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三章 トリコとフリッツ(後編)

 軌道ステーションには、二十時間程で着いた。

 来た時より早く戻れた理由が、どうやらトリコには理解出来ていない様子だった。

 軍用機って速いなぁ…と感心している。

「いや…ハンマーヘッドとステーションは、公転周期も地球からの高度も違うから…」

 ジョン太は説明したが、トリコは訳分からんと云う顔をしている。

「おい、お前が説明してやれよ。理数系だろ」

「うーん」

 シャトルの中でも、始終うとうとしていた鯖丸は、待合室のソファーにくたりと倒れ込んだ。

「疲れたから、寝る」

 言った直後に、熟睡してしまった。

 いつもの事だが、精神的にしんどい時も、寝れば治るらしい。

 ある意味、うらやましい奴だ。

 そうでなきゃ、今までとてもやって来れなかったんだろうな…と思った。

 R13に居た子供の頃には、メアリーの比じゃないくらい酷い目に遭っているし、その後も色々苦労はあったはずだ。

 隣で、平気そうな顔で座っているトリコも、政府公認魔導士だった頃に色々あったので、この程度の事では全くへこたれていない様子だ。

 というか、精神的に一番タフなのは、絶対こいつだ。

 繊細なおっちゃんが、ため息をついて肩を落としていると、手続きが終わったらしいマクレーが現れた。

「問題ありませんでしたよ。荷物も、来た時と同じですから、通関手続きも終わっています」

 ほっとした。

 鯖丸の奴、絶対倉田教授に頼まれた、違法なデータを持ち出しているはずだが、どこへ隠したのか、頑として口を割らなかった。

 ここをクリア出来れば、たぶん地球でも無事通れるだろう。

「幕張宇宙港行きの便は、明日の午前九時出発です。それまでゆっくり休んでください」

 既に、ゆっくり休んでしまっている鯖丸を見て、マクレーはちょっと笑った。

「今度の事では、色々ご迷惑をかけました。申し訳ない」

「いや…お前も色々大変だったろう」

 こんなに早く帰れたのは、マクレーが無理をしてくれたおかげだ。

 無断で囮にされていた件を差し引いても、充分おつりが来る。

「まぁ、多少の無理はしましたが…」

 マクレーは言った。

「中尉殿とまた、同じ作戦に従事出来たのは、幸運でした」

「いや…俺は民間人だし。普通に仕事しただけだから」

「軍には戻られないんですか」

 マクレーは尋ねた。

 ジョン太は、少し考え込んでから、答えた。

「俺は、軍人には向いてないよ。今も、昔も」

「それもそうですね」

 マクレーはうなずいた。


 熟睡している鯖丸をたたき起こして、割り当てられた部屋のカードキーを渡し、どこも同じ様に見える廊下を移動した。

 本気で半分寝ているくせに、意外と迷わず自分の部屋に入って行く鯖丸を確認してから、ジョン太は、トリコと並んで廊下を歩いた。

 向こうからフリッツが来た。

 マクレーの部下だったのは、一時的な事だと言っていたのは本当らしい。

 ステーションに着いてからは、全くの別行動になっていた。

 何か言いたい事があるらしく、トリコの方を見たが、二人とももう、仕事が終わったので、翻訳機を返してしまっている。

 このまま席を外すか、残って通訳してやるべきか、ジョン太は暫く迷った。

 それから、フリッツの必死な顔を見て、自分は居ない方がいいと判断した。

「16番の出発ゲートに、八時集合だから」

 トリコに言ってから、英語に切り替えた。

「そっちは、何時に出るんだ」

「十二時」

 フリッツは答えた。

 確か、カナダ行きの便があった。

「じゃあ、時間あるな。こいつ、数字しか読めないから、迷うと思うんだ。16番ゲート前まで連れて来てくれないか。八時な」

「分かった」

 フリッツは、素直にうなずいた。らしくない。

「俺も、ちょっと休む。じゃあな」

