CASE1. 彩華と誠①
お久しぶりです。
おおあしです。
今書いている作品でめちゃくちゃ行き詰ったので、息抜き兼思い出しがてら書いてみた番外編です。
この作品を書いて、ちょうど1年くらい経ったので、懐かしさを感じながら読んでいただければ幸いです。
まだ続くので、しばらく書いてみようと思います。
新しい作品の方も早く続きを書きます……。
まだ外が薄暗い早朝、彩華は深く布団を被った状態で目を覚ます。
携帯の画面に記された時間を見ると、朝の6時を示している。
「朝練!?」
そう思い、勢いよく飛び起きるが、気づく。
「……そうだ、もう引退したんだった」
ずっと頑張ってきた、毎日行くのが当たり前で、彩華にとっての日常となっていた部活動、それを引退してもう半年以上経つ。
それなのに、まだ実感が湧かないというのは、それだけのめり込んでいた証だろう。
すっかり目が覚めてしまった彩華は、カーテンを開けて空を見る。
冬の空は雨が降る訳でもないのにどこか暗く感じた。
「……そっか、今日から12月か」
カレンダーを見て呟く。
三井 彩華 高校3年生
義理の兄に恋をして、気持ちを伝えず失恋したあの日から、2年の月日が経っていた。
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今の私にとって、絢士郎はただの兄だ。
学校で麗奈と手を繋いでいる所を見たりしても、「仲が良さそうで良かった!」となる。
なんて言うか、この2年で麗奈とも仲良くなって、今では相談なんかも受ける程だ。
兄の彼女から兄もといかつての好きな人の恋愛話を聞かされるのは微妙な気持ちになるが、そこは私の腕の見せどころだ。
それよりも目下、一番の面倒は、
「おう!おはよう彩華」
「……出たな、諸悪の根源」
一番の面倒事、軽い口調で話しかけてきたこの男、唐沢 誠である。
元は絢士郎の友人で、特別私と仲が良かったわけではない。
しかしまあ、激動の1年生の時に、無駄に察しの良いこの男に色々と知られてしまい、それ以降、何かと絡む事が多くなった。
この2年間で、私が一番話している異性であるのは間違いないだろう。
決して友達では無いけれど。
「ひっでぇ言い草だな……」
「なんか用?」
「借りてた教科書、返しに来たんだよ」
唐沢が手に持っているのは昨日私が6時間目の授業で貸した物だ。
私はそれを受け取り、机の中に仕舞う。
「持って帰らないのか?」
「家にあっても使わないし」
「さすが推薦組……」
唐沢が言うように、私は既に大学が指定校推薦で決まっている。
受験自体はまだだが、何も無ければ受かるのは間違いないだろう。
「唐沢は?調子どうなの?」
「まあぼちぼちってとこだな。毎日時間決めて勉強してるけど、不安は消えねえな……」
珍しく弱気な発言をする唐沢を見て、私は何だか嬉しくなる。
我ながら性格悪いが、いつも何かとからかわれる事が多いため、許して欲しい。
「ま、せいぜい頑張ってね」
「お前から応援されるとは……」
「あんたは私を何だと思ってんのよ……」
心底驚いた表情をする唐沢に、私は睨みながら言った。
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「彩華ってさ、唐沢君と付き合ってんの?」
昼休み、一緒に食事を摂っていた友人の一人にそんな質問をされる。
私は思わず、顔を歪ませる。
「どこをどう見てそう思ったのよ……」
「だって、何かよく話してるし?1年生の時からじゃない?」
友人の言うように、1年の頃に色々とあって、2年は同じクラスだった事もあり、絡む機会も増えたのは事実だ。
それでも、付き合っていると思われるのは心外である。
「ないない。それだけは絶対にない!」
「本当に〜?だって彩華、唐沢君の前だとぶりっ子じゃなくなるじゃん!」
「ぶりっ子はとっくにやめてたでしょ……」
掘り返されたくない過去が出てきて、私は恥ずかしくなる。
1年生の頃は、男子の前では甲高い声を出して、髪も可愛く結んで、悪く言えば媚びを売っていたものだ。
部活動で忙しくなり始めた頃から、そういった行動はやめた。
そのおかげか、嘗められたりする事も無くなった。
(そういえば、昔は虐められたりしてたっけ)
1年生の頃にあった虐め騒動を思い出して、私は苦笑する。
あれがきっかけで、絢士郎を好きになったのだ。
