第32話③
「むむむむっ!」
「……そろそろやめた方がいいんじゃ……」
「ここまで来てやめられません!絶対に取ってみせます!」
映画の半券の特典のためゲームセンターに寄ったが、あっという間に無料分は終わり、普通にお金を使っていた。
少しなら全然いいのだが、麗奈が既に2000円近く使っていた。
挑戦している台には、可愛らしい猫のぬいぐるみがあり、こちらを見つめている。
「こんなところで可哀想に、必ず助けてあげるから!」
そう言いながらまた100円を入れて挑戦する。
しかし、猫のぬいぐるみは無惨にも落とし穴の1歩前でアームから落ちる。
「はう!」
涙目になりながら麗奈はもう一度と財布を確認するが、小銭がそこを尽きていた。
俺の目を潤んだ瞳で見つめてくる。
「……俺もそんなに上手くないから、期待すんなよ」
俺はお金を入れて、挑戦する。
言った通り、特別上手い訳でもない俺がやってもすぐに取れるはずがなく、1500円ほど使ったところでようやく落とす事ができた。
二人で総額3500円近く。
センスがないことは明らかだった。
「ほら」
「ありがとうございます!可愛い~!」
麗奈は心の底から嬉しそうな表情を浮かべ、猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
(あざとい……)
その後も俺達はゲームセンターを堪能した。
レースゲームをしたり、ゾンビゲームをしたりと全てが初めての麗奈は随分と楽しそうだった。
ゲームセンターを出たあとは、服や靴を見たりと普通のショッピングをして、モールを出る頃には外は暗くなっていた。
「すっかり夜だな」
「そうですね」
「晩御飯どうする?」
「私、行きたい所があります!」
待っていましたと言わんばかりに目を輝かせるので、麗奈の行きたいというお店で晩御飯を食べることにした。
「それでここか……」
麗奈に言われるがままついてきて到着した店は、お好み焼きの店だった。
個人がやっている店らしいが、改装したばかりなのか外観はオシャレかつ綺麗である。
「はい!前から外で食べてみたいと思っていたんです!」
初デートで、昼はケーキで夜はお好み焼き。
普通ではないだろう。
しかし、麗奈は来たい店だったこともあり、楽しそうにしている。
(まあ、良しとするか)
ちょうどお腹が空いてきていた事もあり、俺達はそのまま店に入っていった。
お店に入って15分ほどした頃に、突然客足が増え、店内はあっという間に満席になった。
どうやらちょうどいい時間に来店できたらしい。
内装もとても綺麗で、一見お好み焼き屋には見えないほどだ。
俺は店内を見渡して、麗奈は目の前で揺れる鰹節に夢中である。
(そういえば、前もあったな)
昔、家族でお好み焼きを食べに行った記憶がある。
あれは、麗奈とも知り合う前だから、実母と親父の3人で行った事になる。
いつだっただろう。
(……全然思い出せねえ)
相変わらず実母の顔は思い浮かばない。
単に覚えていないだけなのか、思い出したくないのか、どちらなのだろう。
「絢士郎君、早く食べましょう!」
「ん?ああ、そうだな」
麗奈に話しかけられたことで、店を出る頃に俺の中に浮かんだ疑問は消えていた。
「……結構、量多かったな」
「……そうですね。しばらくお好み焼きは見たくないです」
予想以上の量とサイズに、俺達の腹は何も入らないくらいに膨れていた。
お腹を擦りながら歩いていると、駅近くの雑貨屋に目がいく。
「すっかりハロウィンムードですね」
「まだ9月なのにな」
雑貨屋にはハロウィン用の仮装グッズやおもちゃなどが並べられている。
「ハロウィンが終われば、文化祭ですね」
「うちの文化祭って遅い時期にやるよな」
「確かにそうですね」
他校に比べて、甲真の文化祭は遅く、ハロウィンを越えて11月に行われる。
これは昔かららしく、理由は不明である。
「……ハロウィンも文化祭も一緒に過ごしましょうね」
「……そうだな」
笑顔で言う麗奈に、俺も笑顔で返す。
もう一度歩き出そうとすると、麗奈に袖を引っ張られる。
「どうした?」
聞いてみるも、顔を伏せたまま黙り込んでしまう。
何か嫌なことでも言ってしまっただろうか。
「……ぎたいです」
「ん?」
何かボソリとと聞こえ、耳を傾ける。
「…手を繋ぎたい、です」
麗奈の顔は真っ赤だった。
「そ、そう、だな。さ、寒くなってきたしな」
実際はそこまで寒くないし、むしろ暑いほどなのだが、少し恥ずかしくて変な理由をつけてしまう。
「じゃ、じゃあ……ほれ」
「し、失礼、します」
遠慮がちに麗奈が俺の手をとる。
(これは、思った以上に恥ずいな)
握った手からは麗奈の体温が直に伝わってきて、変な汗が出てくる。
(手汗とか、大丈夫だろうか…)
「……あったかい」
俺の心配は、麗奈のその一言でどうでも良くなった。
俺の心もあたたかくなるのを感じる。
この気持ちが恋かどうかはまだ分からない。
けれど、今はこの特別な感情を大事にしよう。
そう心から思えた。
二人は手を繋いだまま、帰路についた。
あたたかい何かを感じながら。