 軽く挨拶して、ジョン太は自分に割り当てられた部屋に、入ってしまった。


 ジョン太が変に気を利かしたので、トリコは途方に暮れていた。

 ついさっきまで、不自然ながらも意思の疎通は出来ていた相手に、今は何を言っても通じない。

 フリッツは、トリコの手を掴んで、どんどん先へ歩いて行ってしまっている。

 仕方なく付き合っていると、何となく見覚えのある場所へ出た。

 この先は、一度行った事のある展望室だ。

 こういう所が好きだと思われたんだろう。確かに、嫌いじゃない。

 途中でコーヒーのサーバーがあったので、フリッツの手を引いて止め、コインを入れて二つ取った。

 アルコール類や、高価な嗜好品以外は、食事も飲み物も全部無料だったハンマーヘッドとは、随分違う。

 地球に近い場所に戻って来たのだと、何となく思った。

 飲み物をこぼさない様に、フリッツの後を追った。

 低重力で、普通に歩けているのは、我ながらすごいと思う。ここへ来た時は、まともに歩く事も出来なかったのに。

 展望室は、前に来た時と同じだったが、今はステーションの機体が、視界の半分を覆って、その向こうに夜の面を曝した地球があった。

 地表に、点の様に明かりが灯っている。

 日本も、端の方に見えた。

 主要都市には、明るい光が灯っているが、四国の辺りはちらほらだ。

 明日には帰れると思うと嬉しかったが、少し寂しいのも確かだ。

 フリッツが、窓に近い場所に腰を下ろしたので、隣に並んで座った。

 何か話しかけて来たが、意味は分からないので、ぼんやりと聞いていた。

 肩を抱かれた。

 こんな所で何するんだと思ったが、改めて周りを見ると、過半数がカップルだ。

 以前来た時は、こんな事は無かったので、時間帯とか曜日とか、色々あるのかも知れない。

 夜景を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

 さすがに、有料だけあって、ハンマーヘッドの食堂で出るやつより美味しい。

 しばらく夜景を見て過ごして、食堂に行って夕食を取って、部屋の前まで戻った。

 昨日、あんな事があったので、このまま一緒に居たいのか、ここで別れたいのか、よく分からない。

 じっと見ていると、言葉が通じていた時には気が付かなかった、微妙な表情が、何となく分かった。

 フリッツは、同じ原型タイプのハイブリットでも、ジョン太の様には感情があまり顔に出ない。

 一生懸命見ないと、分からない。

 めんどくさい奴だなと思ったが、そもそも、めんどくさくない奴と付き合った記憶が無かったので、苦笑いしてしまった。

 変な笑い方をしたので、フリッツは別の意味に取ったらしく、がっくりした感じで、繋いでいた手を離して、帰りかけた。

「待てよ、そう云うんじゃないから」

 引き止めると、本気で嬉しそうな顔をした。

 そのまま、部屋に入るかと身振りで指差すと、首を横に振って、別の場所に連れて行かれた。

 少し離れた場所で、見た様な軍服が、きちっとハンガーに掛けて壁に吊されているので、フリッツの部屋だと分かる。

 分かるが、部屋の仕様は、自分が割り当てられた所と、全く同じだ。

 別に、どっちでもいいんじゃないかと思ったが、何か、変なこだわりがあるんだろう。

 他に家具がないので、ベッドに並んで座った。

 抱き合ってキスをした。

 ああ、私も、こいつの事は、割と好きだったんだなぁ…と思った。


 爆睡して、少し元気になった鯖丸は、食堂でばりばりメシを食っていた。

 疲れたら、食って寝て、時々ナンパ。ステキな動物っぷりだ。

 トリコとフリッツが、一緒に入って来たのは気が付いていたが、向こうはこちらに気付いていない様子なので、こっそりラーメンの替え玉をもらって、席に戻った。

 というか、ラーメンが国際的なメニューになってる事は周知の事実だが、何で替え玉システムが導入されてる?

