第34話③
花野井がウチに来てから2日が経った。
学校には休んでいて、会うことはないが、家に帰れば居る。
けれど、お互いに気を使ってか会話はない。
それでも、無視出来ないのが俺と花野井の関係と言えるのだろうか。
親父と瞳さんの会話を聞くに、明日何か動きがある。
俺はこのまま何もしないでいいのだろうか……
「絢士郎君、聞いてますか?」
そんな事を考えていると、麗奈がムッとした顔で俺を覗いてくる。
「ごめん、何の話だっけ?」
「ですから、このケーキ屋さんに明日行きましょうって話です!せっかくの創立記念日ですし!」
(明日か……)
頭には花野井の顔が浮かぶ。
家に居る彼女の表情からは、気が抜け落ちていて、見るからに元気がない。
「明日は─」
明日は用事がある。と言いかけて、首を横に振る。
俺が今やるべきことでは無い、と。
彼女と元妹、優先すべき人は決まっている。
「明日は?」
「……いや、なんでもない。いいよ、明日行こう」
「はい!それじゃあ、また連絡しますね!」
そう言ってを家の前まで送り届け、俺も帰路に着く。
(これでいい。これが正しいことだ)
自分に言い聞かせるように、心の中で言い続けた。
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その日の夜、部屋で読書をしていると、麗奈からメッセージが来る。
内容は、話があるから近くの公園に来てくれとの事だった。
さっき伝え忘れたことだろうか。
直接話したい内容となると、かなり重要な気もするが、こんな時間に一人で居させる訳にもいかないので準備をする。
彩華は友人の家に泊まるらしく、花野井を一人にしてしまうが、家の中なら安全だろう。
近くの公園は歩いても行ける距離だが、なるべく早く着くように自転車で向かった。
公園に到着すると、麗奈はブランコに座り、ジュースを手に持っていた。
持ってはいるが、飲んだ形跡はない。
「またせたな。こんな時間にどうした?」
駆け寄って聞くも、麗奈は黙ったままだ。
「あー、明日楽しみだな、麗奈はケーキが好きだし」
和ませようと明日の話を出すも、麗奈は顔を上げない。
どうしたものかと悩んでいると、麗奈がボソリと呟く。
「……明日、やっぱりやめましょうか」
「え?どうして?」
「……花野井さん、今絢士郎君の家に居ますよね?」
麗奈の言葉に驚く。
言った覚えはない。
「……なんで、それを?」
「実は昨日、花野井さんが家に入っていくのを見かけて……」
昨日は俺はずっと部屋に居たので、その間花野井がコンビニにでも行ったのだろう。
その帰りを目撃されたというわけだ。
「花野井さんがわざわざ古巣に居るってことは、何かあったのかなって……訳ありみたいですし」
「……確かに、花野井はウチに居るけど、関係ないって、明日はデートしよう、な?」
「……本当は、助けたいんでしょ?」
麗奈は微笑みながら言う。
彼女は全てを察している。
「……助けてあげてください」
「……それは─」
「私の事は気にしないで、彼女を助けられるのは、絢士郎君だけですよ。お義父さんでもダメです」
麗奈は俺の手をとる。
ギュッと力強く握る。
「私は、応援しますから!」
麗奈の言葉に、俺の覚悟が決まる。
「ごめん。ありがとう」
俺は勢いよく自転車に乗り、家に向かった。
公園を振り返ることはなく、麗奈の表情も思い出せなかった。
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「行かないで。私だけを見て」とは言えなかった。
私達自身、お義父さんに救われた時、絢士郎君の実母を傷つけた立場だから。
あの時の分が変えつてきただけだ。
(1ヶ月か……短かったな……)
全てが終われば、きっと絢士郎君は私から離れていく。
それも分かった上で送り出したはずなのに……
(ダメだ……泣きそう……)
自分の目に、涙が浮かんでくるのが分かる。
「あんたっていい女だね~」
涙が落ちると思ったその時、突然話しかけられて、驚きで涙が引っ込む。
「あ、彩華さん!?」
振り返ると、何故か彩華さんが私を見て頷いている。
「あんたみたいないい女を捨てるとは~、絢士郎も見る目ないね~」
「い、いつから?」
「あんたが来る前にはもう居たよ」
それはつまり、さっきまでの会話を全部聞いていたということだ。
「……付き合うことになった時から、分かってはいたんです。絢士郎君と花野井さんには、妹でも友人てもない別の特別な繋がりがあるって……」
たとえそれが、歪なものだったとしても、特別であることに変わりはない。
彼女を救えるのは絢士郎君だけだし、彼を真の意味で支える事ができるのは花野井さんだけだ。
「だから、最初からこうなることは決まってたんです。私はただ、無駄に足掻いただけです」
また涙がこぼれそうになる。
それでも、彩華さんの前という事が、最後の線を越えさせない。
「……何となく言いたい事は分かるけど、あんたも十分特別だったと思うよ」
「……彩華さんだって」
「……そうだといいね」
私達は向かい合いながら笑い合う。
気のせいだろうか。
彩華さんの雰囲気もどこか変わった気がする。
「あ!そうだ、彩華さんはどうしてここに?」
「あ!そうそう、あんたを探してたの」
「私を?」
「私、今日友達の家に泊まらなきゃなんだよね」
「それで、何で私?」
「私、こう見えても友達居ないんだよね」
笑顔で言ってのける彩華さんに少し呆れる。
「お願い!今日泊めて!」
「そんな、急に言われても……」
「絢士郎の愚痴聞いてあげるから!」
「……まあ、そこまで言うなら」
「はは!ありがとう!」
私達はそのまま公園を後にした。
彩華さんとは意外にも話しが合い、道中は楽しいものだった。
まるで、本当の姉妹のようで……
「見てください、月が綺麗ですよ」
「何?告白?」
そんなくだらない会話をしながら帰路に着いた。
もっと早くこうしておけば良かったと私は心から思った。
この日、冬咲 麗奈の恋は幕を閉じた?