甘くてちょっぴり苦い思い出である。
「あ、彩華のお兄ちゃんじゃん」
懐かしんでいると、友人のそんな声に反応する。
指さす方向には、唐沢と冨永君の3人で食券機の前で並んでいる姿があった。
「彩華のお兄ちゃんって、結構カッコイイよね〜」
「まあね」
「否定しないんだ〜」
「だって、あの冬咲 麗奈と付き合ってるんだよ?」
「確かに。冬咲さんも相当スペック高いもんね〜」
麗奈の優等生っぷりは、この2年で益々伸び、今ではテストで全教科オール100点を目指しているそうだ。
それが実現しそうなところがまた怖い。
「でも、やっぱり顔は唐沢君が一番だよね〜。目の保養だわ〜」
「はぁ?あれがイケメンって、世も末だよ」
「そう?唐沢君もスペック高いし、彼氏にするならああいう人でしょ」
「それだけはやめた方がいいって!確かにスペックは高いかもしれないけど、人の事理解しすぎて気持ち悪いし、色々察しいいくせに肝心なところでデリカシーないし、それに……何?」
唐沢の悪い所を言っていると、友人がこちらをニヤニヤしながら見ていた。
それに気づき、話を止めて聞く。
「別に〜、何か生き生きしてるな〜って」
「……そんなに生き生きとしてないわよ」
「そういう事にしときまーす!でも、そのニヤつきはどうにかした方がいいよ〜」
「ニヤつき……」
私な手鏡を取り出し確認する。
指摘されたとおり、何故か口角が少し上がっていた。
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(唐沢がイケメンね~…)
昼休みに友人が言っていた事を思い出し、私は考えてみる。
顔は確かにイケメン、だと思う。
勉強も上位陣の中に名を連ねているし、運動神経も絢士郎とよく体育の授業で活躍しているのを見るにかなり良いのだろう。
色々と察しも良くて、気が利く。
そして、その人のありのままを認めてくれる……。
(……まあ、良い奴ではある)
そう思うと、私の口角が自然と緩む。
何だかんだで一緒に居て、好きな人の傍に居れなかった私の心を満たしてくれていた。
ぽっかりと空くはずだった穴が埋まっていた。
いつからだろう。
高い声を出して、男ウケを狙った髪をセットしていた。
そんな私をやめたのは。
どうしてだろう。
家族にしか見せなかった、口が悪くて犬のように吠える。
そんなありのままの私を唐沢に見せるようになったのは。
考えれば考えるほど、心臓の音が高鳴っていく。
久しく感じていなかった高揚感、いつも突然やってきて、私の心を掻き乱す感情。
(まさか……いやいや!あの唐沢だよ!あの……)
私が兄に恋をしていた事を知っていて、私が本当は口の悪い奴だと知っていて、できるフリして強がっている私を知っている。
私の醜い所も全部知っている。
(それなのに、いつも一緒にいてくれる……)
唐沢の顔を思い浮かべる。
私の胸の中が温かくなるのを感じる。
(……私は)
「あのね!唐沢君……」
私の肩がビクリと跳ねる。
通り過ぎようとした階段の前で、その名前が聞こえ思わず隠れてしまった。
そこには、唐沢と顔を赤くした女の子が立っている。
(あの子って……)
唐沢の隣に居る子は、学年でも有名な女の子だ。
容姿端麗で、モデルの仕事をやっているという噂もある。
唐沢が、どうしてそんな子と居るのだろうか。
「何だ?話って」
「あの、さ……唐沢君って今彼女とか、いるの?」
「いや、居ないけど……」
「じゃ、じゃあさ!わ、私と、クリスマス!一緒に映画見に行かない!」
「え…それって…」
少女の言葉に、唐沢の頬も少し赤くなる。
(……デートのお誘い)
少女のほぼ告白と言っていい言葉にを聞いた私は、一息つく。
(なーんだ。私にだけじゃないんじゃん。そりゃそうだよ、唐沢からして私は、友達の妹だもんね。優しくして当たり前だよ)
優しいのも、醜い所を受け入れてくれるのも、絢士郎が居るから。
唐沢にとっては、絢士郎の妹だから当たり前。
それ以上でも以下でもない。
(良かったじゃん。すごく可愛い子に好かれて。クリスマスデートできるなんて、嬉しいに決まってるよね)
祝福してあげなければならない。
知り合いとして、友人の妹として。
おめでとう、と言ってあげなければならない。
それなのに、
(……何、これ……)
私の頬に、一粒の雫が流れる。
唐沢の返事が聞こえる前に、私はその場を走り去った。