 フリッツが、トリコの事を好きなのは知っていたが、トリコが楽しそうな顔で笑っているのは、予想外だった。

 俺じゃダメだったくせに、そんな奴がいいのかよ…。

 フリッツを見る度に、不愉快になってしまう理由は、自分で分かっていた。

 トリコと別れてから、心の中に大きな穴が空いていた。

 あまり大きいので、一人じゃ埋められないと思って、色んな女と遊びや本気で付き合ったけど、ダメだった。

 それなのに、二人が一緒に居る所を見て、何だかほっとしていた。

 辛いけど、これでちゃんと諦めて、前へ進める気がする。

 とりあえず、二個めの替え玉を吸い込んでしまったので、じわりとカウンターに忍び寄った。

「おっちゃん、替え玉もう一個。ついでにチャーシューとスープも足して」

「それはもう、替え玉じゃないけど」

「あ、そうか」

 一般常識を諭されたので、どうせ仕事中は領収証切れば経費で落ちると思い直して、追加注文した。

「餃子定食、ライス大盛りで」


 翌日、16番ゲートの入り口に、皆が集合した。

 トリコは、十分前くらいに、フリッツと一緒に現れた。

 手を繋いで歩いて来た二人は、ジョン太と鯖丸の姿を見ると、慌てて離れた。

 いや…そーゆーのはもう、今更いいから。

「何だよ、変なフラグが立ったなら、ぼきっと折ってやろうか」

 鯖丸は、にこやかに笑って言った。

「いや…フラグとか立ってない。別のもんは立ったけど…」

「何が?」

「秘密だ」

 さすがに、フリッツの辛くて恥ずかしい過去に関しては、仕事仲間にも言えない。

 ゲートを抜けて、搭乗口に向かった。

 見送り出来るのは、ゲートの前までだ。

 皆がゲートを抜ける前に、フリッツはトリコに封筒を手渡した。

 真剣な表情で、何か言った。

 ゲートを抜けてから、トリコは尋ねた。

「あれ、何て言ってた?」

「文通してくれって」

「ええっ、今時、メールじゃなくて文通?」

 封筒の中には、住所と電話番号が書いてあった。

 大体、言葉も通じないのに、文通って何だ。

 うかつに仲良くしてしまったが、これ、今後大変なんじゃないのか。

 フリッツは、ゲートの向こうに立って、こちらを見送っている。

 何と言うか、最初に会った時と、全然キャラ違うじゃないか、こいつ。

「うわぁ、軍曹がデレ期に入ってる。キモい」

「本人は真剣なんだから、キモいとか言うなよ」

 トリコは、一応止めた。

「何となく分かった。真剣な恋愛って、端から見るとちょっと痛いし、可笑しいよね」

 鯖丸は言った。失礼な意見だ。

「俺はもう、しばらくそーゆーのはいいや」

「しばらくなんだ…」

 トリコはつぶやいた。

 何となく、鯖丸の態度も、いつもと違う。

 いや、違うと云うより、別れる前に、普通に接していた頃に近かった。

 何だかほっとした。

 こいつはこいつで、あれから色々思う所はあったんだろう。

「だって、将来的にはいい感じの娘と恋愛して、幸せな家庭を持ちたいもん」

 こいつ、自分では気が付いてないと思うが、私と付き合ってた頃は、もう出来てる所に入り込んで、手っ取り早く目標を達成しようとしていたな…と思った。

 今更指摘するのも気の毒だ。

 黙っている事にした。

 ゲートを抜けて、待合室に入ると、向こう側とはガラスの仕切りで隔てられているが、電話の様な有線通話を使うと、会話も出来る。

 フリッツは、向こう側に立って、見送っている。

 鯖丸が、受話器を取って向こうの有線電話を鳴らした。

 フリッツが、不振な顔をしながら、電話に出た。

