第30話③
今まで、恋愛というものに特段興味があったわけではない。
当然、年相応に考える事もあったが、周りと同じ熱量とは言えなかった。
それがあんな親父を見てきたからなのか、例のトラウマからだったのか、はたまた両方だったのか。
何はともあれ、誰かと付き合うとか、誰かを好きになるとかは今の自分にはないと思っていた。
その考えが明確に変わったのは夏休み初日、冬咲とデートに行った日だろう。
あの日は純粋に楽しいと思えた。
恋人がいればこんな感じなのかもと思った瞬間もあった。
けれど、花野井 みさきに植え付けられたトラウマが邪魔をして、その気持ちに蓋をした。
そして、トラウマを乗り越えたあの日、自分の意志とは関係なくその蓋が外れた気がした。
あの日から、俺自身もずっと前向きになったと思う。
そんな時に受けた告白。
それも、一度は妹と呼んだ子からの。
以前の俺なら、即断っていたことだろう。
冬咲の気持ちは関係なく、俺の気持ちだけを考えて。
けど、今は……
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体育祭の日から、私は彼を避けている。
理由は簡単だ。
あの時の返事を恐れている。
これに尽きる。
告白と言うにはあまりに突然で、ムードも何も無かったが、はっきりと好きだと言って意味が分からない彼ではない。
私の気持ちは、返事を聞きたいが半分で、聞きたくないが半分。
だからか、この1週間は勉強にも集中出来ない。
「はぁ」
たまらずため息が出る。
今までの関係も悪くなかった。
嫌われるような態度を取っていた元妹が、友人になれただけでも儲けものだ。
けれど、それ以上を求めてしまった。
(間違えたかな……)
ネガティブになり、下を向きながら歩いていると、校門の前で誰かの姿が見えた。
顔を上げると、そこには三井君が覚悟を決めたような表情をして立っていた。
「……一緒に帰らないか?」
これから何が始まるかは、容易に想像できた。
私は静かに頷き、私達は2人で校門を出た。
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告白の返事をしようと冬咲と帰路についたのはいいが、中々言い出せない。
歩き始めて既に10分ほど経過していて、少しずつ気が重くなる。
(冬咲もこんな気持ちだったのか……)
考えてみれば、一度は兄と呼んだ男に告白をするというのは、並大抵の勇気ではない。
今の自分の心臓の音を聞いて、より実感する。
「……あの」
「な、なんだ?」
「何か話があるのでは?」
冬咲からの指摘に、心臓がさらに加速する。
それでも、言わなければならない。
今更なかったことにするつもりなどないのだから。
俺は一度深呼吸をして、立ち止まる。
それを見た冬咲も立ち止まる。
場所は何の変哲もない道で、小さな道だからか周囲に人は居ない。
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「……俺さ、つい最近トラウマを克服したんだ」
絢士郎が突拍子もない事を語り出したが、麗奈は黙って耳を傾ける。
「それまでは、家族の事とか、恋愛とか、あんまり興味なくて、拒絶してた部分があった」
絢士郎は柔らかく笑うようになった。
麗奈の知る絢士郎に戻ったような感じだ。
「でも、最近はよく家族と話すんだ。ちゃんと向き合うって気持ちになったんだ」
「それは、良いことですね!家族と向き合うのは、とても良いことです。お義父さんも彩華さんも、花野井さんも、きっと喜びます」
「私も」とは麗奈は言えなかった。
水族館に行った日、妹として見て欲しいと言ったはずなのに、今はその気持ちは無かった。
「……違うんだ」
否定の言葉を言う絢士郎に麗奈は首を傾げる。
悲しい気持ちを悟られないよう表情を緩めて。
「彩華とみゆうに対する気持ちと、冬咲に感じている気持ちが、少し違うんだ」
「……それは、どう違うんですか?」
「彩華とみゆうとは家族として向き合うって気持ちがある。でも、冬咲とは家族として向き合うって感覚が薄いというか……」
絢士郎は自分でもどう言えばいいが分からず、言葉を考えながら紡ぐ。
「……妹として見た事がなかったんだと思う」
水族館に行った日、絢士郎は麗奈を妹としては見ないと言った。
しかし実際は、妹として見た事がない。
2人に比べれば、兄妹だった頃も幼く、関わりも無かった。
「……冬咲に告白されて、考えた。もし彩華とみゆうに同じことを言われたらどうしたかって」
「もし、そうなったらどうしたんですか?」
「……即断ったと思う。2人のことは妹として見てきたから。でも、冬咲は違う気がした」
即答しなかった。できなかった。
それは、絢士郎が麗奈を妹としてではなく、一人の女の子として見ている証明だった。
言葉がまとまらないまま、絢士郎は麗奈を見る。
「……付き合おう。俺たち」
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「……付き合おう。俺たち」
その言葉を聞いて、私の心臓は大きく音を立てた。
正直諦めていた。
気持ち悪いと思われていると勝手に考えていた。
私は元妹で、家族としてしか見て貰えないと思っていた。
けれど、違った。
皮肉な話だ。
かつて深く関わろうとしなかったから、今彼と関係を進められた。
この日私達は、『元兄妹』から『恋人』になった。
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「……付き合おう。俺たち」
言った。言ってしまった。
感情がまとまっていないのに。
この気持ちが恋だと証明されていないのに。
返事を聞いた冬咲は、涙目になりながら喜んでいる。
それを見て安堵する。
彼女を傷つけなかったことに安堵する。
もし今、冬咲に恋愛感情を抱いているかと聞かれれば、俺の答えは分からないである。
けれど、彩華と花野井に対する気持ちとは違うことだけは確かだ。
だから、この違いが俺は『恋』だと信じることにした。
どうかそうであって欲しいと願いを込めて、俺は冬咲と『元兄妹』から『恋人』になった。