第36話②
歩き始めて数分、俺達は何かを話すでもなく河川敷まで歩いてきた。
今日は土曜日で、文化祭の準備しか用は無いので急ぐ必要はない。
「今日は風が気持ちいいねー」
秋らしい冷たい風を受けながら、みゆうが言う。
心做しか以前よりも声音が柔らかい。
「もう10月も終わりだからな」
「今年も後2ヶ月かー」
そんな世間話をした後、また沈黙が続く。
ふとみゆうの視線が横に移る。
俺も見てみると、仲睦まじい4人の家族が遊んでいる。
2人の子供は楽しそうにはしゃいでいて、それを見て両親は幸せそうに笑っている。
「……私達も、少し違えばあんなふうになれたかな?」
みゆうは少し寂しそうに聞いてくる。
「どうだろうな。少なくとも、俺は想像できない」
「だよね。私も同じ」
正直に答えると、みゆうは分かっていたと言うように答える。
「お父さん……みはる君がね、一緒に住まないかって言ってくれたの」
一度言い直したのは俺に分かるように言い直したのか。それとも……
「みはる君の彼女さんも優しくて、一緒に居れたら幸せだろうなって思うんだ」
「そう言う割には、あんまり嬉しそうじゃないな」
話しているみゆうの顔は、幸せな表情とはいえなかった。
「……なんて言うかさ、お母さんの事がよぎるんだ。このままみはる君達と住めば、お母さんが戻って来た時どうなるのかなって……」
「……戻ってくると思うか?」
もし、みさきさんが猛省し、自由になったとしても、みゆうの元には戻らないだろう。
彼女のために自分を遠ざけようとしたというのが本当なら余計に
「分からないけど、待つって言ったから」
寂しそうな表情だが、その目には前に進もうという意志を感じた。
これ以上は、俺が口出す事ではないだろう。
「これからはどうするんだ?」
「私のおじいちゃんとおばあちゃんが引き取ってくれるんだって」
「それって、大丈夫なのか?」
あの後、俺達もみはるさんから事象は聞いた。
みさきさんは確かに悪だったけれど、その根底にあるのは、その父親の教育だと感じた。
「……おばあちゃんがおじいちゃんに頼んだらしいの。頭を下げて。みはる君曰く、初めてだったらしいよ。おばあちゃんがおじいちゃんに何かを必死で頼むの」
そのおばあちゃんの気持ちをみゆうは汲んだらしい。
みはるさんから聞いたみゆうの祖母の話は、人形のように静かな人だったと聞いた。
そんな人がそこまでして引き取りたいと願った。
それは紛れもない愛情なのだろう。
「みゆうが良いなら、それでいいのかもな。和道とは、どうなった?」
自分の母親がやったこととはいえ、責任を感じてしまうのがみゆうだ。
今回の件も責任を感じずにはいられなかっただろう。
「事情を話したらね、抱きしめてくれたよ。みゆうは悪くないって言ってくれた」
思い出しながら、少し涙目になっている。
「ほんとに、いい友達をもったなー」
「……そっか」
本当に良かったと思う。
もし、今回で二人の絆に亀裂が入っていたら、一件落着とは言えなかっただろう。
「これも全部、ケンのおかげ」
みゆうは俺の方を向き直って、目を見て言う。
「俺は何も……」
そう言うと、みゆうは首を横に振る。
「ううん。ケンが居てくれたから、勇気を持てた。本当にありがとう」
「やめてくれ、なんか照れるだろ……」
「何度でも言うよ。ありがとう」
「……やめろって」
みゆうは何度も繰り返す。
「ありがとう」
「だから、やめ─」
「それと─」
俺が言い切る前に、みゆうは言った。
「好きだよ」
はっきりと聞こえるように言った。