 ガラス越しに、五十センチ程度しか離れていないのに、電話でしか会話出来ないのは、不思議な感じだ。

「あー、フリッツ。ちょつと話があるけど」

 英語なので、トリコには分からないはずだ。

「何だ」

 トリコにはでれでれしていたくせに、他は相変わらずだ。

「俺がトリコと付き合ってたのは、知ってると思うけど」

「ウインチェスターに聞いた」

 フリッツは答えた。

「それで?」

「俺は結局、死んだトリコのダンナを、忘れさせる事は出来なかったよ。お前は、それが出来るのかよ」

 フリッツは、意外そうな顔をした。

 思ってもいなかった事を言われた。

「忘れる必要なんか、あるのか?」

 ええと、何それ。

「お前はやっぱり、見た目通りのガキだな」

「てめぇに言われたくないよ」

 乱暴に電話を切ったが、通話相手がまだ目の前に居て、にやにや笑っている。

 うわ、超むかつく。

 受話器を戻したフリッツは、待合室の時計を指差して、もう時間がないから行くという身振りをして、手を振った。

 トリコは手を振り返している。

 以前なら腹立たしい場面だが、何となく、もういいやと思った。


 十二日振りに、地球に戻った。

 体が重い。

 元々、低重力の影響が普通の人間より少ないジョン太はともかく、トリコが意外と平気そうなのは、釈然としない。

「元から、減る程筋肉ねぇんだよ、こいつ」

 ジョン太はいい加減な事を言ったが、それだけとは思われない。

 生まれつき、宇宙での生活に耐性の高い人が居ると聞いていたが、それなのか。子供の方が適応力が高いが、もしかして、トリコの肉体年齢は、外見通りなのか、今更だが謎だ。

 検疫や通関手続きはすぐに済んだが、一週間以上宇宙に居た者は、地球環境にすぐ戻れるかどうか、検査される。

 ステーションから宇宙港への移動より、着いてからの手続きの方が長かった。

 銃器や刀の様な、国内で持ち歩けない物を、別便で魔界へ配送する手続きも残っている。

 久し振りにケータイの通じる場所まで戻って来た三人は、待ち時間の間に、あちこちに電話とメールを入れた。

 やっと地球に帰って来た気がする。

 所長に連絡を入れた後、どうやら家に電話していたらしいジョン太は、二人に言った。

「みっちゃんが空港まで迎えに来てくれるってさ。お前らも乗って行くだろ」

 車を出してくれるらしい。

「助かるよ。バスは、駅までしか行かないからな」

 メールを打っていた手を止めて、トリコは言った。

「ついでに、由樹君を託児所まで迎えに行こうかって。どうする」

 そこまで甘えるのもどうかと思ったが、自宅に帰ってから車を出していたら、かなり遅い時間になってしまう。

 バスや電車で寄るには、不便な場所だし。

「うん。悪いけどお願いしようかな。みっちゃんって、本当は何て名前だっけ」

 ジョン太に名前を聞いたトリコは、吉村さんという人が代わりに迎えに行きますから…と、連絡を始めた。

 一段落付いたジョン太が、鯖丸の方を見ると、メールを打っている最中だった。

 ミッションコンプリートとか、ふざけたタイトルを付けている。

 ちらりと見えた送信相手は、倉田教授だった。

 こいつ、本気でどこにデータ隠してるんだ。

 荷物を受け取って、ゲートを出るまでは、気が気ではなかった。

「お前、データどこにやったんだよ」

 聞いてみると鯖丸は、悪い顔で笑って「秘密」と言った。

 きっちり調べられた荷物を受け取り、無事にゲートを出た時には、夕刻が近かった。

 空港まで直行のモノレールに乗り、四国行きの国内線最終便に、予定通り搭乗した。

 

