表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

二章 不思議の森のメアリー(後編)

 きっちり八時間後に、四人は調査と探索を再開した。

 何かあった時の用心に、重装宇宙服を装備したまま休んだので、あまり眠れなかったらしい。

 トリコは眠そうにあくびをしている。

 今も、ヘルメットは外して首の後ろに付けているが、きちっと重装服を装備したままだ。

 ヘルメットは、気圧が下がると自動的に被さる構造になっている。

 宇宙空間で補給無しに十日以上活動可能な重装宇宙服を装備していれば、万が一の事があっても、とりあえずの生命の危険はない。

「動きにくい」

 トリコは、文句を言った。

 それでも、持って来たメモを、マニピュレーターできちんとめくっている。

「状況が分かるまで、我慢しなよ」

 フリッツの方をちらりと見てから、鯖丸は言った。

 ジョン太に止められたので、あからさまに敵対するのは止めた様子だが、信用はしていないらしい。

 当のジョン太は、昨日知った新事実がショックだったらしく、うつろな顔で変な事を口走っている。

「決めた…俺、地球に帰ったら、最新型のプラグ装備する」

「自費でやるのかよ。それ、車買えるんじゃないの」

「車は、俺の心の安定を守ってなんかくれねぇんだよ」

 変なスイッチが入ってしまったらしい。

 そんな、いつも通りぐだぐだの有様だが、昨日の探索範囲を越えて、居住区内に入り込むには、それ程時間はかからなかった。

「メアリーが居るとすれば、この辺だと思うんだけど」

 サンプル採取は、七割方終えてしまったトリコは、周囲を見回した。

 残ったサンプルは、昆虫と動物で、面倒な作業になる。

 地球で、虫屋が装備する様な、折りたたみ式の捕虫網を組み立てて構えていた。

「何で襲われないんだ」

 フリッツは聞いた。

 皆は、振り返った。

 今まで入った捜査隊は、もっと早い段階でモンスター的な物に襲われている。

 魔導変化した巨大な昆虫は見かけるが、近付いては来ない。

「何か、違いがあるのか」

 調査結果には目を通しているが、調査隊その物については、調べていなかった。

「この面子で、明らかに違うのは、魔力の高さだが」

 トリコは言った。

 魔力のレベルは、AからEまでの五段階が、一般的な評価になっている。

 平均的な人間に多いのは、BからDまでで、魔力の高いAランクと、極端に低いEランクは、希少な存在だ。

 Aには含まれないくらい魔力が高いのが、スペシャル表記のランクSで、トリコと鯖丸は、これにあたる。

 ジョン太は、魔力ランクを自分で調整出来る希有な能力を持っているので、実際の上限は不明だが、公式にはランクBで登録されている。

 Aランク以上になると、色々手続きが面倒なので、適当に誤魔化したのは明らかだ。

 フリッツの魔力ランクは、正式に測定していないので不明だが、推定B1となっていた。

 ランクBの中で五段階評価としては最上級だ。

 魔力が低かったら、こんな仕事には回されないだろう。

「こいつらが、自分で状況判断してるの?」

 鯖丸は聞いた。

「いや…判断してるのはメアリーじゃないのかな」

 トリコは言った。

「そろそろ声をかけてみてくれ。話が聞ける状態なら、何かの反応があるかも知れないから」

「こういうのは、女性が声をかけた方が、子供は落ち着くと思うがな」

 フリッツは一応言ったが、トリコが英語を話せないのは分かっているので、自分がやってみる事にしたらしい。

 少し大きな声を出すつもりらしく、息を吸った所で止まった。

 何やってるんだと言いかけた鯖丸は、ジョン太とフリッツが、二人同時に動作を止めて耳を同じ方向へ動かしたのを見て、言葉を飲み込んだ。

 二人は、通路の奥にある、一枚のドアを見ていた。

「メアリーか」

 トリコは、尋ねた。

「たぶん」

 フリッツは、うなずいた。

「ただ…一人じゃない」

 鯖丸とトリコは、他にも生存者が居たのかと、少し明るい表情になったが、ジョン太とフリッツは、変な顔をして黙り込んでいる。

「どういう事なんだ」

 ジョン太がフリッツに尋ねた。

 今まで、こいつにも事情があるとか、弁護する様な意見を言っていたのに、明らかに緊張した様子でフリッツを見ている。

「俺にも分からない」

 フリッツは答えた。

 というか、普通の人間のトリコと鯖丸には、何の事だかさっぱり分からない。

 ただ、二人とも魔力は高いので、ドアの向こうに何かがあるのは分かった。

 魔力は高いが、幼い気配と、困惑した人の気配。それから、敵意と警戒。

「行ってみる?」

 鯖丸は、小声でジョン太にたずねた。

「早く動いた方がいいなら、これ、脱いで行くけど」

 重装服の胸のパネルを指して、解除キーを押す動作をして見せた。

「いや…お前らはここで待て。危なくなったら、援護たのむ」

 フリッツを促して、植物が食い込んで半開きになったドアの前に立った。

「何やってんだ、マクレー」

 ドアが開いた。

 ハイブリットの二人には、匂いで個体識別が出来ていたらしい。

 嫌な気配がした。

 鯖丸はとっさに、トリコの背中を押した。

 無重力空間では、ちょっと押されただけで移動してしまう。

 押した方も反動で動くのが普通だが、壁面に滑り止めの付いた靴底と肘で踏ん張って、何もなかった様にトリコだけをその場から放り出した。

 ドアの向こうには、予想とは全然違う光景があった。

 三人の男女が、宇宙服から引きずり出され、拘束されて手すりに繋がれていた。

 その中の一人がマクレーだった。

 周囲には、六人の人間が居た。

 それぞれ、魔界でも作動する銃器や刃物を持って、拘束された人々に向けている。

 フリッツは、本当に意外だったらしく、いつもの斜に構えた表情が剥げ落ちて、普通の素直そうな青年になってしまっている。

「少佐殿…」

「済まんな、囮のお前より先に捕まってしまって」

 マクレーは言った。

「下手に動くなよ」

 皆に武器を向けている集団の一人が言った。

「このガキに何かあったら、困るのはお前達だ」

 集団のリーダーらしき男は、言った。

 刃渡りの長い刃物を突き付けられているのは、今まで捜していたメアリー・イーストウッドだった。


「俺らは囮だったのか。いい根性だな、貴様」

 ジョン太に一喝されて、マクレーは硬直した。

 以前の隊長より遙かに出世した今でも、やっぱり昔の上官は怖いらしい。

 重装服を解除されて、一緒に括り付けられている状況で、こんな威厳のないおっちゃんを怖がっても仕方ないと思うが…と、鯖丸は冷静に考えた。

 排泄物の再利用システムが付いている重装服は、専用のアンダースーツ以外の下着は身に着けられない。

 鯖丸とフリッツは、ちゃんとアンダースーツを着ているが、雑に重装服を装備していたジョン太は、半ズボンを脱いで、スーツのポケットに仕舞っている。重装服を脱がされた時点で全裸だ。

