CASE1. 彩華と誠③
『今年のクリスマスは雪が降り、ホワイトクリスマスとなりました。街ではイルミネーションの数々が─』
テレビに映る女性のリポーターがとびきりの笑顔で話している。
その背景には、いくつものカップルが歩いており、降る雪を見ながら何かを話している。
今日は12月24日、クリスマスイブ当日である。
私はソファに座り、テレビを死んだような目で見ながらテーブルの方へと視線をスライドする。
そこには、絢士郎がソワソワしながら座っている。
「何緊張してんの?」
「う、うるせぇな……こっちにも色々とあんだよ……」
その妙な態度に私は察し、そして苛立ちが込み上げる。
「キモイ声出さないでよ。キモイから」
「キモイキモイって言うな!……てか、何か口悪くねえか?」
「別に、いつも通りでしょ」
「いや、最近は……まあいいか。てか、お前は出なくていいのか?」
まるで予定があるだろという言い方に、さらに苛立ちが増す。
「はぁ?こちとら受験生ですから?クリスマスなんて遊んでる暇ないんですけどー」
「何だ、断ったのか」
「だから何が?」
「いや、誠からの誘いだよ」
「……はぁ?……はぁー!?」
一番聞きたくない名前が聞こえ、私は大きな声を出す。
突然の事に絢士郎は仰け反る。
「あいつが!私を!誘うわけないでしょ!」
「いや、お前ら仲良いし……あいつが─」
「あいつは今日、超可愛い子とデートに行ってんのよ!だから、私を誘うわけないの!」
そう言って、私は羽織を一枚着て玄関の方へと歩く。
「お、おい!どこ行くんだ?」
「適当に時間潰してくんの!私が居たら邪魔でしょ!」
今日はママもお義父さんもデートに行っている。
クリスマスに恋人といる所に妹が居ては邪魔でしかない。
「いや、まだ話が─」
「話は終わり!唐沢君の事はもういいから!」
私はその場から逃げるように玄関の扉を開けた。
すると、
「あれ?彩華さん?」
扉を出てすぐの所に、麗奈が立っていた。
ちょうど我が家に着いたタイミングだったようだ。
「どこかにお出かけですか?」
「……まあ、そんな感じ」
「そうだったんですか。彩華さんも居ると思って、ケーキを買ってきてしまいました…」
麗奈は手に持っているケーキを見て、残念そうな表情をする。
そんな姿を見て、私は申し訳なさと呆れが同時に来る。
普通恋人と過ごすクリスマスに、その妹が居ると考えるだろうか。
そういう所が、麗奈は少し変わっている。
「さすがに恋人同士のクリスマスにお邪魔はできないって」
「そんなの気にしなくていいのに……」
「私が気にするの!全く、そんな甘いと、他の誰かに取られちゃうよ?」
「他の子には思いません!気にしなくていいなんて言えるのは、彩華さんにだけです!」
「そ、そう?あ、ありがとう?」
そんな事を真っ直ぐな目で言われると、こっちが恥ずかしい。
こんな風に言い合えるようになるまで、自分の気持ちが絢士郎から離れたということなのだろうか。
「あ!でも、今から会うお相手が唐沢君だとこちらに居てはダメですね…」
麗奈が真剣な顔でその名前を出し、つい反応を見せてしまう。
さすがに、絢士郎と同じように噛み付いたりはしないけれど。
私の反応を麗奈は見逃さず、キラキラした目をしだす。
「もしかして、本当に唐沢君と会うんですか!」
「いや、会わないけど……」
「誘われなかったのですか?」
「……絢士郎にも言われたんだけど、何で唐沢君が私を誘うと思うわけ?唐沢君から見た私って、ただの親友の妹でしょ?」
そう言うと、麗奈は心底驚いたという表情をする。
そして少し考える素振りをして言う。
「……本当の気持ちは、唐沢君しか分かりませんが、親友の妹ってだけではないと思いますよ」
「何で?」
「だって、唐沢君が彩華さんを見る目って、私を見る絢士郎君の目と同じですから!」
麗奈の言葉に、私の心臓が跳ねる。
「優しく見守ってくれてるような、安心するんです。どんな私でも、受け入れてくれるような……」
「……結局、惚気を聞かせてるだけか」
「そ、そういうのじゃなくて!?」
「はいはい、邪魔者は退散しますよー」
「待ってください!話がまだ……」
「今夜は楽しんでね、お姉ちゃん♡」
「あ、彩華さん!」
私は去り際にウィンクをして麗奈を茶化すように言う。
麗奈は顔を真っ赤にして叫んだ。
そんな可愛い反応を見て、私は行先も決めずに歩き始めた。
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「……私、何やってんだろ」
どこに行くでもなく歩き始めた私は、気がつくととある河川敷に来ていた。
川をボーッと眺めて、いつの日かここで叫んだ事を思い出す。
自分の気持ちに決着をつけた場所。
「……結局、同じ事繰り返してる」
