第33話②
「ねぇねぇ彩華ちゃん」
部活動中、最近はよく部員の子に話しかけられる。
もちろん以前いじめてた子とは別の子だ。
私が大変な時は全く関わってこなかった子達である。
「何?」
「1組の冬咲さんと彩華ちゃんのお兄さんが付き合ってるってほんとなの?」
(あー、またこの話か)
二人が付き合い始めたという噂が広まった頃から、私に話しかけてくる女の子は大体この質問をしてくる。
見れば分かる事をなぜわざわざ確認するのだろう。
「さあ、詳しくは知らない」
これでいい。
普通の妹は兄の恋愛事情を一々把握しない。
「えー?ほんとに?」
「むしろ、なんでそんなに気になるの?」
「だって、なんかお似合いの二人じゃん?体育祭の時も怪しかったし!」
記憶に新しい体育祭での絢士郎の宣言。
その直後の借り物競争で冬咲が絢士郎を連れ出した事。
ただの偶然だろうが、こじつけたい人は無数に存在する。
「どちらにしよ、私には関係ないし」
「えー?お兄さんが取られちゃったとか思わないのー?」
そう言われた瞬間、胸にチクリと何かが刺さる。
「……思うわけないじゃん」
その違和感を無視して、私は笑顔でそう答えた。
今日の部活は午前までで、この後は何の予定もないのだが……
(……帰らない方がいいよね)
もしかしたら、まだ冬咲が家にいるかもしれない。
そうなったら、私は邪魔者だ。
(彼女と二人の時に、妹が居るとウザイしね)
私は家に帰らず、河川敷まで歩いてきた。
特にやることはなく、ただ川を眺めてボーッとしていた。
「何黄昏てんだ?」
突然声がして振り返ると、あまり会いたくない人物がそこには居た。
「……唐沢君こそ、休みに何してんの?」
唐沢 誠君、絢士郎の親友で、私が少し苦手な人。
嫌いな訳では無いが、周りが見えすぎて、人の気持ちを察しすぎているところが苦手。
今一番会いたくなかったと言っても過言では無い。
「俺はサイクリングしてたら見覚えのある背中が見えたから追いかけてきた」
「ストーカーじゃん。キモイんだけど」
「ひでぇ言いがかりだな……それで?何してんだ?」
「……別に、ただボーッとしてただけ」
「ふーん」
これだけ素っ気なくすれば呆れて帰るだろう。
そう思ったのに、唐沢君はあろうことか私の隣に腰掛ける。
「ちょっと」
「ん?」
「何勝手に座ってんの?許可出してないんだけど」
「芝生の上に座るのに誰かの許可がいるのか?」
鼻で笑いながら言ってきて腹が立つが、言い合いするのも面倒で私達は黙って並び座る。
それから数分間沈黙が続くが、唐沢君が聞いてくる。
「帰らねえのか?」
「……あんたに関係ある?」
「まあ、ケンの妹の事だし、気になる」
そういえば、この人は絢士郎の親友だった。
「……今、家に冬咲が居るのよ。絢士郎が風邪引いたから、お見舞いに来てんの」
「それが関係あんのか?」
「……彼女と二人きりの時に、妹が居たら邪魔でしょ。普通の妹はね、兄の看病なんてしないんだよ」
正直に話すも、返答がない。
チラリと見ると、唐沢君の体が震えている。
「何?どうしたの?」
「い、いや、別に……ぷふ」
「……笑ってる?」
「そ、そんなわけ……くくっ」
「笑ってるじゃない!人が真剣に話してんのに、笑うな!」
「いや、だって、ぷっあははは!」
「笑うなって言ってんでしょ!何がおかしいのよ!」
失礼な男だ。
周りの事が見えているくせに、空気を読めないのだろうか。
「だってよ、普通妹は看病しないとか、逆に意識しすぎてて笑えてきて……あっはは!」
笑い続けている唐沢君を見て、私の怒りゲージがどんどん溜まっていく。
「そんなに好きなら、もっとアプローチすればいいのに」
その言葉を聞いた瞬間、私の怒りゲージは一気に下がり、血の気が引くのを感じた。
「え?今、なんて?」