「中尉殿…相変わらずアンダースーツが嫌いなんですね」

 マクレーが言った。

「内装が毛だらけになるから、あれ程着てくださいと言っていたのに」

「今話し合う話題か、それ」

 裸にむかれて拘束されているにしては、全然動じない態度だ。

 ジョン太って、以前はもうちょっと繊細だったはずだけどなぁ…と、鯖丸は思った。

 何か、悪い方向に図太くなってしまっている。

 絶対、七割方は悪魔将軍にオカマ掘られたせいだと思うが、相変わらず天然なので、自分がしでかした事がよく分かっていないのだった。

「囮って、どういう事だよ」

 鯖丸は、ジョン太とマクレーの会話に割り込んだ。

「君達が、サンプルを採取し、彼女を…」

 皆とは離れた場所に拘束されているメアリーを、目線で示した。

「救出している間に、こいつらを捕まえるつもりだったんだが」

「俺らが、プラントに襲われたり、こいつらに捕まったりしている間にだろ」

 ジョン太が、苦々しい口調で言った。

「俺を囮に使うなんて、本当に偉くなったもんだな。挙げ句がこのざまか」

「申し訳ありません」

 マクレーは言った。

「実際は、ここに着いた時点でシャトルに軽微な損害を出して、騒ぎを起こしていただくつもりでしたが」

 鯖丸の方をちらりと見た。

「彼が思いの外勘がいいので…通信の遮断にも、動じてもらえなかった様子ですし」

「あー、はいはい。俺が悪いのね」

 鯖丸は、ふてくされて言った。

「で…あいつらは何?」

「勝手にしゃべるな」

 マクレーと部下達らしき男女を拘束している集団の一人が、慣れた体さばきで飛んで来て、手すりに足を引っかけて止まった。

 精悍な黒人の青年で、何かの訓練を受けている様に見える。

 他のメンバーも、人種や年齢はばらばらだが、統率された集団に見えた。

「ランクSの魔法使いって、どいつだ?」

 青年は、仲間の方にたずねた。

「ハイブリットじゃない奴だ。面倒だから眠らせとけ」

「こんな奴がねぇ…」

 肩をすくめてから、銃を抜いた。

 とっさに障壁を張ろうとして、メアリーを捕らえている男と目が合った。

 俺が下手に動いたら、あの子はどうなるんだろう…。

 考え終わる前に銃のグリップが振り下ろされ、鯖丸は気を失った。


 トリコは、一人で移動していた。

 近距離なら透視が使えるので、壁の向こうは一通り把握していた。

 困った事になっている様だが、状況が分からない。

 何かを企んでいると思っていたマクレーまで、捕まってしまっている。

 アブラナ科の植物が、異常に高く茂っている中に重装服を隠したトリコは、スーツの外装に付いているポーチを外し、中身を点検した。

 サバイバルキットや、ファーストエイドキット、圧縮された数日分の食料と、U08の見取り図。

 小さなナイフと、少しの食料品、300cc程度の水と見取り図を残して、残りはスーツの中に仕舞った。

 相手が何者か知らないが、とにかく、メアリーの救出だ。

 人質さえ居なくなれば、鯖丸とジョン太なら、自分の面倒は自分で見るだろう。たぶん、フリッツも。

 しばらく、見取り図を広げて、不器用に移動しながら、ドア以外の進入経路を捜していたトリコは、ふと、目の前を飛んで行く虫を見た。

 地球と違って、嫌な吸血昆虫が居ないのがいいな…と思いながら見ていて、思い立った。

 そうか…無重力だけど空気はあるんだから…。

 最初は、魔獣を呼び出して乗って行こうと考えたが、かさばる上に、上下がないと乗りにくい。

 少し思案して、背中にコウモリの羽を呼び出した。

 試行錯誤して、腕ほどの長さに縮めてから、羽ばたいてみた。

 スピードは出ないが、いい感じに移動出来る。

 浮力を作る必要がないから、もっと小さくしてもいいくらいだ。

 はたから見ると、悪魔っぽい感じだ。本人は分かっていない様子だが。

 壁を軽く蹴って飛び始めた。


 鯖丸が次に目を開けると、周囲がざわざわしていた。

 少なくとも、六人は居たはずの謎の集団が、二人しか見当たらない。

 リーダーらしき男が、けっこう油断無くメアリーを押さえているから、自分達とマクレー達を拘束出来ているが、それが無かったら、あっという間に形勢を逆転されている所だ。

 殴られた所がずきずき痛む。

 顔をしかめていると、メアリーと目が合った。

 可愛らしい子供だが、半年間こんな場所で、おそらく一人で生活していたせいか、髪の毛はぼさぼさになって、服も薄汚れている。

「大丈夫?」

 メアリーは、小さな声で聞いた。

 こんな状況で、他人の心配をするなんて、優しい子だなぁと思った。

 U08に生存者が居ると聞いた時から、自分の境遇と重ねるのはやめようと決めているのに、どうしても思う様に行かない。

 自分は、もうちょっと薄情なロクでなしだと自覚していたつもりだったのに。

「平気平気。頑丈だからね、俺は」

 笑って見せた所を、もう一回殴られたが、今度は気を失う程ではなかった。

 背後から、こそっと首筋をつままれて、バレない程度に微妙な回復魔法がかけられた。

 ジョン太なのは分かるが、一緒に拘束されていたはずだと首を捻って振り向くと、足の指で首筋をつまんでいる。

 足の裏からも魔法出せるのかよ…。

 器用なおっさんだ。

 大体、欧米人は足で物を掴むのは苦手なタイプが多いはずだが…。

 まぁ、ばあちゃんが日本人だって言ってたから、クォーターなんだけど。

 気を失っている間に、何があったのか知らないが、いつの間にか持って来た半ズボンを着用している。

 さすがに、気の毒に思った謎の集団が着せてくれたのだろうと思ったが、実は真相は違っていた。

 拘束した側の集団に居る唯一の女性と、マクレーの部下の女性が、敵同士なのにそこだけは意見を一致させて、ええかげんその小汚い物を仕舞えと言い張ったのだ。

「ちっ、セクハラやりたい放題だったのに…」

 ジョン太はぼやいた。

「何やったの」

 フリッツとマクレーが、そっぽを向いた。

 言いたくないらしい。

 姿が見えなくなっていた敵方の二人が、ドアから泳ぐ様に入って来た。

「すみません、見つける事も出来ませんでした」

 トリコの事だというのは、分かった。

「まずいな…あの女もランクSの魔法使いだという話だ。おまけに、このガキと違って、熟練度も高い」

 相変わらずガキ扱いかい…と、鯖丸はため息をついた。

 敵方にも東洋人が居るんだから、訂正くらいしてくれてもいいのに。

 なにはともあれ、トリコがいい感じに逃げつつ、こいつらに損害を与えているのは、いい傾向だ。

 逃がしておいて正解だった。

 暫くして、行動不能になった仲間を抱えて、もう一人が戻って来た。

「やられました。信じられねぇあの女、姿が全然見えない」

 抱えられている一人が、頭の中を探られたのは、一目見て分かった。

 いくら、思考言語が理解出来なくても、大まかな状況は把握しただろう。

 もしかしたら、ここに拘束されている皆より、かなり正確に。

 姿が見えないと云うのが、どういう状況か分からなかったが、トリコが魔力を解放した状態で出て来るタトゥの様な物は、魔獣とコウモリ以外にも、まだ幾つかある。

