血の気
俺は狼班に顔を出すなり、武藤班長のもとに駆け寄り、「班長。昨晩はすみませんでした」と頭を下げた。
「気にするな。昨晩は満月だ。お前に出動させる訳には行かないだろう」
「しかし・・・」
昨夜、町中で狼男が暴れるという凶悪事件が発生した。
夜七時前、駅前から住宅街に向かう国道沿いのコンビニの駐車場に、突然、狼男が出現した。狼男は国道を走る車に襲い掛かり、ハンドル操作を誤った車はガードレールに衝突。運転していた男性と助手席の女性が怪我をしている。また、コンビニから出て来た若い男性が襲われ、こちらは重傷だ。
通報を受け警察官、二名が現場に駆け付けると、狼男は逃げ出した。二名の警察官は狼男を追いかけたが、運動能力に優れる狼男に追いつけるはずがない。見失ってしまった。
満月の夜だったので、俺は自宅待機となっていた。
俺は「覚醒者」と呼ばれる特殊な存在だ。満月の夜に狼男に変身しても、自我を失わず、自分をコントロールすることができる。だが、満月の夜は、狼男に変身するのを抑制する薬物を服用し、自宅でじっとしていなくてはならない。薬の副作用は強烈で、服用すると、発熱、嘔吐、眩暈、時に痙攣や失神といった症状が出てしまう。
この為、「狼班」に属しながら、WCPが狼男に変身し、事件を引き起こす可能性の高い満月の夜に活動ができないというジレンマを抱えていた。「覚醒者」である俺は、狼男に変身しても自我を保つことができる。だが、その姿を人前に晒すのは好ましくないという警察の上層部の判断により、自宅待機を強いられているのだ。
満月の夜に事件が起きれば、武藤班長が対応することになる。
班長は覚醒者より更に稀な「フリーマン」と呼ばれる存在だ。月の満ち欠けに関係なく、何時でも好きな時に狼男に変身することができた。
所轄からの連絡を受け、昨晩は班長が駆けつけた。現場に着いた時には、狼男は姿を消した後だった。狼男の行方を追うと共に、一晩中、付近を警戒していた。
「やつの臭いを追ったが、現場を離れる訳には行かなかったので、途中になってしまっている。後は任せたぞ」と武藤班長が言った。
「はい」狼班を出ようとした、その瞬間、「事件だって~」と明日香がやって来た。
「なんだ、お前か。今回はWCPの仕業だとはっきりしている。一課の協力は必要ない」
「町で暴れた傷害事件の犯人を捕まえるのだ。一課のヤマでもある」
「我々、狼班に任せておけ」
「狼班は人出が足りないだろう。お前一人だと心配だ。良いでしょう? 班長」と明日香は武藤班長を見た。
「敷島は何と言っています?」と班長が尋ねた。
明日香の上司、捜査一課係長、敷島豪俊は警視庁内で、ちょっとした有名人だ。アマチュア・ラグビー界で名の知られた人物でもある。
高校時代に楽南工業のキャプテンとして全国制覇を成し遂げている。ラガーマンとしては小柄だ。がっしりとした体格だが、身長は百七十センチ程度しかない。現代スポーツは体格に勝る者が有利になることが多い。敷島は背が低くても出来るスポーツはないかと探し回り、ラグビーにはハーフと言うポジションに小柄な選手が多いことを知った。
抜群の運動神経を生かし、高校日本代表に選ばれ、将来のラグビー界を背負って立つ逸材として期待されたが、ラグビーは接触プレーの多い激しいスポーツだ。大男たちの激しいタックルを受け、体がぼろぼろになってしまった。大学時代に負った怪我が原因で、選手生命を絶たれてしまった。
選手生命は短かった。
大学卒業後、警察官の道を選んだ。機動捜査隊で実績を上げ、今は捜査一課で係長をしている。武藤班長と親しいようだ。
「狼班に行って、少し血の気を抜いて来いって言われました」
「あはははは~」
確かに明日香は血の気が多い。思わず笑ってしまった。明日香が凄い目で俺のこと、睨んできた。班長だって笑ったのに。
「では、よろしく頼みます。犯人確保の際は、山城に任せてください。それが条件です」
班長が言う。
「分かりました」と明日香が明るく答えた。
こいつ、班長には素直だ。イケメンに弱い。
「私が運転する」
明日香は国内A級ライセンスの持ち主だ。車の運転は、そこそこ上手い。
「またかよ」
「いいから、鍵を寄こしな」
最近、俺に対して全く、敬語を使わなくなった。
「はいはい。じゃあ、運転はりりぃちゃんに任せた」
りりぃちゃんは女の子が大好きな着せ替え人形だ。明日香の妹から、明日香が今でもりりぃちゃんと遊んでいるという衝撃の事実を教えてもらった。
「・・・!」
明日香が俺の尻を思いっきり蹴とばした。




