仕事をサボっただけなのに
面倒くさがり屋の晴樹は、毎日のように「誰か自分の代わりに仕事してくれないかな」と思っていた。
小学生の頃から、面倒くさいと思ったら腹痛のふりをして学校を休むし、宿題はやらず友達に写させてもらってしのぐような筋金入りの面倒くさがり屋だった。
大人になって事務職に就いていたが、仕事の単調さに辟易していた。給料はそれなりだが、それだけ。
学生時代に資格を取るような努力を一切しなかったから、給料のいい職にはつけなかった。
ある日の朝、晴樹はベッドの中でゴロゴロしていると、どうしても会社に行きたくなくなった。
(一日ぐらいサボってもいいよな)
職場に連絡するでもなく二度寝を決め込んだ。
翌日、罪悪感を抱えながらも出社すると、同僚たちは特に何も言わず、普通に彼に接していた。
むしろ、昨日の晴樹の仕事ぶりを褒める声すらあった。
(どういうことだ?)
晴樹は不思議に思ったが、休んだことそのものが夢だったのだろうか。しかし日付はきちんと経過している。
二回目のサボりは、その一週間後。
晴樹は再び同じように休み、その翌日、会社に出社した。
学生時代のサボり癖が復活してしまったのだ。
それなのに、同僚たちは晴樹の仕事を褒め称え、彼がいなかったことには一切気付いていない様子だった。
(なんで? おれは出社していないのに)
晴樹は意を決して、自分がいない間に何が起きているのか確かめることにした。
あえて勤務時間を過ぎてから家を出て、こっそり職場の様子をうかがう。隠れる場所を見つけて会社を見張っていると、そこに現れたのは、晴樹を鏡写しにしたような男だった。
その男は晴樹のデスクに座り、完璧に仕事をこなしていた。
ドッペルゲンガー。
子どもの頃に読んだマンガを思い出す。
ドッペルゲンガーは死の予兆と書かれていたことも思い出した。
(もしかしておれは死んでしまうのか)
晴樹は青ざめた。
息を潜めて家に戻り、対策を考える。
晴樹がサボった日に現れるなら、もうサボらないようにすればおさまるのか。
魔が差して会社をサボったことをこれほど後悔するなんて思わなかった。
翌朝、晴樹が出社すると先輩に不思議そうにされた。
「あれ。お前さっき給湯室にいたのに、いつの間にこっちに戻ったんだ?」
晴樹は出社してすぐデスクに来たから、給湯室になんて行っていない。
給湯室を覗いても誰もいなかった。
休んでいる間に居場所を奪われてしまうのではないかと不安になり、休憩に行くのも恐ろしかった。
これまで昼は外の定食屋に食べに行っていたけれど、コンビニのおにぎりを買って席で食べた。
いつもより精神的に疲れてアパートに帰ると、もう食事の支度がされていて、風呂も沸かしてあった。
鍵を持っているのは晴樹本人と大家だけなのに。
大家は東京の人だから、まずこっちに来ない。
「誰が、こんなこと」
両親はもういないし、鍵を預けるような恋人もいない。
(これもドッペルゲンガーが?)
豆腐のみそ汁に豚こま肉のチャーハン、ほうれん草のおひたし。どれも晴樹の好物だ。
食の好みまで完璧に把握されていて、用意された食事は、恐ろしくて手を付けられなかった。
翌日、晴樹の通勤定期パスがなくなっていた。
なんとか小銭で切符を買い会社に向かうと、ドッペルゲンガーの晴樹が働いていた。
同僚の誰も、そこにいるのが偽物の晴樹だと気づいていない。気さくに会話なんてしている。
ドッペルゲンガーは、晴樹が隠れている方を見て、ふっと笑う。
“働きたくなかったんだろう。良かったじゃないか。おれは働きたかったから、交代しようぜ”
いつの間にか晴樹の姿は薄れて、誰にも見えなくなった。
通り過ぎていく同僚に呼びかけても声が届かない。
晴樹が影になり、ドッペルゲンガーが本物の晴樹になったのだった。