美女と野獣
甘かった。投げ飛ばしたりせずに、羽交い絞めにしておくべきだった。
狼男に変わった柴には、人を噛み殺すことが出来る牙があり、人を引き裂くことが出来る爪がある。人間など、一瞬で八つ裂きにすることが出来た。
だが、後悔してももう遅い。柴は目の前の明日香に襲い掛かろうとしていた。やつを追った。必死に手を伸ばしたが、わずかに届かなかった。
――明日香!
柴が明日香に襲いかった――はずだった。だが、俺には明日香の姿が消えたように見えた。明日香は身を屈めると、襲い来る柴の胸ぐらを捕まえ、反動を利用して、くるりと投げ飛ばした。
上手い。流石は明日香だ。
柴が地響きを立てて、地面に転がった。
明日香の傍を走り抜ける時、一瞬、明日香と目が合った。明日香のやつ、笑っていやがった。
地面に転がった柴に、俺は飛び掛かった。
柴が抵抗する。逃げようと暴れたが、無駄な足掻きだ。やつを抱え上げ、地面に叩きつけてやった。今度は逃がさない。馬乗りになると、二、三発、強烈なパンチをお見舞いしてやった。すると、やつの動きが鈍った。闘争本能を失ってしまったのだ。
柴を腹ばいにさせ、両手を後ろに回してがっちりつかんだ。首根っこを膝で押さえつけて、動けないようにした。
制圧した。やつが動けなくなったのを見て、車両に待機していた警官が拘束具を持って駆けて来た。
狼男の拘束には、特別な拘束具がある。両手首と両足首をがっちり固定して動けなくしてしまうことが出来た。拘束具でやつを拘束すると、抱えて行って、俺が待機していて車両の荷台へ放り込んだ。
警官が運転席に戻り、車をスタートさせた。
車両を一旦、人気の無い場所へと運び、俺はやつと共に車両の中で朝まで待機した。そして朝を迎えた。人間の姿に戻ってから警視庁に連行する手はずになっていた。
車両に乗り込む俺たちを明日香がじっと見ていた。
明日香に狼男に変身した姿を見られてしまった。一番、見られたくない相手だったかもしれない。現場に現れた明日香を恨んだ。
翌日、柴は逮捕された。
「僕は・・・昨晩・・・何を・・・」
何も覚えていない様子だった。
心神喪失として罪には問われることはないだろう。その代わり、WCPとして薬物治療を受け、厳しい管理を受けることになる。そういった罪を犯したWCPを管理することも、我々、狼班の仕事だ。
柴の拘留手続きをしているところに、明日香が現れた。
何となく気まずい。俺の姿を見て、ドン引きしてしまったはずだ。
「何故、現場に来たのだ⁉」
開口一番、明日香を責めた。
「私だけ仲間外れにしようとするからよ。一緒にやってきた仲間じゃない」
「お前には危険だと判断したから来るなと言ったんだ」
「それが余計なことよ。危険かどうかは、自分で判断できる。実際、柴を制圧できたのは、私のお陰じゃない」
「お前などいなくても制圧できた。邪魔だっただけだ」
「そうね。そうかもしれない。ゴメン。悪かった」
素直に謝られると、それ以上、何も言えなくなってしまった。
「いや、まあ。流石は明日香だ。その辺の男、いや、狼男でも、お前にはかなわないかもな」
「自分でもそう思っていたんだけど、昨晩、初めて狼男と対峙してみて、私の力じゃあ、どうにもならないって実感した。本気でやりあったら、とても勝てない」
あら、素直だ。
「だったら、今後は俺の言うことを聞けよ」
「それは嫌。自分の力を試してみたかっただけ。十分、分かった。お前が言っていた通り、素手で熊と戦うようなものだった。だから、今後、力仕事はあなたにやらすけど、現場で監督するのは私。仲間外れは許さない」
「お前には・・・」
「お前には、何よ?」
「いや・・・その・・・狼男になった姿を見られたくなかった」
「何故? 恰好良いじゃん」
「格好良い?」
「ワイルドでたくましくて、悪くないよ」
珍しい女だ。俺に気を使って言っているだけだろう。
「ワイルド?」
「ちょっと毛深いのが難点だけど」
「ははは」思わず笑ってしまった。
「美女と野獣――でしょう」
「美女なんて何処にいる?」
「お前の目はふし穴か⁉」
明日香は知っているのだろうか。野獣は最後に美女を妻とし、美しい美青年へと変身するのだ。