 仲間も知らない隠し技を持っている可能性は、充分あった。

 おまけに、政府公認魔導士だった頃の主な仕事は、単独の潜入捜査官だ。

 相方二人が強すぎるので忘れがちだが、トリコは単独でも相当強い。

「やるなぁ、あいつ…」

 フリッツは、つぶやいた。

 外界で、慣れない低重力環境でじたばたしていた姿からは、想像が付かなかったのだろう。

「コーウェンが、孫を救出する為に呼んだ、スペシャリストだからな」

 マクレーは言った。

「おかげで、自分の首を絞める事になっている。好都合だ」

「その話は、ここでするな」

 鯖丸は、マクレーを怖い目で睨んだ。

 メアリーが聞いている。

 マクレーは、黙った。

 メアリーは、頭のいい子供だと聞いていた。

 短い会話で、現状を把握しかねない。

 一見バカそうだが、短時間の会話で状況を把握したこいつにも、興味が沸いた。

 魔力も高いし、魔法に頼らない戦闘力も高いという話だ。

 ウィンチェスター中尉が大事にしている人材だと言うから、総合的な能力も相当高いだろう。

「君ねぇ、就職先が決まってないなら、うちに来ない?」

「やだ」

 鯖丸は、即断した。

「普通の会社員に、俺はなる」

 海賊王になる様な言い方だ。努力しないとなれないんだったら、普通じゃなくても良さそうなもんだが。

「スカウトするな」

 ジョン太が、一応横から止めた。

「お前の手には負えん」

「やかましい、お前ら」

 後から戻って来た男に、本気で怒られた。

 メアリーが捕まっているから、皆大人しくしているが、捕虜の自覚が全然無い。

 とうとうマクレーまでボコられた。

 昔ジョン太の部下だっただけあって、こういう事には慣れているのか、微妙に顔をしかめただけだ。

 人の事を手に負えないとか言っているが、割とお互い様だ。

「放っておけ」

 メアリーを確保しているリーダーが言った。

「ホッパーとオッドマンを呼べ。ローグと交代させる」

 とりあえず、トリコに記憶を探られて、一時的に腑抜けになった男が、ローグだという事は分かった。

 どう考えても、全員魔界名だ。

 交代要員は、おそらく、外壁に居るシャトルに残っているのだろう。

 鯖丸が見た機体が、彼らの物なのか、マクレー達の乗って来た物なのかは、この場で確認するのはむずかしい。

 そんな会話をしていたら、今度は頭蓋骨をかち割られかねない。

 一応、相手の頭数は分かった。

 マクレーの方でも、乗って来た機体に最低一人は残しているとすれば、頭数としては互角だが、魔界での熟練度は、どう見ても敵側の方が高い。

 フリッツの言葉を全面的に信じるなら、軍に魔法の専門家は居ない事になる。

 元々、魔界関係は、軍で対応する仕事ではない。

 相手は、雇われた魔界に慣れた人間か、最悪魔法使いだ。

 この手の仕事を引き受ける、魔界専門で熟練度の高い集団が居るのは、職業柄知っていた。

 無重力空間で、何不自由なく行動している所を見ると、相当な訓練を積んだか、元々こんな場所に慣れている魔法使いが存在するのだろう。

 ジョン太は、マクレーの部下達を、ちらりと見た。

 軍人としては高レベルだし、潜在魔力も平均以上だが、外界でならともかく、この場所で使えそうなのは、フリッツとマクレー本人くらいだ。

 後の二人は、魔法使いとしては、屈折もトラウマも少なくて、人として普通で、優等生過ぎる。

 普通に、集団社会で暮らして行くには、その方がいいんだけどなぁ…と、少し思った。

 魔法を使える様になってから、自分も不自由で少数派な方に含まれると分かったのは、少しショックだった。

 少なくとも外見以外は普通だと、思い込んでいたからだ。

 マクレーとは、付き合いも長いし、お互い酷い状態になってからも、長時間同じ作戦に従事していた。

 気心が知れているとか、そんなレベルではない。

 もしかしたら、リンクを張る程ではないが、それに近い同調は出来るかも知れない。

「お前ら、魔界名とか決めて来てるか」

 今度は殴られない様に、ほとんど聞こえない様な小声で、ジョン太は尋ねた。

「まさか、押収された装備に、本名なんて書いてないだろうな」

「それは大丈夫です。所属も全て削り取って来ました」

 軍人なのに、全員階級章も付けていない。

 通常の作戦行動でないのは、明らかだ。

「そうか…事情は後で…いや、聞かない方がいいか」

 ジョン太は、周囲の気配を探った。

「トリコは、メアリーの救出最優先で来るはずだ。彼女の安全が確保されたら、反撃に出るぞ」

「民間人の女性一人で、そんな事が…」

 マクレーは、疑わしげに言った。

「あいつなら、それくらいやるだろ」

 ジョン太は、事も無げに言い切った。


 天井を覆った植物の蔓が、ざわりと動いた。

 天井と言っても、実際には無重力空間で上下の区別は無かったが、本来は低いながらも重力が働いていた場所だ。

 人間は、視覚的に上下左右の区別があれば、本能的にそれに従ってしまう。

 床や壁より、天井の方が安心だった。

 這い出して来たのは、周囲と同じ植物の束だった。

 それが、無機質な壁の上に移動すると、人の形を取った。

 徐々に、蔓の固まりは、人間の姿に戻った。

 トリコは、周囲を一別すると、枝の間に押し込んでいた服とポーチを取り出した。

 裸にならないと使えないので、擬態はあまり使いたくなかったのだが、それなりの成果はあった。

 状況は飲み込めた。

 後はどうやって、メアリーを救出するかだ。

 見取り図をポーチから取り出して、現在地を確認した。

 もう何度もそうしているので、端の方がよれてしまっている。

 じっくり確認してから、薄いアンダースーツと一緒に、ポーチにねじ込み、足に括り付けた。

「ここで合ってるはずだけど」

 壁の上を、ヤモリの様に移動して、通気口に取り付いた。

 見る間に、体の表面が壁の色と同化して行く。

 蔓の中に潜んでいる時よりも、フラットな壁では見つかりやすいが、それでもぱっと見には分からない。

 まるで吸盤がある様に、壁を移動して、通気口の入り口に手をかけた。

 格子の入った樹脂製のカバーが、通気口を覆っている。

 地球でも良くある、換気扇のカバーと同じで、端の方の出っ張りを押すと、簡単に開いた。

 通気口は狭かったが、メンテナンス用の通路を兼ねているので、大人一人なら、どうにか通れる広さだ。

 無重力なので、匍匐前進もしなくて済むし…。

 両脇の壁に手をついて、移動を始めた。

 空気の流れは、前方から来ている。

 当分、匂いで存在を感知される心配はないだろう。

 ジョン太とフリッツにも、気が付いてもらえない可能性は大きいが…。

 その辺は、現場に着いてからどうにでも出来るだろう。

 照明の無い通気口の中を、トリコは音を立てずに移動して行った。


 暫く大人しく捕まっている間に、多少の現状は理解出来て来た。

 相手は、行動不能になったローグを入れて八人。

 メアリーを確保している男の名前は不明だが、皆はボスと呼んでいる。

 人質として有効なので、メアリーを確保しているが、そもそも彼女を確保するのは目的ではなく、救出するつもりは全くない。

