香に怒られる。
怒ると地が出る。
「す、すみません」
転落死したのは、高山大周、三回生。窓には転落防止用の柵が設けられているが、その柵を乗り越えて転落したようだった。
「当然、自殺の線が考えられました」
だが、高山には世を悲観して自殺するような、悩み事が見つからなかった。
「太々しい男だったようで、人を殺すことがあっても、自殺するようなやつじゃなかったようです。お前みたいにな」と明日香に嫌味を言われた。「それはお前だろう」と言い返したかったが、ぐっとこらえた。その代わりに、「その何処が臭いのだ?」と聞いた。
「転落した位置が問題なのです」と明日香が答える。
窓から飛び降りたにしては、転落した場所が建物から離れ過ぎていると言う。「あの場所に落ちたとなると、部屋の中から助走をつけて、柵を蹴って飛び出しても、届くかどうか微妙だと思います」
自殺と決めつけるには早いと、明日香が捜査を担当することになった。被害者の血液検査が行われたが、WCP(狼男認定者:Werewolf Certified Person)では無かった。
「それは、また・・・」
「とにかく、現場を見て欲しいのです。あなたに」
明日香の言葉に、それまで黙って聞いていた武藤班長が、「山城。協力して差し上げろ」と口を挟んだ。
「どうも~」と明日香が班長に笑顔を向けた。
こいつに愛想笑いが出来るとは驚きだ。
俺たちは昭知大学を目指した。
「武藤班長って、結婚していたんだっけ?」とハンドルを握る明日香が聞く。
明日香は国内A級ライセンスの持ち主だ。ハンドルを握りたがる。実際、車の運転はかなり上手い。
「知らない」
「何だ。そんなことも知らないのか?」
「自分のことは、あまり人に話したがらない。俺もね」
WCPは自分のことを話したがらない。恋人をつくろうにも、WCPだと知れると、女性は尻込みしてしまう。生まれた子供がWCPになる可能性が高いからだ。
「そんなものか」
「一般人には分からない。班長に興味があるのか?」
「馬鹿。そんなんじゃない」
「じゃあ、何なのだ?」
「あんなイケメンだから、当然、結婚しているんだろうと思っただけだ」
確かに班長は男から見ても惚れ惚れするようなイケメンだ。
「お前でも、イケメンが気になるのか?」
「お前は気にならない」
「言いたい放題だな」
招知大学に到着した。
学生寮を目指して歩いていると、「お姉ちゃん」と長い髪を金髪に染めたスタイルの良い、可愛らしい女子大生が駆け寄って来た。
「お姉ちゃん?」
明日香が忌々しそうに「妹だ」と答える。
「初めまして~姉がいつもお世話になっています。明日香の妹の今日香でぇ~す」と女子大生がお辞儀しながら挨拶した。
「何時もお姉さんをお世話しています。山城です。へえ~お姉さんと違って、よくできたお嬢さんだ」
「よく言われます」と今日香が答えると、「おいっ!」と明日香が怒鳴る。
「何故、こんなところをブラブラしているんだ」
「だって~大学生がキャンパスにいたって不思議じゃないでしょう」
「授業はどうした」
「二コマ目は取っていないの。学食にいたら、お姉ちゃんの姿が見えたから、慌てて出て来たのよ」
「大人しく学食にいれば良いものを」
「まあ、まあ」と俺は二人を取りなした。
「お前は漫才師か!」と明日香に突っ込まれてしまった。
「今日香ちゃんだったよね。丁度、良い。学生寮に案内してくれるかな」
今日香は「はい。昨日の事件ですね。噂は聞きました。市民の義務ですから、警察の捜査には全面的にご協力します!」と言って、敬礼した。
面白い子だ。




