スモール・ワールド
DNA鑑定の結果が出た。
俺の仮説を裏付けるものだった。被害者は斎藤芳樹ではなく、松本龍城だった。
「後は斎藤芳樹を確保するだけだ」
班長の言葉に、俺は「難しいですね」と答えた。
「斎藤芳樹には頼るべき親戚や友人がいない。身を隠すとなれば、どうする?」
「ネットカフェか、或いは浮浪者に紛れているのかもしれません」
「どちらも厄介だな」
「厄介です」と俺が答えると「携帯電話を追跡してみては?」と明日香が横から口を挟んだ。
「班長、何故、こいつがまだいるのです?」と班長に聞くと、「一課からの応援だと言っただろう」と答える。
「応援なんて必要ありません」と答えた。
「まあ、そう肩肘を張るな」
「そうよ。少しは甘えてみたら?」
明日香が悪戯っぽく笑う。
「携帯電話は持っていなかった」
「携帯電話を持っていない! 今時?」
「ああ、そうだ。社会から隔絶して生きて来たんだろう」
「ふ~ん。厄介ね」と班長を同じことを言う。
「次の満月までに見つけないと大変なことになる」
「斎藤の立場になって考えてみることね。そうすれば自ずと、やつの行動が見えてくるはず」
「簡単に言うな」
「あなたにしか出来ない。斎藤になったつもりで考えてみて。何処に隠れる? そして、どう動く?」
「簡単に言うな」と俺はもう一度、言った。
だが、明日香の言う通りだ。俺なら、WCPの俺なら、斎藤の思考が読めるかもしれない。
漆黒の闇夜だった。
俺は闇に溶け込んでいた。
やがて、俺の目は闇夜で蠢く陰を見つけた。俺の目は暗闇でも見逃さない。
――ついに来た。やつだ!
俺の本能がそう教えてくれていた。
俺が動き始めると明日香がついて来た。
「捕り物になる。一課に戻れ」と言ったのだが、「私のことは気にしないで」とついて来た。
やつを捕まえると共に、明日香を守らなければならない。正直、迷惑だった。だが、ついて来た以上、仕方がない。
音を立てずに動いた。
驚いたことに、明日香が俺について来る。こいつ、普通の人間にしては、並外れた運動神経だ。
間違いない。やつだった。
背後に忍び寄る。
「動くな! 動くなよ。お前はマン・イーターだ。マン・イーターは見つけ次第、射殺して良いことになっている。俺が持っている銃はAWG(Anti-werewolves Gun:対狼男用銃器)で、銀の銃弾を込めてある。狼男でも一発で仕留めることが出来る」
俺は頭に銃をつきつけた。
斎藤芳樹はぴたりと動きを止めた。抵抗しなかった。
手錠をかける。
「流石ね。あなたの読み通り」と明日香が言った。
「ふん」
斎藤芳樹になって考えてみた。携帯電話も持っていないやつだ。社会的に孤立していた。やつの生活はファミレスで働き、家に帰って寝る。その単調な毎日を繰り返すだけだった。生きる為に働いていた。無論、そうだろう。だが、斎藤にとって、ファミレスは、職場はやつが社会と繋がる、たったひとつの場所だったのかもしれない。
だから、やつはファミレスに帰って来る。
そう考えた。
何時か、ファミレスの様子を窺いに来る。そう踏んで、張り込んでいた。
張り込みを始めて、三日目の夜、ついにやつが現れた。ファミレスの様子を窺いに来たのだ。そこを確保することが出来た。
確保してしまえば、後は興味がない。明日香が取り調べた。取り調べで斎藤はよくしゃべったらしい。自分がWCPであるということが公となり、肩の荷が降りたのだ。
どうやら母親が「隠れ狼」だったらしい。しかも、本人もそのことを知らなかった。芳樹が狼男の兆候を示し始めると、夫婦仲が悪くなった。母親は父親を責めた。「あなたが狼男だから、狼男の息子が生まれたのだ」と。
そして、父親は血液検査を受けた。
結果はシロだった。
となると、結論は出たも同然だ。
「お前も血液検査を受けなさい」父親はそう言った。
そして、母親は自殺した。
父親は高校を卒業するまで芳樹を育てると「俺の役目は終わった」と言って、家を出て行った。「いずれ、お前はとんでもない悪事をしでかすだろう。そして、俺は犯人の父親として世間からパッシングを食らい、社会的に抹殺される。だから、俺は姿を消すのだ」と父親は言っていた。
芳樹は人目を避けるようにして生きて来た。誰かを傷つけてしまわないように、誰からも距離を置いた。
「松本君のこと、憎いと思ったことは一度もありません」と斎藤は言った。
高校時代、松本から虐めを受けていた。だが、芳樹にとっては、自分のことを人として扱ってくれる大事な存在だった。身体的なダメージなど、一晩、寝れば治ってしまう。痛くも痒くもなかった。
「あの夜は?」と明日香が聞くと、途端に斎藤は顔を曇らせた。
「あの夜は満月の夜でしたので、一日、部屋に鍵をかけて閉じこもっていました。まさか、松本君が部屋の鍵を持っていて、入って来るなんて思いませんでした。正直、彼が訪ねて来た時のことは、よく覚えていないのです」
気がついた時には、部屋中に松本の遺体が散らばっていた。
「何故、ファミレスの様子を見に行ったの?」と明日香が聞くと、斎藤は笑顔になった。
「だって、あの日からスープパスタ・フェアが始まったのです。誰が厨房を仕切っているのか気になりました。僕がいないと、皆、困っている。そう思うと、居ても立ってもいられなくなりました」
やはり斎藤にとって、世界の全ては、あのファミレスだったのだ。
明日香が取り調べの様子を教えに来てくれた。
「そうか」と短く答えると、「そんなに寂しそうな顔、しないでよ」と、また明日香が言った。
SF小説なのだが、ストーリーにミステリー要素を加えることで、個人的に制作意欲を維持し易い。そこで、刑事を主人公にした。
刑事ドラマの形式を取ったことから、タイトルを伝説の刑事ドラマにちなんで「月にほえろ!」とした。
もとはショートショートのアイデア。ドラキュラをやったので、今度は狼男でもやろうかと考えていて思いついた。設定を思いついた時、とてもショートショートでは収まりそうもなく、短編にすることになった。




