第36話①
みゆうとみはるさんが話しているのを遠目で見ながら、俺はその場に座り込んだ。
全てが解決したとは言えないが、ひとまず終わったと言っていいだろう。
和道の弟については、母親が待機していたらしく、今は母親の膝の上で眠っている。
「おつかれ」
親父が飲み物を持って、俺に話しかけてきた。
手渡された飲み物を受け取り、一口飲む。
「……怒らないのか?」
「もちろん怒ってるさ。でも、説教は今じゃないだろ」
親父はみゆうのぎこちなくも明るい表情を見ながら、心底嬉しそうにしている。
「しかしまあ、息子に使われる日が来るとは思わなかったよ」
「……まあ、親父の言う通りにするのも癪だしな」
今回の作戦は、昨日の夜の俺とみゆうの話し合いで決めた。
昨日は俺とみゆうしか居ないように思われたが、親父は家に居たと推測される。
俺達の話を聞いて、今回の作戦を企てたのだ。
親父の事だから、俺だけが行くとなったら全力で止めただろう。
花野井 みさきが何をしでかすか分からない。
それは親父達にも言える事だ。
しかし、彼女が唯一絶対に傷つけない対象が居る。
それがみゆうだ。
もし、俺だけで突入していたら、それこそ刃物なんかを持っていてもおかしくない。
だが、みゆうが居れば、万が一を避けるために花野井 みさきは丸腰になる。
彼女の娘への愛情が鍵だったのだ。
「でも、予想外だったよ。まさか途中で愛想つかすなんて……」
みゆうを見る目が変わった時、何かしてくるんじゃないかと身構えたものだ。
「……馬鹿野郎。愛想つかしてなんかいねえよ」
「は?でも確かに─」
「ありゃーそういうふりだな。愛想つかした演技して、みゆうを自分から遠ざけたんだ」
この先、みゆうが自分に縛られないようにするため。
と親父は考えたらしい。
「何のために?」
「あいつがどう思ってたかなんて知らねえよ。でも、今回はみさきらしくなかった」
「と言うと?」
「大胆に動きすぎだろ?お前の時なんて、俺と結婚して、お前から信頼を得るっていう準備を4年もかけてやってたんだぜ?それに比べて、今回はどうだ?」
「言われてみれば……」
今回に至っては、準備期間も数ヶ月、それに狙った対象も自分の娘の友人の家族。
すぐにバレる事くらい、容易に想像できる。
「……もしかしたら、心のどこかで、終わらしたかったのかもな」
花野井 みさきの気持ちは、今となっては分からない。
けれど、もし本当に彼女が自分の娘を遠ざけようとしたのなら、その試みは失敗に終わった。
みゆうは待つと言った。
また、母娘として生きたいと望んだのだ。
「これから、どうするんだろうな」
「それは、あの子が決めることだろ」
みゆうの姿を見ながら、親父は言った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……あの人達はすごいね」
私の父に当たるみはるさんが、ケン達を見て言う。
「僕は、自分の娘の事なのに、ずっと動けなかった。他人のための行動力、彼らを尊敬するよ」
「……そうですね。あいつは、困ってるといつも助けてくれます。お礼を言うと、怒るんですけど」
私は今までを思い出し、笑ってしまう。
「彼は、みゆうちゃんの友達?」
「はい、ケンは─」
そこで言葉が詰まる。
友達で本当にいいのだろうか?
それだけで、いいのだろうか……
「みゆうちゃん?」
もう、気持ちに嘘はつきたくない。
それなら
「いえ、彼は友達じゃないです」
「え?そうなのかい?」
「はい。私の好きな人です」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
花野井 みさきが逮捕された日から3日が経った。
俺は翌日は学校を休み、昨日は登校した。
みゆうはこの2日間欠席している。
色々と環境が変わるのだ。
もう少し、考える時間も必要だろう。
そう思っていたのだが……
「おはよう、ケン」
学校に行こうと家を出ると、みゆうが制服を着て待っていた。
「お前、その髪!?」
「これ?似合ってるでしょ?」
そこに立っていたのは、金髪のギャルではなく、黒髪のギャルだった。
どこかで似たような人と会った事がある気がする。
「いや、まあ、似合ってるけど……大丈夫なのか?」
そう問いかけると、みゆうは静かに目を瞑り言った。
「……ここで話すのもなんだし、ちょっと歩かない?」
俺はその提案に乗り、俺達は二人で歩きだした。