 地元の空港に着いた時には、九時が近かった。

 地方の空港なので、飛行機を降りて少し歩けば、出口は目の前だ。

 売店や食堂は、もう閉まっていたが、出口の外には、迎えに来た家族や友人達が、群れをなして待っていた。

 交通の便が悪い地方都市ならではの光景だ。

 みっちゃんは、人混みから少し離れた場所で待っていたが、目立つ容姿のジョン太をすぐに見つけて、手を振った。

 隣に、所在なげな顔で手を引かれた由樹が居る。

 ジョン太とは面識があるが、みっちゃんとは初対面なので、何となく不安なのだろう。

 特に受け取る手荷物も無いので、ゲートを抜けるのはあっという間だった。

 機内持ち込みの出来ない荷物を預けた乗客は、ベルトコンベアの前で待っている。

 人混みをかき分けたジョン太は、みっちゃんに駆け寄って抱きしめ、キスをした。

 長い間寂しかったよ…とか言っている。

 基本的にシャイなおっちゃんだが、さすが外人。こういう場面では、臆面がない。

 ぽかんとして見ていた由樹は、人の波にうもれていたトリコを、やっと見つけた。

「母ちゃん、遅い」

 文句を言った。

「ごめん」

 そう云えばトリコって、こんな時に「仕事だから」とか言い訳しているのを、聞いた事が無いなぁ…と、鯖丸は思った。

 一緒に暮らしていた事もあるから、色々大変なのは知っている。

 男関係はだらしないけど、基本的にはいいお母さんだよなぁ…と思いながらぼんやり見ていたら、由樹がこちらに気付いた。

「あっ、鯖くんだ」

「げっ、見つかった」

 適当に理由を付けて、バスと徒歩で帰ろうと思っていた鯖丸は、その場で固まった。

 トリコと別れて以来、由樹とも一度も会っていなかった。

 最後に見た時より、少し大きくなっている。

 子供の成長は、早いなぁと思った。

 確か、来年の春には小学生だ。

「や、久し振り」

 鯖丸は、適当な挨拶を返した。

「何してたの? たまには遊びに来なよ」

 いや、それは大人の事情で…とか、言い訳を口に出す前に、由樹は言った。

「母ちゃんとは別れても、おれ達は友達だろ」

 そうなんだ。

 何だかちょっと嬉しい。

「ほら、ケータイ出して。アドレス交換するからさ。何か母ちゃんは教えてくれないし」

 トリコの方を見ると、別にいいよという顔をしたので、ポケットからケータイを取り出した。

「待って。今、メモリーカード抜いてるから、内装メモリにスキ間作る」

 少しの間ケータイを操作してから、鯖丸は受信ボタンを押した。

 情報を交換し終わってから、鯖丸はため息をついた。

「由樹、お前って大人だなぁ」

「鯖くんが子供」

 由樹は言い切った。


 空港から市街地までの幹線道路を、皆を乗せた車は走っていた。

 賑やかなのか寂しいのか、微妙に分からない、地方都市の県庁所在地特有の、中途半端な夜景が、後ろへ流れて行く。

 ああ、帰って来たんだなぁと思った。

 地球なんて、帰る場所じゃないと思っていたし、家に帰っても、誰が待っている訳でも無い。

 それでも、ほっとした。

 これで、元の生活に戻れる。

 放り出して来てしまった、色々な事を考えると、気持ちが重かった。

 メアリーは、元の生活に戻れるんだろうか。ケントは、地球で、お母さんと一緒に暮らせるんだろうか。ワーニャは、月に戻って、新しい生活を始めるんだろうか。身寄りの無くなったシンディーは、これからどうなるんだろうか。

