狼男制圧作戦
明日香には自宅で待機しておくように、くどいほど言っておいた。
事件から一カ月、満月の夜を迎えていた。
容疑者は絞り込めたが決定打が足りずに、犯人確保には至っていなかった。武藤班長と相談の上、容疑者を一人に絞り、徹夜で監視することにした。
WCPの認定を受けていない以上、薬を手に入れることが出来ない。今夜も狼男に変身してしまうだろう。狼男に変身してしまうと、彼の意思とは関係なく、町に出て暴れ出してしまうかもしれない。
とにかく、彼が行動を起こす前に押さえ込まなければならない。それが出来るのは、俺と班長だけだ。
「誰に絞る」
「柴輝臣です」と俺は即答した。
事件があったコンビニ横の道路を辿って行くと、彼が住んでいるアパートへ行き着く。彼のアパートとコンビニ、食堂の位置関係が変形した三角形になっているのだ。
食堂の主は、当日、店に来ていたと主張するが、お気に入りの席が塞がっていると、食事をせずに帰ってしまうことがあった。
――柴はあの日、食堂に立ち寄った。だが、何時もの席が塞がっていた。そこで、食堂で食事をするのをあきらめて、コンビニに向かった。コンビニでおにぎりを買って食べようと思ったのだ。そして、コンビニで買い物を済ませ、アパートへ戻る途中、狼男に変身してしまった。
俺はそう考えた。
事件当夜のコンビニの防犯カメラの映像を確認してみた。案の定、そこにはコンビニで買い物をする柴の姿が映っていた。やはり食堂にいなかったのだ。
狙いを柴に定めた。
「お前の勘を信じる」と班長が言ってくれる。
勘の良さもWCPの特徴なのかもしれない。事件を未然に防ぐ為に、「満月の夜に、柴のアパートを張り込ませてもらいたい」と俺は班長に願い出た。
「いいのか?」と班長は聞く。
満月の夜に出歩くと言うことは、狼男になった姿を人目に晒すということだ。その姿を仲間たちに見られてしまう。俺は覚醒者だ。我を失うことはない。それだけに、仲間たちから奇異の目で見られてしまうことに、耐えられないかもしれない。
特に明日香には・・・
「構いません」と俺は答えた。
「当日は専用車両を用意しておくので、そこで待機しておいてくれ。やつが暴れ出したら、直ぐに制圧するんだ。いいな。バックアップの為の警察官を配備しておくし、当日は俺も待機しておく」
「分かりました」
「多門君だけは、現場に来させるなよ」
「分かっています。あいつがしゃしゃり出て来ると、面倒なことになりますから」
明日香には狼男になった姿を見られたくない。
「よし。それで行こう」
こうして、満月の夜の狼男制圧作戦が始まった。
「何故、私が自宅待機なのよ!」
案の定、作戦を聞いた明日香が不満を漏らした。
「お前は直ぐに暴走するからな。相手は熊みたいなものだ。いくらお前でも熊と戦っては勝てないぞ。相手は自我を無くしている。容赦なんかしてくれない」
「戦うのはリョーキでいいから、私も作戦に参加させてよ」
「ダメだ。ダメだ。これは班長の決定だ」
「武藤班長が・・・」
「そうだ。あきらめろ」
「そうか・・・そうねえ・・・」
不承不承といった感じだが、何とか明日香を納得させた。
そして、満月の夜がやって来た。
俺は今、柴のアパートの前で張り込んでいる。宅急便の貨物車を改造した車だ。密閉された荷台で俺は待機していた。
満月の夜に狼男に変身する時間には個人差がある。天候によっても左右されるし、周囲の環境によっても変わる。
日が暮れ、月光が強さを増すと、狼男へと変身してしまうのだ。
俺の姿は既に狼に変わっていた。
日頃は薬を飲んで押さえつけているので、狼男に変身すると、開放感を感じた。全身に力が漲り、気力が充実して来るような感覚になる。そう。麻薬をやってハイになっている状態なのだ。
柴の部屋の様子は外部からモニター越しに観察していた。
WDDだとすると、人より成長が遅いのだ。変身も人より遅い可能性が高かった。俺は狼男の姿のまま、やつが暴れ出すのをじっと待っていた。
突然、ガシャンと柴の部屋の窓ガラスが割れた。
――来た!
俺は車から飛び出した。
ほぼ同時に空から狼男が降って来た。
――勘が当たった。柴はWDDだった。
狼男へと変身した柴は部屋の窓ガラスを割って、外に飛び出して来た。狼男へと変身し、着ていたシャツがはちきれそうだった。
地上へ降り立った柴に俺は組み付いた。
「うがっ!」と柴が悲鳴を上げる。
稀に例外はあるが、基本的に人間の時の個体差が狼男になっても反映される。同じ狼男であっても、日頃、格闘訓練を怠らない俺の敵ではない。
俺は柴を地面へ叩きつけた。
「あがっ!」
柴はゴロゴロと地面を転がり、そのまま起き上がると、逃げ出そうとした。逃げても無駄だ。直ぐに追いつく――そう思った次の瞬間、俺は青ざめた。
柴の逃げる方向に人影がいたのだ。
住人やバックアップの警官たちは遠ざけてあったはずだ。誰だ? 明日香だ。明日香がそこにいた。自宅待機を伝えてあったのに、それを聞かずに現場にやって来たのだ。
無謀にも柴の前に立ち塞がって、やつを制圧しようとしていた。
「うがあああ~!」
逃げろ! と叫びたかったが、狼男になってしまうと、上手くしゃべることができない。柴は明日香へと突進して行った。