 それどころか、U08の存在その物を抹消するのが、どうやら彼らの仕事なのではないかと思わせる節もあった。

 U08の研究結果については、複雑な利権が絡んでいる。

 事故が偶然起こったのかすら、疑わしくなって来た。

 事故の調査をしているらしいマクレーと、おそらくU08を抹消側する側に付いているらしいコーウェンが手を組んでいるのも、おかしな話だ。

 孫が生きていると分かって、助けたくなったのだろうか。

 それで、自分達が地球から呼ばれて、こんなややこしい事態になっているとしたら、笑えない話だ。

「ああ、もう暴れたい」

 鯖丸はぶつぶつ言った。

 あれだけ殴られて、懲りていないらしい。

「ねぇ、依頼主と敵対しても、お金はもらえるんだよね」

 要らん心配まで始めてしまった。

「若いのに、そんな金勘定ばかりするな。もっと大きな視野をだな…」

 マクレーは、説教を始めた。

「遊びじゃねぇんだよ、こっちは」

 鯖丸は、冷たく言った。

 マクレーもボスも、遊びじゃないと思うが、この中で一番金に困っているのは、確実にこいつだ。

「依頼費はちゃんとぶん取ってやるから、安心しろ」

 ジョン太は、言った。

「お前ら、状況分かってるのか」

 まだ、名前が分からない男が、銃をこちらに向けた。

「もう一回シメときますか、ボス」

「バカにかまうな」

 油断無く身構えたまま、ちらりと時計を見た。

「お前もそろそろ行け」

 何か、やる事があるらしい。

 あの黒人の男と、ひげ面の男二人を残して、皆は指示された方向に散って行った。


 一度出て行った連中が戻るには、しばらくかかった。

 戻って来たのは四人で、見た事のない顔が二人居た。

 たぶんこの二人が、ホッパーとオッドマンだ。

「完了しました」

 彼らの中で、唯一の女が言った。

 体格が良くて、怖そうな姉ちゃんだ。

「よし、時計は過信するな」

 魔界では、時計も正確ではない。時間はあくまで目安だ。

 皆は、ボスを見て、神妙な顔でうなずいた。

「ローグはどうした」

 ボスはたずねた。

「ほぼ回復したので、シャトルを任せて来ました」

 トリコに頭を探られて、こんな短時間で回復するというのは、余程の回復系の使い手が居るか、ローグ本人の魔力が低い証拠だ。

 そろそろ本気で脱出しないと、何となくヤバそうだな…と、ジョン太は周囲を見回した。

 安っぽい刑事ドラマみたいに、一か八かの賭に出るのはごめんだ。

 マクレーも自分も、昔はそういう芸風だったが、いい年してそんなアホみたいな真似は出来ない。人質も居る事だし…。

 フリッツは、大人しく繋がれたまま、冷静に状況を観察していた。

 マクレーの部下二人は、命令があればいつでも動ける様に、油断無く身構えている。

 鯖丸は、ぼーっとした顔で、ボスの方を見ていた。

 どうせ、腹減ったとか、ろくな事は考えてないんだろうな…と思いながら、視線の先を追った。

 それから、空気の匂いをかいで、フリッツの横腹を、軽く膝でつついた。

 マクレーが、それに気が付いて、二人の部下に目配せした。

 鯖丸がこちらに目線を寄越した。よし、行け。

「おしっこ」

 最強に頭悪そうな発言が出た。

 重力がないのに、ちょっとコケそうだ。

「もう限界。もれる」

 敵方の皆が、一斉にこちらを見た。

「そこでしろ」

 ボスは冷たく言った。

 部下の中で、黒人の男だけが「えっ?」という顔をした。

 よし、宇宙に慣れてるのは、こいつだけだ。皆、相当な訓練を積んではいるが。

「いいのかよ」

 鯖丸は、悪い顔で笑った。

「ここでしたら、どういう事になるか、分かってんの?」

 本気だったらどうしよう…と、ジョン太は思った。

 鯖丸ならやりかねない。

「こうなったら全員巻き添えだ。必殺、飛び散れ俺の尿」

 メアリーが、じたばた暴れながら。ボスの後ろに隠れようとした。

「ボス、本気で嫌なんで、隣の部屋に連れて行きますけど…」

 黒人の男が言った。

 無重力空間で、水分をまき散らすとどうなるか、やっとボスも思い当たったらしい。

「よし、連れて行け」

「ええー、俺、お姉さんの方がいいなー」

 鯖丸は、勝手に指名した。

「調子に乗るな」

 もう一度殴られてから、手すりに繋いだ紐を外された。

 後ろ手に手足を括られたまま、鯖丸は犬の散歩の様に紐で引っ張られて、隣の部屋に連行された。


 鯖丸が一悶着起こしている間に、通気口の蓋が開いていた。

 音もなく…まぁ、普通の人間には聞こえない程度に音もなく、何かが通気口から這い出した。

 肉眼では確認出来ないが、ジョン太とフリッツには、匂いでトリコだと分かった。

 敵方には、そこまで原型に近いハイブリットは居ない。

 せいぜい、体格のいい怖そうな女が、普通の人間よりは五感が鋭いかな…と、思う程度だ。

 鯖丸が最初に気付いたのは、リンクを張っているからだ。

 通気口から出たトリコは、ゆっくり移動していた。

 あと数分あれば、ボスの背後に回り込める。

 隣の部屋では、鯖丸が精一杯時間を稼いでいるらしかった。

「嫌ー待って、チャック閉めないで。うんこもする予定」

「それは飛び散らないから、心置きなく服の中に出しとけ」

 隣の部屋とを仕切る引き戸が、手動で開いた。

 植物は、隣の部屋まで入り込んでいる。

 ドアがきっちり閉まらないのに気が付いた男は、ポケットからナイフを出して、はびこった植物を切り始めた。

「適当にしとけ」

 ボスは言った。

「いずれ飛んで来ますけど…」

 その場の全員が、嫌な顔をした。

 誰も、黒人の男を止めないで、手元を見守っている。

 ドアがきちっと閉まった時には、敵味方関係なく、皆がほっとした。

「全く…」

 ボスは、ため息をついた。

 そうして顔を上げた時、何者かの気配が、背後を過ぎった。

 振り返ったが、誰も居なかった。

 ただ、手元の慣れた感触が無い。

 手に持っていた、メアリーを括っていたロープが、途中から切られていた。

「捜せ!!」

 ボスは叫んだ。

 人質が居なくなったら、宇宙に慣れたプロの軍人と、高レベルの魔法使い相手では、逃げ切る事も難しいだろう。

「よし、反撃」

 ジョン太が指示を出して、皆を拘束したテープを、同時に焼き切ろうとした時…

「きゃあ」という、短い悲鳴が聞こえた。

 壁を這い回る植物の中から、メアリーの手足が見えた。

 拘束されたまま、じたばた暴れながら、壁を蹴ってボスの方へ戻ろうとしている。

 植物の固まりに見えた物が、人の形に腕を突き出して、メアリーを捕まえようとした。

「やべぇ」

 ジョン太が、魔力を小分けにして、全員の拘束テープを焼いた。

 力を込めると、テープは簡単にちぎれた。

 鯖丸が、自分を捕らえていた黒人の男の顔面に蹴りを入れながら体を反転させ、腕を伸ばして押収されていた刀を呼んだ。

 長い間魔力を通されていた刀は、鞘を飛び出し、手の中に収まった。

 解放されたマクレーの部下二人が、まだ魔力を溜めているホッパーとオッドマンの確保にかかった。