 それから、U08での事故は、きちんと解明されて、それなりの対処がされるんだろうか。

 どれもこれも、自分の手には負えない事ばかりだった。

 自分が、何の力もない若造だという事は、内心分かっていたが、今までは、頑張ればどうにかなると思っていた。

 本当は、そうじゃない事も、薄々分かってはいたけど。

 鬱々と考え込んでいたら、ハンドルを握っているみっちゃんが声をかけた。

「武藤君、久し振りに会うけど、ずいぶん大人になったわねぇ」

「え…?」

 反論しようと思ったけど、もうあんまり気力が無かった。

 帰ろう。帰って寝よう。出来れば十二時間ぐらい。

「ガキですよ、俺なんて」

 何となく、投げやりに言ってしまって、後悔した。

 何も出来ない、無力なガキだ。


 蚊に刺された。

 築四十年、風呂無し、便所共同のボロアパートで、鯖丸はぼりぼり向こうずねを掻いていた。

 地球に戻って来た感、満載だ。

 留守中、ろくに干していないまま放置した布団には、ダニーちゃんが繁殖したらしく、背中もかゆい。

「地球なんか嫌いだ」

 地球のせいにするのは、絶対濡れ衣だ。

 布団は干せ。蚊取り線香を焚け。

 という風な、的確なツッコミをするジョン太とも、しばらく会っていない。

 幸いな事に、裁判とかでややこしくなっているにも関わらず、通常十二日間働いた分のバイト代は、支払われていた。

 近いうちにボーナス分も支払うと言われたので、勝算はあるらしい。

 これで卒論に集中出来る。ありがたい。

 卒論の為の資料をまとめながら、普段、自宅ではあんまり見ないテレビを見ていた鯖丸は、固まった。

 U08のニュースをやっている。

 報道された内容は、知っている物とはかけ離れていた。

 たまたま近くにあった廃棄衛星が、軌道を外れて飛んで来た所を、センサーの故障で避けきれなかった為に起こった事故だと、アナウンサーは言っていた。

 U08に、危険を覚悟で救助隊を送り込み、遺族に対して、出来る限りの保証をすると公言したハーマン社は、英雄的な扱いになっている。

 真相がどの辺にあるのか知らないが、見なきゃ良かった。

 U08が閉鎖系プラントの実験コロニーで、複雑な利権争いがある事は、一部の人間は知っているが、その内忘れられるだろう。

 R13の事件が、一部の宗教系テロリストに興味のある人間以外には、忘れられた様に。

 本気でやりきれない。

 いつまで、こんな事が続くんだろう。

 たぶん、永遠にだ。

 辛い。

 それでも、地球に来た頃程は、心が痛まなかった。

 俺も、嫌な感じで大人になったんだなぁ…と、思った。


 一ヶ月振りに、仕事で魔界に入った。

 いつも通り会社の倉庫に入って、装備を調えた。

 割とヤバイ仕事だが、いつも通りなので、何だか安心する。

 いつも通り自分の刀を持ち出した鯖丸は、いつもと違って、座り込んで刀の鞘を点検し始めた。

 不審に思いながら見ていたジョン太は、鞘にべたべた貼り付けていたシールの一枚を、鯖丸が念入りに剥がし始めたのを見て、あんぐりと口を開けた。

 小学生男児でも、ちょっとませた子供なら、貼るのは躊躇する「ドッキリマンシール」の裏に、ケータイのメモリーカードがあった。

 最近のカードは、小指の爪より小さい上に薄い。

 シールの裏に貼り付けてしまえば、それは分からないが、調べられたら、あっという間にバレる。

 刀の持ち主が、基本設定でアホになっているから使える、必殺技だ。

「おま…いつそれにデータ移した…ていうか、どうやって」

「秘密」

 鯖丸は、言い切った。

「知ってたら、ジョン太本気で共犯になるよ」

 カードをケータイに戻した鯖丸は、倉田教授宛にデータを送信し始めた。

「お前、それバレてたら、まだ地球に戻れてないぞ」

「そうかもね」

 平然と言って、刀を手に取って、立ち上がった。

 何て恐ろしい奴…。

「早く行こう。今度の依頼者、中で待ってるんだろ」

 鯖丸は、先に立って歩き出した。

「ああ」

 ジョン太はうなずいて、後に続いた。


長い話ですが、最後まで読んでくださってありがとうございます。

次作『最後に、三匹ぐらいが斬る!!』に、続きます。

ここまでは、内容が全部完成してから投稿を始めたので、立て続けに更新しました。

次回からは、ちょっとペースを落とします。

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