第34話①
まだ夏の暑さが残る今日
文化祭の出し物が決定し、その準備が始まった。
準備は放課後や土曜日を使って行われる。
休みの日に学校に来るのを普段は嫌がる生徒達も、文化祭となれば楽しそうにしている。
「文化祭、楽しみですね」
俺は休憩がてら麗奈と自販機前のベンチで談笑をしている。
口調を変えるのが面倒になったのか、結局敬語のままである。
「とは言っても、俺たち1年はただのバルーンアートだけどな」
甲真の文化祭は、学年ごとにやる事が決まっており、1年は展示、2年は劇、3年は飲食店となっている。
俺達のクラスはバルーンアートという簡単なもので、ただバルーンで色んな形を作って校門前に飾るだけの作業だ。
「だからこそ、回るのが楽しみなんですよー」
「確かに、当日はすることないから遊ぶだけだな」
「はい!なので、今のうちにどこ回るか決めておきましょう」
そう言って麗奈が文化祭の予定が書かれたしおりを開きながら二人で当日の事を話し合う。
楽しそうにしている麗奈を見て、俺も何だか嬉しく感じた。
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「あ、ケンティーちょっといい?」
教室に戻る途中で、笹川に話しかけられる。
近づいてきた笹川はチラリと麗奈の方を見る。
「先に戻ってますね」
笹川の視線から何かを察したのか、そう言って麗奈は先に教室の方へと歩いていった。
麗奈の背中が見えなくなってから、俺は笹川と話し始める。
「何か用か?」
問いかけるも反応がない。
「笹川?」
「あ!ごめん。ほんとに付き合ってるんだと思って」
「麗奈との事か?今更な事言うな?」
「はは、いや、二人で歩いてるとことかあんま見てなかったからさ」
少し残念そうに笹川は笑う。
「それで?本題は?」
「ああそうだ!みゆうのことなんだけどさ、なんか聞いてない?」
「花野井がどうかしたのか?」
「ここ3日間休んでるんだよ。連絡しても理由を教えてくれなくてさ。ケンティーなら何か知ってるかなーって」
それを聞いて、一瞬あの女の顔がチラつく。
花野井は見た目とは裏腹に根は真面目な奴だ。
無断で連日休むなんてことを訳もなくするような奴ではない。
(何か、嫌な予感がする)
「分かった。俺も色々と調べてみるよ」
「ごめんね。何か分かったら連絡して」
そこで笹川と分かれ、教室に戻ろうとしたところで、また誰かに話しかけられる。
「三井君、ちょっといい?」
振り返ると、いつもはおちゃらけた表情をしている和道が真剣な顔でこちらを見ていた。
「和道?どうした?怖い顔して」
「あ、ごめん。怖がらせるつもりはなかった」
「いや、いいんだけど、俺に何か用か?」
「三井君にって訳じゃないんだけど、この子見なかった?」
和道はスマホの画面を俺に向ける。
画面には小学生の男の子が写っている。
「この子は?」
「弟なんだけど、この3日間家に帰ってきてないの」
「は!?それって、行方不明ってことか!?」
「ううん。少し違う。連絡はついてるけど、場所だけが分からないの」
「場所?」
和道の話によると、3日前の夜に家に帰ってこなかった弟に携帯で連絡すると、電話に出て「今日から帰らない」とだけ言ってきたそうだ。
突然の事で家族はパニックになり、何度も弟に連絡をしたと言う。
すると、メッセージも返ってくるし、電話にも出るという。
ただ、今自分が居る場所だけを伝えてこないらしい。
俺の中で、嫌な想像が浮かぶ。
和道の弟は小学6年生らしいが、背が小さく、もう少し年齢が下に見える。
そして3日間帰ってこない和道弟と、3日間休んでる花野井、繋がるなと思う線が繋がっていく。
「こうやって知り合いに聞いて回ってるんだけど、三井君も見かけてない?」
生憎だが、俺も見かけていないので首を横に振る。
ただ、放っておくことは出来なかった。
「警察に連絡したのか?」
「まだしてない。と言うよりは、しづらい」
「しづらい?」
「だって、連絡がついてるんだよ?誘拐でもないし、家出にしてはコミュニケーションが取れすぎてる。正直、私達も整理出来てないよ」
「……とりあえず、一度警察に連絡はするべきだと思う。あと、俺の方も探ってみるよ」
「ありがとう。助かる」
和道は頭を下げて、自分のクラスの教室へと戻って行った。
一人になってから考える。
今回の件が繋がっていないと言うには無理がある。
そして、思い出される花野井 みさきの言葉
『次は居る』
これがもし、和道の弟の事だとしたら…
考えたくないことばかりが頭に浮かんで、消えない。
関係ないと一蹴するのは簡単だ。
けれど、それができない。
(とりあえず、あいつに聞くか)
それだけ決断して、俺は教室に戻った。
これが、真の意味で花野井 みさきと決別する大きな事件の始まりである。