いじめっ子
榎並希美は招知大学に通う大学生だ。
招知大学に榎並を訪ねた。キャンパスの学食で待ち合わせをした。明日香が当たりをきょろきょろと見回すので、「学生時代が懐かしそうだな。学生気分が抜けないと見える」と嫌味を言うと、「榎並希美さんが来ていないか、確かめているだけよ」と吐き捨てた。
「ああ、そうか」と頷いたが、榎並希美を探しているのではないことは分かっていた。明日香は一度、見た顔は忘れない。榎並希美の顔も覚えているはずだ。
「来た。あの子」
学食に入って来た途端に、辺りを見回している女の子がいた。榎並和美だ。
「ほれ。手を上げなさい」と明日香に言われ、俺は立ち上がると、「よう」と手を上げた。学食にいた学生の視線が俺に集まる。
「座ったまま手を上げろってことよ。ようって何よ。誰が立ち上がれって言った?」
「うむ」全く、小うるさいやつだ。
榎並希美が飛んで来た。
「刑事さんですか?」
「ええ、そうよ。座って」と明日香が満面の笑顔で言う。気持ち悪い。
「斎藤芳樹君について教えて欲しいの。彼、高校時代、虐めを受けていたようですね。あなた、それを担任の教師に訴えた。そうですね?」
「はい。そんなこと、ありました」
「斎藤君を虐めていたのは誰?」
「それは・・・」と希美が口ごもる。
「大丈夫よ。私たち、刑事だから。だから、あなたのことを知ることも出来た」
斎藤芳樹が虐めに遭っていたことを先生に告げ口したのは榎並希美だったが、希美の名前は厳重に秘された。もし、外部に漏れたら、希美が仕返しをされる可能性があったからだ。
「そうですね。当時、斎藤君を虐めていたのは、松本君たちでした。放課後、松本君たちは斎藤君を裏庭に呼び出して、玩具にして遊んでいました。殴ったり、蹴ったりは日常茶飯事でした。私、テニス部に所属していて。コートから裏庭が見えました。斎藤君とは同じクラスでしたので、松本君たちから虐められていることが分かりました。友だちからは、松本君って不良だから、係わり合いにならない方が良いって言われましたけど、やっぱり見て見ぬ振りが出来なくて、担任の先生に相談しました」
「それで、どうなりました?」
「先生が斎藤君を呼び出して確かめたそうです。松本君たちに虐められているんじゃないかって。そしたら、斎藤君、虐められてなんていない。遊んでいるだけだって答えたそうです。それで、結局、虐めのことは表に出ませんでした。正直、そのことが記録に残っていたなんて思いもしませんでした。今回、連絡をもらうまで、すっかり忘れていました」
「後々、問題になると大変ですからね。先生が記録に残していたようです。その松本君について教えてください。彼の名前は?」
「松本龍城君です。高校を卒業した後、工務店で働いているって聞いています」
「その工務店は何処にあるのですか?」
「よく知りませんが、――の辺りにあると思います」と希美は斎藤のアパートから程近い場所を言った。
「松本君たちとおっしゃいましけど、他にもいたのですね?」
「はい」と希美は他に長谷川信也と中川慶太の二人の名前を言った。
「ありがとうございます」
榎並希美からの事情聴取を終えた。
「松本龍城という人物が隠れ狼であった可能性が高いようね。血の気が多いところなんて、WCPらしい」
「満月の夜に斎藤を襲って食っちまったって訳だ」
「松本龍城を訪ねてみましょう」
希美から教えられた工務店を訪ねてみた。
「松本? ここ暫く見ていないね。無断欠勤だよ。まあ、何時ものことだ。その内、金を使い果たしたら、社長、すいませんでしたって泣きを入れて、仕事に復帰するよ」と工務店の社長が言った。
相変わらず半端な生き方をしているようだ。
「彼がどこに住んでいるのかご存じですか?」と松本が住んでいるアパートを教えてもらった。
工務店から直接、車で松本のアパートへ向かった。運転するのは明日香だ。国内A級ライセンスを持っていると言っていた。普通に上手いと思ったが、レースに参加するほどのテクニックの持ち主だとは思えなかった。
「本当に国内A級ライセンスを持っているのか?」と聞くと、「疑り深い男ね」と国内A級ライセンスのカードを見せてくれた。本当だった。
「松本が隠れ狼みたいね」と明日香が言う。
「俺が対処するから、お前は車で待っていろ」
「手柄を独り占めにするつもり?」
「手柄などくれてやる。やつが隠れ狼だと、面倒なことになるかもしれない。とにかく車で待っていろ」
「今日は満月じゃない。私がやつを捕まえるから、あなたこそ、車で待っていなさい」
気の強い女だ。