「好きなんだろ?ケンのこと」
「は、はあ!?そ、そんなわけないでしょ!あいつは私の兄よ!」
「いや、兄って言っても義理だろ?それもほんの1年半前にできた」
「いや、だからって─」
「別に隠さなくてもいいって、ケン良い奴だし、好きになるの分かるって」
「だ、だから!」
かつてないほどに焦っているのが自分でも分かる。
隠しているつもりだったのに、バレていた事が恥ずかしい。
一度深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「……本当に、そんなんじゃないんだよ」
「……なんでそんな頑なになるんだ?」
「……だって、気持ち悪いでしょ?義理でも妹から恋されちゃ」
世間一般的に、妹が兄に恋するなんて事はありえない。
それは歪だ。
「そんな風には思わねえけどな」
きっと唐沢君もドン引きだと思っていたのに、彼はあまりにも軽く言った。
私は目が丸くなる。
「実際、似たような立場の奴を俺は知ってるしな。てか、その理論で言えば冬咲もケンの元妹だろ」
(言われてみれば)
冬咲も元は妹、小さい頃とは言え、その事実に変わりはない。
「え!?てか、なんで知ってんの!?」
冬咲が妹だと絢士郎は言っていなかったはずだ。
「まあ、雰囲気かな。ケンが冬咲に接する時ってみゆうと彩華に接する時に似てるんだよ。若干違うけどな。それで何となく。確信したのは今」
たったそれだけの事で察していたとは、本当に恐ろしい男だ。
この男には、秘密など無意味なのではと思ってしまう。
「カマかけないでよ!てか、名前で呼ばないで!」
「ケンも三井だから分かりづらいんだよ、別にいいだろうが」
「絢士郎をそう呼んでるなら、私は苗字でいいでしょ!」
変なところで言い合いになって、話の論点が逸れていく。
「まあ、とにかく、俺はまだ諦める必要はないと思うぜ。あんたは同じ家に住んでて、一番一緒に居る時間が長いんだから」
「……なら、尚更ダメだよ」
唐沢君のおそらく私の背中を押そうとする言葉を私は拒絶する。
「……最近はさ、絢士郎も家でご飯を食べるの。お義父さんが居ても、誰かの家に泊まったりしなくなった」
私の一人語りを、唐沢君は黙って聞く。
「お義父さんとも話してる時あるし、ママともよく話してる。私に対しても、ちゃんと目を見て話してくれる」
「……それで?」
「……ママとお義父さんは仲良いから、離婚しないと思う。ちゃんと、家族になろうとしてるの。そんな時に、たとえ義理でも妹から好きだなんて言われたら、困っちゃうでしょ?」
それは、私の本音だ。
不思議と涙は出ない。
「だから、伝えないのか?」
「伝えないよ。それに、妹って最強じゃん?」
「ん?なんでだ?」
この言葉の意味は、さすがの唐沢君でも分からないようだ。
「だって、恋人よりも近い存在として、一生居れるんだよ?ある意味勝ちでしょ」
失恋して悲しいって気持ちがないと言えば嘘になる。
けれど、今の私は絶望とは正反対の気持ちでいた。
「……すっげーポジティブな考えだな」
「ふふん!でしょ?惚れちゃダメだよ?」
「いや、それだけはマジでない」
「それはこっちのセリフ」
そんな言い合いをしながら笑い合う。
「でもまあ、伝えはしないけど、押し殺さなくてもいいかなって、唐沢君と話して思えた。ありがとね」
「それってどういう─」
唐沢君が言う前に、私は走って川の近くまで下る。 大きく息を吸って叫ぶ。
「好きだったよー!絢士郎ー!」
周りにいる少年達が何事かと私を見る。
けれど、今だけは気にならなかった。
振り向いて唐沢君を見る。
彼はゲラゲラと笑っていた。
そんな彼を見て、私も大きな声で笑った。
この日、彩華の初恋は終わった。
2年後のクリスマス、目の前で笑う青年と付き合うことになるのだが、それはまた別のお話。