第33話①
「ただいまー、急に降ってきたな」
「……おかえり」
「なんだ?お前も雨に打たれたのか?風邪引くぞ」
「……いや、ただ風呂上がりなだけ。今から乾かすとこ」
「そうか、瞳さんは?」
「もうすぐ帰るって」
「なら、先に風呂入らせてもらうか」
絢士郎が冬咲と付き合い出してから、絢士郎が帰ってきた後のうちの玄関はしばらく甘い香りが漂う。
家族の匂いでは無い、絢士郎に染み付いた冬咲の匂いだ。
付き合い始めてからの二人は、常に一緒に居る。
学校でも仲の良いカップルとして既に定着している。
お似合いで、絵になる二人だ。
そんな二人を邪魔したら、完全に悪者だ。
それに……
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「雨に打たれて熱出すとか、子供みたい」
翌日、前日に体が濡れたせいか、絢士郎は風邪を引いた。
せっかくの土曜日だと言うのに、可哀想なことだ。
ママもお義父さんも居ないが、私も部活に行かなくてはならない。
「今日は安静にしときなさいよ」
「……ああ」
返事はしているのだが、間が悪い。
具合が悪いからだろうか。
「なあ」
部屋を出ようとすると、呼び止められる。
「何?」
「……なんかあったか?」
「何で?」
「最近のお前、あんまり突っかかってこないからさ」
「……私も成長したってことよ」
ニヤリと笑って見せて、私は絢士郎の部屋を後にする。
部活に行く準備をしていると、インターホンが鳴る。
扉から覗き込むと、冬咲がソワソワした様子で立っていた。
「お、おはようございます。あの、絢士郎君が風邪を引いたと聞いて、お見舞いを……」
よくできた彼女だ。
手にはスポーツドリンクやゼリーが入った袋を持っている。
「ありがとう。絢士郎なら部屋に居ると思うから。私も出なきゃいけないから、よろしく」
私は冬咲を家の中へと招くが、冬咲は動こうとしない。
「どうしたの?」
「あ、いえ、何だか懐かしくて」
「そっか、あんたも住んでたんだっけ。悪いけど、あんたが使ってた部屋は私の部屋になってるから」
それだけ伝えて部屋に戻ろうと歩き出す。
「あ、あの!」
そこで冬咲に呼び止められる。
今日はよく呼び止められる日だ。
「何?」
「絢士郎君が体調崩してるのに、出かけるんですか?」
そう言う冬咲の目は「あなたは傍に居なくていいんですか?」と問う目をしていた。
「部活だから仕方ないでしょ、それにあんたが居るなら問題ない」
今度こそ部屋に戻り、荷物を取る。
そのまま冬咲を横目に学校に向かう。
出るには早いが、二人きりにしてあげよう。
「それじゃ、後よろしく」
「は、はい」
冬咲は戸惑っているようだった。
無理もない。
最近の私は、以前よりも静かで、大人しいのだから。
でも、これでいい。
普通、妹は兄にわざわざ悪態をつかない。
兄が風邪を引いたからって付きっきりで看病したりしない。
兄に彼女ができたからって嫉妬したりしない。
これでいい。これが普通で、これが正しい。
(これで、いいんだ)
私は静かに扉を閉めた。