 マクレーは、ちょっと驚く様な身のこなしで、ヒゲ面の男と東洋人の男二人の手首を掴んで、体を捻り、壁を蹴って付けた加速で、二人を反対側の壁にたたき付けた。

 皆の拘束を解き終わったジョン太が、床を蹴って、怖そうな姉ちゃんを捕らえて部屋の隅にぶん投げながら、押収されていた銃に魔力を通して遠隔操作した。

 ボスが、銃を抜いていた。

 メアリーを脅す為に使っていた刃物とは全く違う実用品の銃弾に、魔力を通して発砲して来た。

「うわ、トリコ!!」

 鯖丸が、植物に擬態したトリコとボスの間に、刀を振るって衝撃波を送り込んだ。

 銃弾がはじかれ、反動で反対方向に吹っ飛んだ鯖丸は、壁に着地した。

 一発防げなかった。やばい。

 飛び出したフリッツが、二人の間に入っていた。

 原型の戦闘用ハイブリットの能力を、始めて見た。

 ジョン太よりも速い上に、動作が正確だ。

 トリコと、空中に放り出されたメアリーを捕まえ、二人を庇う様に体を縮めた。

 銃弾が、フリッツをかすめた。

 いや、絶対当たってる、あれ。

 フリッツは、何事もなかったかの様に、二人を抱えて壁に着地した。

 ボスが、至近距離に移動して来ていた。

 メアリーの腕を掴み、逃げようとしている。

 メアリーを取り戻されたら、お終いだ。

 トリコは、ちらりとフリッツを見た。

 打ち合わせはしている。

「ジョン太、魔力最低レベル」

 ジョン太は、最初「えっ」という顔をしたが、一瞬で魔力のレベルをゼロに近い単位まで落とした。

 それを確認したトリコは、叫んだ。

「よし、やれ!!」

 フリッツはうなずいた。

 電気回路がショートする様な、ばちっという音が聞こえた。

 その場に居る全員が、意識を失った。


 気が付いた時に、何十分後とか、何時間後とか、そういう事は分からなかった。

 ボスをはじめとする、敵方の皆が拘束されていて、自分達は自由だった。

 立場が逆転している。

「お前なぁ…」

 意識を取り戻したフリッツに、ジョン太が腕組みして、ぼやいていた。

「あれは無いだろ」

「いや…悪い」

 フリッツが言った。

「お前の特殊能力って、無差別攻撃かよ」

「依頼状に書いてただろう」

「敵味方関係なく、十メートル範囲内で無差別に麻痺攻撃って、書いてあったけどな」

 ジョン太は、肩をすくめた。

「自分も攻撃範囲内なら、そう書いておけよ」

「無差別って、そういう事だろう」

 フリッツは、事も無げに言った。

 魔力レベルを最低まで下げたジョン太より、魔力の低い人間は、たぶん存在しない。

 一番に意識を取り戻して、敵を全員拘束していた。

 魔力の低い順に、皆が意識を取り戻している。

 最後に目を覚ましたのは、鯖丸だった。

 そうじゃないかとは思っていたが…。

 ランクSの中でも、どちらかと云うと魔力は高い方だと思っていたが、同レベルだと思っていたトリコが、先に意識を取り戻している。

 仕事上、魔力が高いのはセールスポイントだが、ここまで来ると人間失格っぽい。

 鯖丸は、ちょっとがっかりした。

 皆は平気そうなのに、頭痛もするし…。

「どれくらい時間経ったの」

 鯖丸はたずねた。

「約二時間」

 ジョン太は答えた。

 魔力では格下のフリッツが使った魔法で、そんなに長時間眠らされていたのも、意外だった。

 当のフリッツは、やっと起きたかという視線をちらりとくれてから、メアリーの方に体を捻った。

「お前の軽率な行動で、人が死ぬ所だった」

 子供相手に、鬼軍曹みたいな事を言っている。

「皆に謝罪しろ」

 メアリーは、怯えた目で後ずさり、拘束されているボスにしがみついた。

「まぁまぁ、子供のした事だし」

 マクレーは、押収した武器や備品を調べながら、軍人らしくないなぁなぁな口調で言った。

「善悪の判断はつく年齢です」

 杓子定規な事を言っているフリッツに、ふわりと近付いたトリコが、びしっと平手で頬を叩いた。

 叩かれたフリッツは、ぽかんとした顔で頬を押さえ、トリコは反動で部屋の隅まで飛んで行った。

「これ以上怖がらせるな。この子がどんな目に遭って来たのか、分からない程バカなのか」

 二人とも、翻訳機を着けていないので、お互い何を言っているか、全然分からない。

 それでも、雰囲気的に責められているのは分かるらしく、フリッツはしゅんとしてしまった。

「そう怒らんでくれ、お嬢さん。こいつは、人付き合いが無器用なだけで、悪い奴ではないんだ」

 マクレーが、フォローを入れたが、言葉が分からないトリコには、いい年してお嬢さん扱いなのも、全然効果無しだ。

 というか、外界では子供に見えるので、どっちかというとおばはん扱いされた方が喜ぶのだが…。

 当のメアリーは、ボスに身を寄せたまま、不安げに皆を観察している。

 ボスの方でも、人質を取り戻せば形勢を逆転出来る事もあるだろうが、メアリーの事はそれなりに心配らしかった。

「ストックホルム症候群?」

 鯖丸は、ジョン太に聞いた。

 誘拐犯と人質が親密になってしまう事例は、時々ある。

「そうだろうな。半年も一人で居たら、こいつらだって愉快なお友達に見えるだろうし」

 この子が、精神的に立ち直って、普通に暮らせる様になるには、一体どれくらいの年月がかかるんだろう。

 暗い気持ちになって来た。

 マクレーの部下二人が、シャトルに居たというローグを、拘束して連行して来た。

 トリコは、あっ…という顔をして、ローグを見た。

「そいつだ。何か、ロケットエンジンみたいのを使って、大きい物を動かすイメージと、あと、暗い所に突き落とすって…」

 トリコが頭を探ったのは、ローグだ。

 思考言語が理解出来ないので、イメージだけを読み取ったらしいが…。

「それはもしかして」

 嫌なイメージだった。

「U08を、魔界の穴に放り込んで抹消するみたいな…?」

 鯖丸が尋ねると、トリコはうなずいた。


 割と、まずい事になった。

 コロニーには、軌道修正の為に移動手段を確保する事が義務づけられているが、こういうマイナーコロニーの場合、大型宇宙船を改造して使う場合も多く、U08もそれに当たる。

 月の重力圏すら離脱出来ない様な、非力な動力だが、無重力空間で軌道修正や回避行動を取るには、充分過ぎる機動性だ。

「穴に落ちるとして、どれくらい時間に猶予があるんだ」

 ジョン太は、マクレーと相談を始めた。

「こいつらは置いて行くとして、二三時間の猶予はあるかな」

 二人の会話を聞いても、ボス達が動揺していない。

 時間の余裕はもっとあるらしかった。

 皆が相談している間、ずっとトリコの通訳になっていた鯖丸は、話が一段落すると言った。

「じゃあ、そろそろ服着た方がいいよ。翻訳機も持って来てる?」

「通気口に置いて来た」

 トリコは言った。

「ええっ、それ裸?」

 首から下は、蔓が巻いた擬態のままのトリコを、ジョン太は驚いて指差した。

「そうだよ」

 擬態は、裸にならないと使えない。

「お前、折角だから元に戻って、軍曹にサービス映像見せてやれよ」

「それ、全員にサービスじゃないか」

 トリコは反論した。

 軍曹にサービスはいいのか?

