現場百遍
容疑者が浮かんで来るのだが、どれも決定打に欠けた。時間だけが、刻々と流れて行く。また満月がやって来る。それまでに犯人を確保しないと、再び、惨劇が繰り返されることになるだろう。
俺は明日香と共に柴のアリバイを証言している食堂へ向かった。
柴の自宅近くにある昔ながら食堂だ。年老いた老夫婦が二人でやっている。値段が安いのが魅力のようで、「お腹いっぱい食べることができる」、「ご飯とお味噌汁はお代わり自由なのがありがたい」といった評判は聞くが、味の良さに言及するものは少なかった。
柴は、この食堂に毎日、通って来ると言う。
「このお客だったら、覚えているよ。何時何時だって言われても、分からねえけど、とにかく毎日、通って来ているんだ。毎日、いるよ。六時半に店にやって来て、七時くらいまで、ほら、あそこの席で食事している。毎日、判を押したようにやって来るんだ」
食堂の主はそう証言した。食堂の隅のテーブルが指定席だそうで、毎日、そこに座って食事をして帰る。
「焼き魚とか、トンカツとか、まあ、色々、注文しているよ。うちの生姜焼きが好物だそうで、週に一度は必ず生姜焼きを頼むんだ。家が近所だそうで、土日も同じ時間にやって来る。常連さんなんだ」と主は言うのだが、店に防犯カメラは無いし、昨日のことさえ、ろくに覚えていないような老夫婦がやっている食堂だ。
「毎日来ているんだから、いたよ」という、あやふやな証言しかない。
「お気に入りのテーブルに人がいた場合は、どうしているのですか?」と聞くと、「その時は・・・ああ、食事をせずに帰ったことがあるかな・・・」と答える。
「あの日がそうだったのではありませんか?」
「う~ん。そう言われてもねえ・・・そんなことまで、いちいち覚えていないよ! 忙しいんだ。人の言うことが信じられないのなら、帰ってくれ‼」と逆ギレされてしまう始末だった。
「食堂の主の話は、どうにも信用できないな」というのが俺の感想だった。
「しかし、アリバイがある以上、どうしようもない」
「柴は容疑者として残しておこう」
柴以外にも容疑者はいる。虱潰しに当たる必要があった。
こうして、時間だけが無常に過ぎ去ってしまった。
「どうだ? 容疑者は絞れたか?」と武藤班長に聞かれた。
「絞れてはいるのですが、決定打がありません」
「防犯カメラに変身するところでも映っていたのなら別だが、そうでないと、犯人を見つけ出すのはなかなか難しいな」
「血液検査ができれば良いのですが」
「その為には、証拠が必要になる。卵が先か鶏が先かになってしまう」
「・・・」
「どうした?」
「ひとつ、思いついたことがあります」
班長との会話が俺にヒントを与えてくれた。俺は狼班を飛び出した。一課に顔を出して明日香を探す。「どうしたの?」と明日香が俺の顔を見て、不思議そうな顔をした。
「現場に行く! 一緒に来るか?」
「現場に? 現場百遍ってやつ?」
「何処に行ったのかではなく、何処から来たのかを確かめるべきだったんだ」
「何よ。それ」
「とにかく俺は現場に行く」
「一緒に行く」
俺たちは明日香の運転で現場となったコンビニに向かった。最初に狼男に襲われた被害者が出たのがコンビニの駐車場だった。
「さあ、着いた。ちゃんと説明してよ」
「俺たちはコンビニからやつの臭いを追って中学校にたどり着いた。だけど、やつが何処から来たのか、確かめなかった」
「ああ、確かに」
「まだ臭いが残っていれば良いが・・・」
俺は現場で臭いを探した。事件から日が経ちすぎている。既にバニラの香りは、大気中に拡散し、残っていなかった。こうなったら恥も外聞もない。俺は四つん這いになって地面に残った僅かな臭いを探した。
道行く人たちが犬のように地面の臭いをかぐ俺を見て、怪訝な顔で見ている。中には、「やだあ~」と顔をしかめる若い女の子や、「見ろ、あれ。きゃはっ!」と嘲笑する学生たちがいた。
そんな俺を明日香がじっと見ている。正直、明日香には見せたくない姿だった。
「こっちだ――と思う」
嗅ぎ分けることが出来る限界だった。微かに残る臭いの痕跡を何とか捉まえることが出来た。コンビニの横に二車線の道路がある。臭いはそちらから来た――と思われた。
道路を暫く歩いて行くと、ビルがあり、道路沿いに花壇があった。そこにコンビニの袋が落ちていた。手袋をはめて中身を確かめる。随分、前に捨てられたもののようだ。袋の中には手つかずのままのおにぎりとお茶のペットボトル、スナック菓子が入っていた。
俺は臭いを確かめると言った。「ここで変身が始まったんだ」
「ここで⁉」
「ああ、この先に臭いは残っていないだろう」
「そう。で、どうするの?」
「コンビニに戻るぞ!」
俺が駆け出すと、「何?コンビニがどうしたの」と明日香が追いかけて来た。




