第4話②
「あれ?彩華?」
駅のホームで電車を待っていると、髪を茶色に染めたイケメンが彩華に話しかける。
口ぶりからして友人だろうか。
「昭弘!?」
「久しぶりじゃん!中学卒業以来?てか、横の男何?まさか彼氏?」
「いや、俺は─」
「ち、違うし!ただの知らない奴だし!」
その言い訳は無理があるし、もし信じられたら俺の立場が危ういんだが…
「焦りすぎ(笑)まじ?彩華ってこんなのがタイプなの?」
「だ、だから!彼氏じゃ─」
「クソ陰キャじゃん(笑)」
その言葉に彩華がピタリと固まる。
「前髪なっが!お兄さん顔見えてます~(笑)」
何故だろう。
ディスられているはずなのにあまりムカつかない。
普段もっとムカつく事を言われているからだろうか。
「こんな陰キャとじゃなくて、俺らと遊ぼうぜ。あっちに他の奴らも─」
「もう黙って。」
昭弘という少年の言葉を遮って、彩華の口から聞いた事のないような低く冷たい声が聞こえた。
男を見る彩華の目は、まるで汚物を見るような目で、真っ黒に見える。
「あ、彩華?」
昭弘君も聞いたことがないような声だったのだろう。
動揺を隠せていない。
「絢士郎は陰キャでもないし、あんたみたいにダサ茶髪でイキってもいない。」
「な、何怒ってんの?」
その問いに彩華は沈黙で答える。
数秒後、電車が到着し、乗り込む際、訳が分からず突っ立っている昭弘君に言う。
「二度と話しかけてくんな。」
「ちょ、待─」
彼が何か言いかけた所で、電車の扉は閉まった。
俺と彩華の間に沈黙が流れる。
「・・・彼、お前の何?」
何となく沈黙が気まずかったので、気になる事を聞いてみた。
「・・・中学の時の元カレ。」
「え!?あれが?」
「これ以上聞くな。私の黒歴史だから。」
そこまで言ってあげるなよ。
さすがに可哀想だろ。
彼の顔を思い出しているのか、彩華の怒りは収まっていないようだ。
「話しかけてきたくらいで、そんなに怒ってやんなよ。昭弘君はお前に未練があるんだよ。」
「そこに怒ってるんじゃない。」
「じゃあ何に怒ってんだよ。」
「・・・絢士郎の悪口言ったこと。」
「は?」
今何て言った?
彩華が、俺の悪口を言われたから怒ったって言ったのか?
「何よ。」
黙る俺を彩華が睨みつけてきた。
「いや、お前がそれを言うかと思って。」
いつも俺に罵詈雑言の嵐を浴びせる女からのセリフとは思えず、俺はドン引きした。
「な!?そ、それは、さ。」
彩華はそっぽを向き、照れくさそうに言う。
「私は言ってもいいけど、他人に言われるのは腹立つじゃん。」
それを聞いた俺は、「なるほど」と納得出来た。
それと同時に、照れて言うことでもないだろうに。
とも思った。
「彩華」
俺は少し静かな声で彩華を呼ぶ。
「な、何よ。」
少し緊張した面持ちで俺の言葉を待つ彩華。
そんな彼女に俺は真顔で言う。
「その理屈ならお前も他人なんだから、俺の悪口言っちゃダメだろ。」
「は?」
彩華の言う意見は、身内なら悪口を言ってもいいが、他人が言うのはダメだ的な見方もできる。
それなら、ただの形の上での妹ってだけで、他人の彩華も俺の悪口を言ってはいけない。
理屈を通すなら、俺の悪口を言っていいのは親父だけだ。
「まあ、他人からの悪口が腹立つって意味じゃ、理屈は通ってる。自信もっていいぞ。」
最後は笑顔で言うと、彩華の体がプルプルと震えている。
どうやら、俺の言葉に感動してしまったようだ。
そう思っていると、突然俺の顎に衝撃が走った。
俺はそのまま後ろに倒れる。
そんな俺を見下ろしながら、彩華が顔を真っ赤にして言う。
「私は、お前の妹だろうがーー!!」
その叫びに、電車内の乗客は肩を跳ねさせていた。