孤独な男
斎藤芳樹の周辺が捜査された。
「いませんね。まるでいません」と俺は班長の前で情けない報告をさせられる羽目になった。
「いないのか?」
「親しい人物が全く、浮かび上がって来ないのです」
「親兄弟はいないのか?」
「被害者、斎藤芳樹の両親は既に亡くなっています。被害者が中学生の頃、母親が自殺。父親は被害者が高校を卒業した途端、姿を消しました。兄弟はいません」
「姿を消した?」
「失踪したようです。サラリーマンでしたが、仕事を終え、そのまま家には戻らずに、いずこともなく姿を消しました」
「高校を卒業したのなら、お前はもう一人前だ。俺はもう知らん――とでも言いたげな失踪だな」
「そうだったのかもしれません」
「親戚はどうだ?」
「父方は祖父母が亡くなっており、兄弟はいません。母方は母親が自殺した際に、縁を切られたようですね」
「母親の自殺の理由は?」
「分かりません。母親の姉という人物から話を聞いてみましたが、斎藤の父親は口より先に手が出るような人物だったそうです。自殺の原因は父親のDVなのではないかと言っていました」
「それで、縁を切られた訳か。職場はどうだ? ファミレスで働いていたんだろう? 職場の同僚で親しい人物はいなかったのか?」
「いませんね。斎藤は高校を卒業後、大学には行かずに、ファミレスで働き始めました。最初はアルバイトだったようですが、真面目な働きぶりが認められて社員になったそうです。一緒に働いていた仲間によれば、無口で人付き合いが苦手な人物だったようです。接客が苦手だったので、調理場の担当で、ほとんど休みを取らないので、店長は重宝していたようですね。皆、仕事上の付き合いだけで、プライベートでの付き合いは全く無かったということです。職場の飲み会にも顔を出したことが無いそうです」
「社会的に孤立した人物だった訳だ」と班長が言うと、横から「学生時代は? 学生時代の同級生に親しい人物がいたのでは?」と明日香が口を挟んだ。
「班長。なんでこいつがここにいるのです?」
狼班は刑事部捜査一課の所属だが、職場は「月光の当たらない場所が良いだろう」と警視庁の地下にあった。見晴らしのよい高層階にある一課の職場から遠かった。
「うちは慢性的に人手不足だ。課長に掛け合って、応援で来てもらった」と班長が言う。
狼班は俺と班長の二人だけだ。
「一般庶民には荷が重いかと」と言うと、「だから、現場はお前に任せた。多門君には後方支援を担当してもらう」と班長が答えた。
後方支援って、一体、何をしてくれるのだ?
「で、学生時代の同級生は?」と明日香が偉そうに重ねて聞いて来た。
「学生時代の同級生に聞いても同じだ。目立たない生徒だったそうで、特に親しかった人物はいなかった。中学、高校と酷い虐めを受けていたようだ。やつと親しい人物と言えば、彼を虐めていたやつらじゃないかと同級生の一人が言っていた」
「虐めの加害者が最も親しい人物だった――という訳ですね」と言って、明日香がにやりと笑った。
調子に乗りやがってと思ったのが顔に出たようで、「とにかく、斎藤の居場所を知っていた人物の中にWCPがいると見て間違いないな。一刻も早く、そいつを見つけ出さなければならない。マン・イーターは一刻も早く、確保する必要がある」と班長が俺に言った。
「ええ。次の満月までに処分しないと」
一度、人の味を覚えたWCPは、人を食う衝動を押さえ切れなくなる。次の満月の夜に狼男となって、人を襲う可能性が高かった。だが、処分となると気の重いことだった。
「さあ、行くわよ」
明日香が立ち上がった。
「何処に行くんだ」
「榎並希美さんに会いに行くの」
「榎並希美?」誰だ? それは。
「斎藤芳樹の記録を調べたのよ。彼、高校時代に虐めを受けていたようだけど、そのことを学校や先生に訴えなかった。だけど、一人の生徒が見かねて、先生に相談したのよ。その記録が残っていた」
こいつ、学生時代に斎藤が虐めを受けていたことを知っていたのだ。
「そいつが榎並希美って訳だ」
「当たり前じゃない」
出て行こうとする俺を「山城!」と班長が呼び止めた。
「何か?」
「いいか。WCPを見つけたら、お前が対処しろ。多門君を危険な目にあわせるな」
「分かっています」
明日香に追いつくと、「私が運転する」と言う。
「何故だ。俺が運転する」
「私、国内A級ライセンスを持っている」
「えっ!」驚いた。レースでもやっているのか。
俺たちは明日香の運転で警視庁を出た。