「服、取って来る」

 鯖丸は、壁を蹴って通気口に向かった。

「お前はいいのかよ」

 ジョン太は一応聞いた。

「別に、今更…」

 冷めた事を言って、服を取りに行ってしまった。


 戻ってみると、トリコがどんな大サービスをしたのか、フリッツは鼻血を吹いて卒倒していて、敵味方関係なく、野郎全員が前屈みになっていた。

 ジョン太だけは、仕事で一緒に行動する事が多いので見慣れているのか、普通にエロいおっさんの視線で見ているだけだ。

「うう…想定外おっぱい…」

 括られたままで、ホッパーがつぶやいた。

「ああ、そんな乳放り出して。早く着なよ」

 鯖丸は、取って来たアンダースーツを差し出した。

「若者よ、君は間違っている!!」

「あれを見て、何も感じないのか」

 敵味方関係なく、非難の声が浴びせられた。

「だって、俺の脳内では、トリコって大体いつもあんなだし…」

「鯖丸、その件は後でゆっくり話し合おうか…」

 トリコは、嫌な目つきで鯖丸を睨んだが、手すりに足を引っかけて姿勢を安定させている鯖丸の肩に掴まって、アンダースーツを着始めた。

 魔界に居る時は、リンクを張っているので、接触するとお互いの考えている事が多少は分かる。

 ああ、そうなんだ…と、鯖丸はトリコを見た。

 トリコも、何となく分かったという顔をした。

「済まんな…こういう事は…」

「うん…俺も一緒だし」

 アンダースーツを着終わったトリコは、外装プラグに翻訳機を繋いだ。

 翻訳精度の下がる、外部スピカーモードに切り替えて、言った。

「落ちる前に、撤収だ」

 ジョン太が、いいかげんな翻訳機の通訳を補足した。

「墜落までは、多少の猶予がある。必要なデータとサンプルを収集して、撤収」


 鯖丸は、データ回収の為に、管制室の端末からU08のサーバマシンと接続していた。

 パーソナルではないコンピューターで、膨大なデータが蓄積されている。

 有線接続で止まっていた電子機器を動作させながら、持って来た記録媒体に、実験プラントのデータを、凄い勢いで流し込んでいる。

 一切の動作を止めて、ほとんどまばたきもせずに目を見開いているのに、どこも見ていない。

 けっこう不気味だ。

 時折、思い出した様にこちら側へ戻って来て、何かぶつぶつつぶやいている。

 パスワードが必要な機密情報に行き当たった時に、口頭で入力しているらしい。

 研究者がそれぞれ設定したパスワードや、回収が必要なデータの範囲は、暗記している様子だった。

 バカなんだか、賢いんだか…。

 護衛で付いて来たフリッツは、油断無く周囲を見張りながら思った。

 マクレーが、脱出までの指揮系統を、あっさりジョン太に渡してしまったので、ジョン太の命令で、フリッツは鯖丸と組んでデータ回収に当たっていた。

 確かに、一人で護衛が務まるのはフリッツとジョン太とトリコの三人で、フル装備のプラグを付けていて、いざとなったら鯖丸とポジションをチェンジ出来るのはフリッツだけだ。

 マクレーが指揮を執っても、同じ結論だったろうが、釈然とはしない。

 それでも、バイトの学生だから、フォローしてやらないといけないだろうと思っていたデータ回収を、思っていた以上のスピードでこなしているのを見て、少し安心した。

 理工学部の学生だと云う事だし、任されるからには、それなりのスキルはあるらしい。

 ふいに、鯖丸が、接続を確保したまま現実に戻って来た。

 記録媒体のディスクを差し替えて、もう一度ログインし直そうとしている。

「そんなに容量あるのか」

 心配になって聞いた。

「プラント関係は終わった」

 鯖丸は、空中を睨んだまま言った。

「事故のデータ、抜いて行こうと思って」

 時間に余裕があるので、依頼されていないデータまで持ち帰るつもりらしい。

「コーウェンが金払えなくなったら、事故の原因を究明して、もっと上層部から依頼費もらわないといけないからね」

「お前、まだ学生だろう。そんながつがつしなくても…」

「学生だからだよ。学費も生活費も必要なのに、働ける時間はあんまり無いんだ」

「苦学生なのか?」

「ジャンルとしてはそれかもね。集中するから、ちょっと黙ってて」

 そのまま、電脳世界に入り込んでしまった。

 その後更に、もう一度ディスクを差し替えた。

 いくら何でも、そこまでの容量は必要ないはずだ。

 明らかに、同じ媒体で持ち帰ると不都合なデータを回収している。

 ていうか、こいつ明らかにハッキングしてるじゃないか…。

「何してるんだ、コラ」

 魔界で、下手にプラグを抜くと、接続事故が起こると聞いていたので、本人の肩を掴んで揺すった。

「えー、バレた?」

 全然悪びれていない。

「何してたんだ」

「秘密」

 最後に使ったディスクは、アンダースーツの胸ポケットに入れてしまった。

「いいじゃん。この件とは関係ないし」

「関係ないデータ抜くなぁ」

 鯖丸と接していると、大抵はツッコミになってしまうのだ。

「ジョン太に言うぞ」

「いいよ、黙認するのが条件で、この仕事やってるんだから」

 当たり前の様に、言い切った。

「フリッツも、共犯扱いの設定になってるからね」

 反論しようとしたが、目が本気だ。

「目的は何だ。まさかお前が、少佐殿と敵対関係にあるとは思えないが」

 一応聞いた。

「このデータを持ち帰ると」

 鯖丸は、真面目な顔で言った。

「卒論の締め切りが、劇的に延びる」

「お前、やっぱりいっぺん泣かす」

 フリッツは、鯖丸に腕ひしぎ十字固めをかけた。

「やめてー、右手はやめてー、左手は添えるだけー」

 訳分からない事を言いながら、体の柔らかさに任せて、脱出してしまった。

 1Gなら、絶対逃げられないのだが。

 逃げ切った鯖丸は、ちょっと体をほぐしてから、挑発する様なポーズを取った。

「何ならここでガチでやる? 俺が勝つけど」

 何なんだ、この自信は。

「止めた方がいいよ。フリッツ、さっき怪我してるだろ」

 普通の人間なのに、あれが見えてたのか。

「戻ろう。トリコに治してもらえよ。俺は回復系苦手だし」

 

