第30話①
体育祭が終わり、1週間が経った。
あの日から、俺の頭の中は冬咲から言われた言葉でいっぱいだった。
(あれはやっぱり、そういう意味だよな……)
体育祭の最後の競技中に言われた言葉。
あの時の表情、声音から冬咲の気持ちは伝わった。
今までもそうなんじゃないかと思う事がなかったと言えば嘘になる。
けれど、言葉になって出てこない内は確信になることはなかった。
そして、そうしない方が俺達はお互いに上手くやれただろう。
でも、冬咲は言った。
それを聞いたのならば、俺は答えを出さなければならない。
それなのに、俺の気持ちは分からない。
(ほんと、かっこわる…)
この1週間は、冬咲にも避けられていて、話ができていない。
相も変わらず今日も俺は頭を抱えている。
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「最近ケン元気ねえよな。何かあったのか?」
昼休みに俺が浮かない顔をしているのを見て、陸斗が聞いてくる。
「確かに、ここ1週間は上の空だな」
誠も陸斗の意見に賛同する。
「まあ、体育祭であんな事言ったんだ。周りから色々言われるだろうが、気にするなよ!」
「お前が一番言ってたじゃねえか」
「誠君、過去ばかり見ていたら成長出来ないよ」
2人が謎のコントを繰り広げる中、俺は陸斗の発言について考える。
今思えば、俺は学校中にあんなにも恥ずかしい事を言ったのだ。
それも、自分を好きだと言う相手に……
「軽く死ねる!」
手に持っていたスプーンを落とし、俺は頭を抱えながら苦しげに声を出す。
「いきなりどうした?ついに壊れたか?」
「あんまり詮索してやるな陸斗、ケンもそういう年頃なんだ」
またしても2人が何か言っているが、その声は俺には届かなかった。
その日の晩、俺は彩華と瞳さんの3人で夕食を食べていた。
俺の隣には彩華が座り、向かい側に瞳さんが座っているのだが、妙に嬉しそうだ。
「ママ、顔がうるさい」
彩華が指摘すると、瞳さんはハッとした表情になり、顔を引き締めようとする。
しかしすぐに緩んでしまう。
「何か、いいことでもあったんですか?」
俺が聞くと、無邪気な笑みが優しい笑みになり答える。
「…最近、絢士郎君が家でご飯食べてくれるでしょ?それが嬉しくて……」
奏多の家に行ったあの日から、俺は家で夕食を摂るように心がけている。
家族として向き合うと決めたからだ。
それまでは、基本一人で外食だったので、それが無くなった事に瞳さんは喜びを感じていたようだ。
そう思ってもらえると、悪い気はしない。
こんな気分になるなら、もっと早く向き合っておけば良かったと思うくらいだ。
「俺も、もっと早くこうしておけば良かったです。瞳さんのご飯はこんなに美味しいんですから」
心のままに話すと、瞳さんの目が涙目になり、それを誤魔化すように立ち上がる。
「絢士郎君、おかわりいる?」
「はい。いただきます」
そう言うとまた嬉しそうに立ち上がり、ご飯をよそってくれる。
「……いつかは、4人で」
瞳さんの呟きが耳に聞こえ、申し訳ない気持ちになる。
その夢の邪魔をしているのは、間違いなく俺だ。
(もう、そろそろかもな)
そんなやり取りを彩華がじーっと俺の顔を見ながら聞いている。
「なんだ?」
「……いや、別に」
いつものような覇気はなかったが、そういう日もあるだろうと気にするのをやめた。
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夜中の2時
三井家の玄関の扉が開かれ、一人の男が帰宅する。
手にはいくつも書類らしき物を持っており、絢也は疲れきった顔をしている。
昔は家に居ない事が多かった絢也だが、最近は頻繁に帰宅している。
そして、次がいつになるかを予想するのは簡単だった。
絢也がリビングに繋がる扉を開けると、テーブルに一人の少年が座って待っていた。
絢士郎を見て絢也が目を見開いて驚く。
ここ数年の親子関係ではありえない状況だ。
「……いい加減、話をしようぜ。クソ親父」
そんな覚悟を決めた顔をしている絢士郎を見て、絢也は笑って返す。
「クソはいらねえだろ。天才息子」
絢也は荷物をテーブルの横に置き、絢士郎の向かい側に腰を下ろした。