第30話②
テーブルに向かい合った父子は、顔を背けることはなく、しっかりとお互いの目を見ている。
親父の顔をしっかりと見るのは久しぶりで、少し緊張する。
昔よりも痩せたように感じられ、疲れているのが分かる。
「……仕事、忙しいのか?」
「ま、ちょっとな」
親父は自分の肩を叩きながら答える。
「そういや、転職してからの仕事知らないんだけど、何してんの?」
親父の事にとことん興味のなかった俺は、転職したという事を知ったのも事後報告でだった。
それを聞いてもどうでもよく、どんな仕事かは聞いていない。
「ん?探偵だけど?」
「はぁ!?探偵!?」
想像の斜め上の回答が返ってきて、思わず叫んでしまう。
「声がでけーぞ。そんなにおかしいか?」
「おかしいっていうか、大丈夫なのか、それで?」
一家の大黒柱が探偵で家族を食わしていけるのかという疑問が湧く。
「安心しろ、これでも儲かってる」
本当に大丈夫なのかと聞きたくなるが、今のところ困ったことも無いので、収入に関しては問題ないのだろう。
「何だ?俺の事を知りたくなったのか?嬉しいね~」
ニヤニヤとしながら言った発言に怒りが湧くが、グッと我慢する。
「……あんたに、質問がある」
「何だ?」
「……もし、恋愛的な好意を持たない相手から告白を受けたら、あんたならどうする?」
「何だ?誰かに告られたのか?」
質問をした時点で誰もが察することなので、肯定の意味を込めて頷く。
からかってくるだろうと思っていたが、意外にも真剣に考えている。
「……本当に俺の意見を聞きたいのか?」
「……参考までに」
そう返すと、一度目を閉じ、親父は答える。
「俺なら付き合うよ」
予想通りの答えが返ってくる。
「恋愛的に好きじゃなくてもか?」
「付き合うよ。友情的に好きなら尚更な」
「……でもそれは、好きのベクトルも熱量も相手と差が生まれる」
今回の話で言えば、冬咲は俺に恋愛感情を抱いているが、俺は抱いていない。
冬咲の好きは『恋』の好きで、俺の好きは『友』の好きだ。
「だからって、振る理由にはならねえな。俺だったら、その子が傷つくかつかないかで考える」
「確かに振られたら傷つくかもだが、好きでもないのに付き合われる方が傷つかないか?」
「好きなんだろ?友達としては」
「それはそうだが……」
「なら何の問題もない。今のお前の取るべき行動は、告白を受ける一択だ」
その軽い考えに、さらに苛立ちが増す。
自分から聞いておいてなんだが、やはり親父と意見が合う事はない。
「言っておくが、傷つかず振る方法なんてねえぞ」
反論を考えているのがバレたのか、親父に先回りされる。
「自分の気持ちよりも相手の気持ちを最優先、これが俺の考えだ」
それは昔から知ってる親父の信条だ。
「今のお前の話で言えば、自分が振れば自分は傷つかないが相手は傷つく。承諾すれば相手は傷つかず、自分も恋人ができる。何も悪い事はねえだろ。付き合っているうちに好きになるなんて事もあるかもだしな」
親父の言いたい事も理解はできる。
ただ、納得ができない。
「……俺の話じゃないけど、聞いていいか?」
「なんでも聞け、答えられることは答えてやる」
「……あんたにとって結婚は、同情か?」
そう問いかけると、親父は少し寂しそうに笑う。
そして静かに答える。
「……最初の結婚と瞳、それと…あいつの事は本当に好きだから結婚した。一緒に居たいと心から思ったから結婚した。だが……環奈は違うな」
「……それは、どう違うんだ?」
「環奈については、完全な同情と責任からだ。前の旦那に暴力を振るわれて可哀想って同情と、俺が離婚させたっていう責任、もちろん環奈の事は好きだったが、愛していたわけじゃねえな」
当時の事を思い出しているのか、親父の目は申し訳なさそうにしている。
「環奈もそこら辺は同じ気持ちだっただろうぜ。要はお互い、傷心の身だったから、傷を舐めあおうって考えたわけだ」
他人が聞けば、歪だと思うかもしれない。
けれど、俺はそんな親父の考えが理解出来てしまった。
自分が同じ立場になった時、俺も同じ事をする自覚がある。
好きでなくても、同情と責任から結婚をする自分が容易に想像出来てしまう。
親父と話すことで、自分の本性に気づいた。
そしてそれは、親父と同じだと認めざるを得ないものだ。
「その理解者面をやめろ」
俺がそんな事を思っていると、親父が心底嫌そうな顔で俺を見る。
「お前、今自分と俺が似ているとか思ってるだろ」
「それは……」
「言っとくが、俺とお前は全っ然似てねえからな!いいか、お前は所詮自分の周囲の人間にしか興味がなくて、同情とか責任を感じるのもその周囲に対してだけだろうが。俺は違うぞ、俺はテレビのニュースで流れてくる人に対してすら同情しちまうんだからな」
そんな事を自信満々に言う親父はおかしかったが、笑えはしなかった。
「だから、お前はずっと俺を恨んでろ」
そう言って親父は自分のコーヒーを注ぐためにキッチンに立つ。
「……結局、俺はどうすればいいんだろうな」
「知らん。自分で決めろ」
独り言のように呟くと、親父は心底どうでもいいことのようにはね返す。
「あんたに聞いたのが間違いだったよ」
「そりゃそうだ。嫌いな奴にアドバイス求めるとか、お前も肝心な所で馬鹿だな」
やはり親父とは相容れない。
そう結論が出た所で、リビングを出ようとすると、
「絢士郎」
親父に呼び止められ、返事はせずに顔だけ振り向く。
「もっと気楽に考えろ。たかだか高校生なんだからよ」
そんな軽い言葉を最後に、俺はリビングを出た。
部屋に入り、ベットに横たわりながら、思考を巡らせる。
目を閉じて、様々なシチュエーションを想像する。
そして、冬咲の気持ちを考える。
「……」
自分の気持ちは、正直分からない。
けれど、冬咲の気持ちは分かってしまっている。
(なら、俺の答えは……)
俺の中で答えが決まった。