 管制室の、本来は自動ドアだった引き戸を手で開けた瞬間、何かが襲いかかって来た。

 鯖丸がやばいと思った時には、フリッツが両手に持ったナイフで、相手を切り刻んでいた。

 虫だ。

 1Gでは絶対存在出来ない巨大な昆虫が、体液を飛び散らせて宙を漂っている。

 受粉の為に持ち込まれた蜂の様だった。

 この大きさの蜂に刺されたら、痛いでは済まない気がする。

 反射的に切り刻んでしまってから、フリッツはまずいな…という顔をした。

「近くに巣が無ければいいが…」

 蜂を殺すと、次々襲って来る事があるという知識は、もちろん鯖丸には無かった。

 せいぜい、蜂は刺すというのを知っているくらいだ。

 羽音が聞こえた。

 通路の向こうから、数匹の集団がこちらへ向かって来る。

「うわー、血ぃ吸われるー」

 鯖丸は悲鳴を上げた。

 ああ、やっぱりバカなんだ、こいつ。蜂が血なんか吸うか。

「じっとしてろ。刺激しなければ刺されない」

 フリッツは言ったが、刺す気満々で毒針を出して滞空している姿を見て、意見を変えた。

 魔導変化は、生物の習性まで変えてしまう。

「逃げるぞ」

 鯖丸の腕を掴んで、移動した。

 速い。

 壁面を蹴ってじぐざぐに移動しながら、背後を振り返った。

 鯖丸が、引っ張られながら、通路に圧縮した空気で壁を作って、蜂の集団を足止めしていた。

 意外にやるなぁ…と思いながら前方に視線を戻すと、植物の群れが、蛇の様にうねりながら襲いかかって来るのが見えた。

 今までの調査隊は、こんな目に遭っていたのかと思った。

 自分達が、これまで襲われなかった理由も、今になって突然襲われ始めた理由も、分からない。

「フリッツ、手を離せ」

 鯖丸が、刀を抜いていた。

 一瞬ためらってから、言われた通りに手を離した。

 振り下ろした刀から撃ち出された衝撃波が、前方から襲って来る植物を粉々に粉砕した。

 反動で後ろに飛ばされた鯖丸は、自分が作り出した空気の壁に着地し、気流を操作して戻って来た。

 空気操作系と云うのも、けっこう便利な能力だ。

 それにこいつ、思っていたより強い。

「皆の所に早く戻ろう」

 鯖丸は言った。

「まずい事になってるかも知れない」


 皆が居るはずの部屋に、人影はなかった。

 捕らえられていたはずのボス達も、姿が見えない。

 ここへ戻る為に、襲いかかる植物と昆虫を、撃破して来ていた。

 皆は、避難したと考えるのが妥当だ。

「ジョン太なら、絶対何か伝言を残してるはずだ」

 入り口の扉を閉鎖して、植物の進入を食い止め、部屋の中に残った蔓を排除した鯖丸は、絶対あると確信した様子で、探し始めた。

 いくら上司で、あんまり考えたくないがリンクも張っているとはいえ、そこまで信頼し切っているのは、何だか不思議だ。

「お前とジョン太って、恋人同士なのか」

 聞いたら鯖丸は、アホを見る目でこっちを見た。

「そんな訳ないじゃん。ジョン太はノーマルで奥さんも子供も居るし、俺だって、やるだけなら男でもいけるけど、付き合うなら女じゃないとダメだよ」

「そうなんだ」

 魔法使いは、よく分からない。

「フリッツは、トリコの事好きなんだろ」

 話の続きの様に、同じ口調で聞かれたので、フリッツは無意識にうなずいてしまっていた。

 それから、はっと我に返った。

「いや…それは、仕事仲間として、腕の立つ好ましい存在としてだな…」

「軍曹かっこ悪い」

 変な目付きで見られた。

「好きならそれで、別にいいじゃん」

「良くはない。大事な事だからな」

 フリッツは言い返した。

「お前は…いや、魔法使いは、軽過ぎる」

「トリコは、もっと軽いよ」

 ジョン太が残して行った伝言を捜しながら、鯖丸は言った。

「頼んだらすぐやらせてくれるよ」

「そんな事を望んでいる訳じゃない」

 鯖丸は、何綺麗事言ってるんだ…という顔で、フリッツを見た。

「だって俺は…」

 言いかけてから、フリッツは言葉を止めた。

「いや…そんな話をしている場合じゃないな」

 言い訳っぽいが、正論だ。

 押収されたまま、その辺の壁に固定されていた重装宇宙服に、アナログの極みのメモ用紙が、マーキング用のテープで貼り付けられていた。

 『プラントが攻撃して来た。メアリーを外へ出したくないらしい。ボス達を解放し、協力して脱出する。使用シャトルは、乗って来た物と、外壁で確認した軍用機。六時間以内に起点で合流。出来るなら、コロニーの落下速度を落としてくれ。但し、無理はするな。J』

「管制室に戻ろう」

 鯖丸は言った。

「バカかお前、こんな無茶な指令」

「ジョン太は、俺に出来る事以外は言わないよ」

 鯖丸は、重装服に足を突っ込んで、外部装甲を着装するモードに入れながら、移動した。

 ストラップを調節し、刀を腰の所に固定した。

 刀を抜いて、マニピュレーターで操作しながら、入り口の引き戸を開けて、襲いかかって来る植物と昆虫を粉砕した。

 そのまま、重装服を着装しながら移動した。

 宇宙軍の軍人でも、地球出身だと、ここまでの熟練した…というか、マニュアルにない無茶な動作は不可能だ。

 同僚や部下にも、こういうタイプは何人か居る。

 例外なく、コロニーか月の出身だ。

 重装服を道具だと割り切って、いざとなったら限界まで性能をぶん回す潔さは、真似が出来ない。

「言っておくが、魔法でフォローは出来ないぞ。俺の魔法は雷撃系だから、電気系統を壊す恐れがある」

「いくらバイトでも、依頼書くらい読んでるよ」

 以前は、全く読んでなかったくせに、言い切った。

「それよりフリッツ、こっち来て」

 言われるままに近寄ると、重装服のマニピュレーターで、腕を掴まれた。

「怪我、治しとこう。俺、下手くそだから、ちょっと痛いけど我慢して」

 マニピュレーター越しなのに、思い切り魔力が通って来た。

 不覚にも悲鳴を上げたが、手を離された時には、撃たれた時の傷は、完治していた。

 根本治癒の魔法だというのは、受けるのも見るのも初めてだが分かった。

 脇腹に違和感は残っているが、怪我自体は完全に治っている。

 フリッツは諦めて、重装服を装備しながら鯖丸の後を追った。


 プラントが、次々と襲いかかって来ていた。

 防ぐだけで精一杯だ。

 皆でじりじりと移動しながら、ジョン太は周囲に指示を出して行った。

「リッキーとドリー、前方へ攻撃。ホッパーとオッドマンがサポート。レビンとバニーが、後方サポート。ジャッキーは索敵。ボスはメアリーを守れ。守れなかったら、無事に帰れないと思えよ」

 ボスはうなずいた。

 こんな状況では、敵も味方もない。

 メアリーを連れてコロニーを出る話を始めて、五分もしない内に、プラントが襲って来た。

 ボス達の話では、今までプラントに襲われた事は無いという。

 ボス達は、メアリーを救出するつもりは無かった。

 自分達も、メアリーを連れ帰る事に関しては、少なくとも彼女が理解出来る言語では、話していない。

 マクレー達も、目的はボス達の確保だから、似た様な物だろう。

 帰りたくないのか、この子は…。

 頑なな顔をして、ボスに抱えられている子供を、ちらりと見た。

 地球に居る二人の子供の顔が過ぎった。

 長男は、最近反抗期なのか、あまり構うとうっとうしそうな顔をするし、下の女の子は、近頃物心がついたせいか、家の中を裸で歩き回っていると文句を言われるが、全体としてはまぁ、良好な親子関係だ。

