第31話①
俺と冬咲が付き合い始めたという話は、瞬く間に広まった。
それもそのはず、あの日から冬咲は常に俺と行動するようになった。
昼休みになれば、
「三井君!お弁当作ってきました!一緒に食べましょう!」
移動教室の時は、
「三井君!次は音楽室ですよ!早く行きましょう!」
放課後になれば、
「三井君!一緒に帰りましょう!」
と、ことある事に周りにも聞こえる声で言っている。
最初は驚いていたクラスメイト達も、たったの1週間で呆れ顔である。
そんな風に見送られながら、今日も昼休みに2人でご飯を食べている。
俺の昼飯は冬咲の手作りである。
「あのさ、冬咲」
「なんでしょうか?三井君」
「その、教室ではあんまり大声で呼ばなくて良くないか?少し恥ずいんだけど……」
毎度大声で呼び出されるのが恥ずかしく、そんな提案をしてみる。
「はぁ、三井君は何も分かっていませんね」
冬咲は小さなため息をついて勢いよく喋り出す。
「いいですか!私は三井君の『彼女』なんです!それを周りの女の子達にめいいっぱいアピールしないと!」
「ちょ!?」
いきなり近づいてくるので、俺は後退する。
しかし、冬咲はより詰めながら続ける。
「そのアピールをしなければ、他の女の子達に三井君食べられちゃうかもしれないじゃないですか!聞いてますか!?」
「ち、近いって!?」
耐えられず叫ぶと、自分が想像以上に迫っていたことに気がつき、冬咲も顔を赤くする。
「す、すみません……」
「いや、別にいいけど……そんな事気にしなくても、俺はモテねえから大丈夫だよ」
そう言うと、冬咲は頬を膨らませる。
怒っているようにも見える。
「……なんだよ」
「なんでもないですよ!」
そう言いながら、冬咲はコロッケを口に運ぶ。
そこで俺は違和感を感じる。
俺の食べている弁当も冬咲が作ってきた物のはずだ。
しかし、俺の方のおかずにはコロッケが入っていない。
「なあ、文句を言うわけじゃないんだが、なんで俺の方にはコロッケないんだ?」
ただ純粋に気になって聞くと、冬咲の動きがピタリと止まる。
「……実は、私揚げ物は得意じゃなくて」
「そうなのか?」
「はい……慎重になりすぎて、加減を間違えるんです……なので、これは母が」
どうやら、自分の弁当に環奈さんが作ったコロッケを忍ばせていたようだ。
確かに、言われてみれば冬咲はよくコロッケで喜んでいた気がする。
「ふふっ」
懐かしくなり、つい笑ってしまった。
「な、なんで笑うんですか!」
「いや、悪い。なんか、子供だなと思って」
そう言うと、膨らんでいた頬がさらに膨らむ。
「三井君だって、昔はコロッケで喜んでたクセに!」
「そんな昔の事は覚えてねえな」
さらにからかうと、風船のように頬が膨らんでいく。
(やば!面白い…)
つい楽しくなってからかっていると、冬咲はハッとした表情をした後、ニヤリと笑う。
「それなら、久しぶりに食べてみては?私の気持ちがよく分かりますよ。はい、あ~ん」
そう言って、さっきまで冬咲が口付けていた箸でコロッケを挟み、俺の口へと運んでくる。
(こ、これ、間接キスなんじゃ!?)
花野井とは違って、恥ずかしくて赤くなる。
だが、ここで引くのはなんだかダサいと感じ、俺はそのままコロッケを口に入れる。
(……味がねえ)
恥ずかしさと緊張でコロッケの味は無かった。
チラリと冬咲を見ると、満足気にしながら、平然と同じ箸を使っている。
(……なんか、負けた気分だ)
不貞腐れた絢士郎はそのまま食事を続け、最後まで麗奈の耳が赤いことに気づかなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
絢士郎と麗奈が共に昼食を摂っている頃、誠は食堂で一人、日替わり定食を食べていた。
陸斗は黄名子を誘う事に成功し、どこかへ行った。
なんだかんだで距離が縮まっているようだ。
誠は2人以外にも友達はいるが、今まで昼食は絢士郎達と食べており、他のグループに混ざる気にはならなかった。
「一人で寂しくないの?」
「……そういうお前も一人じゃねえか」
半分ほど食べ終わった所で、ラーメンの乗っているお盆を持ちながら彩華が声をかけてくる。
そしてそのまま、誠の向かいに側に座る。
「……ここで食うのか?」
「私がどこで食おうが勝手でしょ」
「それはそうだが……」
他にも席が空いている状況で、わざわざ自分の向かい側を選んだ事に、誠は首を傾げる。
黙っておくのも違う気がして、誠は最近の事を話すと決める。
「そういや、最近ケンと一緒に来なくなったな」
夏休み以前から、何故か彩華は絢士郎と一緒に登校するようになっていた。
しかし、最近はそれもない。
理由は明白だ。
「そりゃね。絢士郎は冬咲と付き合ってるでしょ。冬咲に悪いし」
「意外だな。そんな事気にするなんて」
誠の知る限り、三井 彩華という女は、わがままな子だ。
ケンが冬咲と付き合っているからといって、遠慮する奴ではないと思っていた。
「……別に、ただ変わろうと思っただけよ」
「変わる?」
何についてかは誠には察する事ができた。
「……普通の妹になろうって話」
彩華は誠の予想通りの言葉を口にした。