またここで気持ちに決着をつける。
それもアリなのかもしれない。
唐沢君は今頃、あの女の子と笑いあって、楽しいデートをしている。
いつまでも引きずっていても良いことは何も無い。
叫んで終わりにしよう。
そう思っているのに…
「……」
立ち上がる気力も、声を上げる力もない。
私はただ、その場で蹲っていた。
そこに、
「懐かしいな、ここ」
声が聞こえ、私は勢いよく顔を上げる。
そこには、2年前に叫んだ場所を見ながら微笑む唐沢君が居た。
「な、何でここに!?」
驚きのあまり、私の声は裏返る。
「何でって、お前が電話しても出ないから。ケンに聞いたら家を出たって言うし」
「そうじゃなくて!デートは?」
「デート?何の話だよ」
「誘われてたじゃん!階段のとこで!」
「階段?あーあれか!あれは頼まれてただけだよ」
「た、頼まれてた?」
「あの子の好きな人が、俺と友達なんだよ。それで、クリスマスプレゼントを考えてくれって言われてさ。んで、その相手からも同じ事聞かれて、女子へのプレゼント何がいいかお前に聞こうとしてたのに」
それなのに、私はずっと唐沢君を避けていた。
クリスマスにデートするのだろうと勘違いして、勝手に。
つまり、
「私の、早とちり……」
「お、おい!?どうした!?」
恥ずかしさで、私はまた蹲る。
(ほんと、何やってんだろ、私……)
「大丈夫か?最近のお前変だったし、何かあったのか?」
「別に何でもない。いつもの私の暴走だから……」
「暴走って……ぷっ!自覚あったのかよ」
「笑わないでよね!」
「ぷっはは!悪い悪い」
そう言いながら、私と唐沢君は目が合う。
「あ……この目だ」
麗奈が言っていた事を思い出す。
優しくて、見守ってくれているようで、安心できて、どんな自分も受け止めてくれるような。
そんな、温かい瞳。
そんな目を向けられたら、期待せずにはいられない。
「……どうして、ここに来たの?」
仄かな期待を胸に、私は問う。
「場所は勘だったけど、ここだったらいいなと思ったんだよ」
「……何で?」
「ここだったら、伝えるシチュとしては完璧だろ?」
「え?」
そう言うと、唐沢君は川の方へと降りていき、2年前に私が叫んだ所と全く同じ場所に立つ。
そして、深く息を吸って叫ぶ。
「好きだー!彩華ー!」
その叫びは反響して返ってくる。
あの時と違うのは、周りに誰も居なくて、2人だけということ。
その叫びを聞いて、唐沢君が私の方を見る。
その表情は少し照れくさそうで、いつもの飄々とした様子とは違っていて、私の中で何かが込み上げる。
私も川の方へと降りて行き、唐沢君の前に立つ。
まだ照れくさいのか、彼と目が合わない。
私は、彼の肩に顔を埋める。
「あ、彩華?」
戸惑う唐沢君を無視して、私は言う。
「……何で、私なの?」
「え?」
「私なんて、口は悪いし、態度はでかいし、プライドは高いし、ぶりっ子だし、……兄を好きになったような変人だよ?」
「……別に変じゃねえよ。好きになった人が、たまたま兄貴だったってだけだろ」
「……変だよ」
「なら、そんなお前を好きになった俺も変な奴だな」
「……何それ」
唐沢君の言葉に、私は軽く笑う。
「……私、寂しかったの。絢士郎と麗奈は大人になって、花野井は何も言わずにどっかに行って、私だけ置いてかれてるようで……一人だと思ってた」
でも、違った。
2年前、ここで気持ちを吐き出してから、あの日からずっと、唐沢君は一緒に居てくれた。
折れそうな私を支えてくれていた。
「……もう、ケンは彩華を支えてやれないから。あいつの代わりに俺が支えるってのは、ダメか?」
唐沢君は照れくさそうに続ける。
照れてる姿が可愛くて、面白くて、私は笑う。
「それはダメだね」
「え!?」
「私、支えられるだけなのは嫌だから!私もあんたを支えてあげる!」
「それってつまり……」
「ふふっ!行こ!」
「あ、おい!」
私は照れくさくて、誤魔化すように走り出す。
唐沢君の手を握って。
三井 彩華 高校3年生の冬、かつて恋が終わった場所で、自分の恋を見つけた。
この恋は決して離さない。
そんな決意を表すように、私は唐沢君の手を強く握っていた。
これにて、彩華のエピローグを終わりたいと思います!
ここまで読んでくださった方には感謝です!
彩華は個人的にも好きなキャラなので、エピローグを書けて大満足です。
他のキャラのその後も書けたらいいなとは思っています。
来週あたりから新しい作品を書こうと思っておりますので、ぜひ読んでください!
次回作はカクヨムでも書こうと思います!
改めまして、読んで下さりありがとうございました!
次回作、過去作共に読んでいただけると幸いです!
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!