 あの子は、そういう物が、一瞬で、自分には何の落ち度もないのに、唐突に奪われたのだ。

 鯖丸が、コーウェンの胸座を掴んで抗議していた理由が、何となく分かった。

 それから、ここまでひどい心的外傷を負った人間が、どれくらい魔力が高くなるか…。

 あまり考えたくないが、ランクSの可能性がある。

 魔力の高さは、生まれつきの体質と、後天的な心理特性の両方が作用する。

 精神的にひどいダメージを受けたり、薬物中毒等の外的刺激があると、確実に魔力ランクが上がる。

 プラント全体が、敵かも知れない。

「トリコ、退路を確保しろ」

 日本語に切り替えて言った。

「もう…めんどくさい事ばっかり」

 トリコは文句を言ったが、確実に後方の守りを固めた。

 魔獣を呼び出して、狭い通路を追撃して来る植物の群れを、食い千切った。

 前進する速度が、ゆっくりと落ちていた。

 前衛に居るマクレーの部下二人の動きが、鈍くなっていた。

 慣れない魔法を使って、ばてて来ている。

 無理もない。

 波状攻撃を仕掛けて来るプラントに、息をつく暇もないのだ。

「前へ出るぞ、バット」

 マクレーの肩に手をかけて言った。

「その名前で呼ばれるの、久し振りですね」

 マクレーは、前衛に居る部下二人の、スーツの背中を叩いて、合図を送った。

「交代だ、サポートに回れ」

 ジョン太とマクレーが、前へ出た。

「この際、酸素が減るのは仕方ない。がんがん燃やすぞ」

 魔法使いになってから半年ちょっとで、ジョン太の熟練度は信じられないくらい上がっていた。

 腕に握っていない銃から、自在に銃弾を飛ばして操り、着弾した相手を粉砕する。

 立て続けにあがる爆炎に、マクレーが空気を送り込んだ。

 次々と竜巻を起こして、相手を切り裂きながら、無重力空間では炎上しないはずの炎に、空気を送り込む。

 外界では戦友だったかも知れないが、魔界でのコンビネーションは初めてのはずだ。

 リンクを張っている、息の合ったコンビにしか見えない。

「それで、私の交代要員は、無しか」

 しんがりを守っているトリコが、文句を言った。

 宇宙には慣れているらしい黒人の男と、ハイブリットの怖そうなお姉ちゃんがサポートしているとはいえ、撤退する時の最後尾は、一番きついポジションだ。

 それを、前衛二人で、交代ありで進んでいるのに、最後尾が民間人の女一人というのは、普通だったらあり得ない。

「大丈夫、お前なら出来る」

 ジョン太は、言い切った。

「鯖丸が追い付いたら、交代してもいいからな」

「追い付けるのか、あいつ。コロニーの落下を止めろって、伝言残して来たんだろ」

「そこまでは言ってねぇよ」

 どこから取り出したのか、弾丸を螺旋状に体の回りに展開しながら、ジョン太は言った。

「ちょっと落ちるのを遅くしろって言っただけだ。大丈夫、あいつは、やれば出来る子だから」

 それはそうだが、何?その、出来の悪い子供の弁護しているおかんみたいな言い草。

「失敗したらどうするんだ」

 一応聞いた。

「それは、フリッツも居るし…」

 ジョン太は言った。

「あいつも、いつまでも半人前のガキじゃないだろ」


 管制室まで戻るのは、それ程困難では無かった。

 先刻出て来た時より、プラントの攻撃が手薄になっている。

 逆に言えば、本隊が襲われてすごい事になっている可能性が高い。

「早く、ここ片付けて合流しないと…」

 鯖丸は、刀を抜いて利き腕に構え、左手でフリッツの腰にある外部装甲の窪みを掴んだ。

「ちょっと乱暴だけど、飛ぶから」

 通路の中央に、浮かび上がった。

 周囲に乱気流が巻いている。

「待て、スーツの飛行能力より、普通の移動の方が」

 早いと言い終わる前に、体ががくんと引っ張られた。

 突風に乗る様に、宙に浮いたまま加速していた。

 地球では、重力操作しながら、空気の流れを操って加減速していたが、重力操作の必要ないこの場所では、空気の操作だけに集中出来る。

 自分でも驚くくらいのスピードが出ていた。

 バランスを取って姿勢を安定させ、追いすがって来る植物と昆虫を振り切った。

 直角に曲がっている場所では、一瞬ためらったが、そのまま突っ込み、足で壁を蹴ってターンした。

 管制室の前で、蜂を足止めしたのと同じ空気の壁を作って、減速した。

 入り口のドアは、手を触れていないのに開いた。

 明らかに、先刻管制室を出た時より、無重力空間での魔法の使い方が上達している。

 すごいな…こいつ。

 一応、褒めておくかと思って声をかけようとする前に、その辺に放り出された。

「何か来たら片付けといて。もう一回サーバに潜るから」

 文句すら言う暇も与えず、サーバマシンにジャックインしてしまった。

「やっぱり、いつか殴ろう、こいつ…」

 フリッツは決心した。


 負傷者が出ていた。

 ジョン太は、前衛から引いて、再びマクレーの部下二人を前へ出し、サポートしながら怪我をした者の回復に当たっていた。

 中々前へ進めない。

 大丈夫、鯖丸が時間を稼いでくれるはずだ。

 攻撃と回復の二方向に魔力を振り分けた。

 久し振りに上限まで魔力を使ったせいで、普通の人間バージョンの姿に、変わってしまっている。

「うわ、何ですかそれ」

 部下二人と前衛を受け持っていたマクレーが、ちらりと振り返って驚いた顔をした。

 重装服は着ているが、無線通信は出来ないので、ヘルメットは後ろに倒したままだ。

 軽装服しか持って来ていないボス達も、基本的には同じ姿だった。

 それは、原型に近い犬型ハイブリットが、普通の人間に近い容姿に変わってしまったら、驚くだろう。

 ボスと、バニーと呼ばれている怖そうな姉ちゃんは、驚いていない様子だが。

「あるある、そーゆー事」

 後衛を守っているトリコのサポートをしながら、バニーが言った。

「原型に戻っちゃうのよね。魔法使い過ぎると」

「中尉殿、普通のハイブリットだったら、そんな顔なんですか」

 マクレーが聞いた。

「顔なんかどーでもいいだろ。それより前を見ろ」

「男前ですね」

「そうか?」

 自覚はないらしい。

「若い頃そんなだったら、モテモテだったのに」

「おっさんだから、もういい」

 いいらしい。

「ジャッキー、索敵に戻れるか?」

 回復魔法をかけられていたジャッキーは、うなずいた。

「行けるぜ」

 先刻、襲って来る植物に、腹に穴を開けられている。

 種を飛ばすタイプで、かなりの破壊力があった。

 回復はされていても、まだけっこう辛いはずだ。

「意識があれば、索敵は使える。問題ない」

「良い人材を揃えてるな」

 メアリーを守っているボスに言った。

「裏家業だが、プロだからな」

 ボスは言った。

「前方に、防災シャッターを兼ねた隔壁があります」

 ドリーが言った。

 マクレーの部下の、女の方だ。

 一時前衛を交代して休んだが、再び戻っているので辛そうだ。

 それでも、頭に入れて来ているU08の設計図は、きちんと思い出せる様子だ。

「よし、そこで一時休憩」

 ジョン太は言った。

「負傷者を完全に回復させてから、合流地点に向かう」


 鯖丸が、サーバマシンに潜って、数分が過ぎていた。

 戻って来た時には、ちょっと眉をしかめていた。

「燃料が、残り少ない」

 大体、そうだろうと思っていた事を言った。

 U08は、ぶつかって来る衛星を避ける為に、姿勢制御を行っているはずだ。

 避けきれなかったとは云え、何の回避行動も取らなかったはずはない。

 更に、魔界に落ちる際、脱出しようとエンジンを使っていた。

 その上、ボス達が、魔界の穴に落とす為にも、使用している。

 マイナーコロニーのエンジンは、そこまで頻繁に使われる事は想定されていない。

「それで、加速を止められるのか」

 フリッツは聞いた。

 足下に、切り裂かれた植物と昆虫が、漂っていた。

 予想していたよりひどい状態から、サーバに潜っていた自分を守ってくれていたらしい。

「無理」

 鯖丸は断言した。

「加速を止める為には、加速時に使われたのと同等のエネルギーが必要だ。もう、残ってない」

 予想していた答えだった。

「どれくらい時間が稼げる?」

「加速に使われた燃料とエンジン出力と総重量を考えると、U08が穴に落ちるまで、残り四時間五十八分しかない。今から残った燃料で逆方向に加速しても、稼げるのは一時間程度だ」

「じゃぁ、やれ」

 そこまで、深刻な事態だとは思っていなかった。

 それから、こいつの言っている事は本当に正しいのか、少し迷った。

 理工学部の宇宙工学科に籍を置いているとはいえ、日本の地方都市にある、聞いた事もないカレッジの学生だし、全然、頭良さそうには見えない。

 魔法使いとして信用していいのは、もう分かったが。

 渋い顔をしているフリッツを見て、鯖丸は言った。

「信用しろよ。俺も、フリッツの事は信じるから」

 フリッツは、しばらく黙り込んでから、うなずいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