第29話②
「何?もしかしてナンパ?」
「ちげーよ、勝手な事言ってんじゃねえ」
「うわ〜ないわ〜こんなのが家族とかマジできついわ〜」
「いい加減にしろよお前!俺は心配をだな─」
彼女と話している時の口調は、私が知っている彼ではなかった。
優しい声音ではなく、きつい物言い。
けれど、その遠慮のない関係というのを目の当たりにして、私は嫉妬した。
(仲、良いんだ)
「あ、すみません、騒いじゃって。怪我とかはないですか?」
「あ、は、はい!だ、大丈夫、です」
急にこちらに話が戻ってきて、声が裏返ってしまった。
「……そのパンフ…もしかして、甲真受けるんですか?」
私の手にある甲真高校のパンフレットを指さしながら彼が聞いてくるので、私は首を縦に振る。
「実は俺もそのつもりなんです!もしかしたら、同級生になるかもですね」
(同じ、高校を受ける?)
運命だと本気で思った。
離れ離れになった彼と、同じ高校に通う日が来るかもしれない。
その景色を想像するだけで心が踊った。
「あ、あの─」
「お、居たいた!探したぞ、カップル兄妹」
次こそ名前を言おうとした時、別の男の子が来て、また話が遮られる。
けれど、その男の子の言った事に私の頭の中はその事でいっぱいになった。
「……兄妹?」
「え?」
つい口に出してしまい、義兄が私を見る。
「あ、すみません!聞こえてしまって……」
「ああ、似てないでしょ?義妹なんです」
そう言う彼の目は、今思えばどこか虚ろだったけれど、当時の私はそれところではなかった。
同じ義妹という立場で、こんなにも違う。
2人は、喧嘩するほど仲が良い。
その言葉を体現しているようだった。
私はその場から逃げるように走った。
無我夢中でそのまま家まで走った。
家に入って、自分の部屋に逃げ込んだ。
そして、鏡で自分の姿を見る。
「……全然、可愛くない」
伸びた前髪は素顔を隠して根暗、背も高くないし、足も細くない。
彼の隣に居たあの子は、絵本から出てきたかのような美人だった。
彼女に強烈に嫉妬した。
私にないものを持っている彼女に。
それと同時に、自分の中でひとつの答えが出た。
「……変わるんだ。彼女に負けないように!」
翌日、私は前髪をバッサリと切り、コンタクトに変えた。
できるだけ顔を上げるようにして、学校でもクラスメイトと積極的に交流した。
卒業までの1年をかけて、私は自分磨きを必死にした。
その甲斐あって、中学校を卒業する頃には、優等生、女神なんて呼ばれるくらいになった。
女神と呼ばれるのはさすがに恥ずかしかったけれど、自分が変われた事が嬉しかった。
甲真高校にも無事合格した。
それも特待生として。
そして、その時は訪れる。
入学式の日、校門前で1人の男の子と話す彼を見つけた。
私は手鏡で自分の顔を確かめる。
おかしなところはないか、髪は整っているか、念入りに確かめる。
「麗奈ちゃんどうしたの?」
同じ中学出身の子が聞いてくる。
「これから人に会うので、おかしな所がないか確認を」
「なになに!もしかして彼氏?」
「い、いえ!そういのでは……」
「でもでも!そんなに念入りにチェックするってことは……もしかして好きな人とか!」
そう言われて、すぐに否定しようとしたのに、言葉が出なかった。
そして、これまでの自分を思い出す。
彼に心を救われて、彼に再開して自分を磨いて、彼に見て欲しいという気持ちがあって。
今、心臓の音が響くほど大きい。
(これって……)
別に嘘をついていた訳では無い。
気づいていなかっただけ。
きっかけはほんの些細な友人からの指摘。
(そっか。私は─)
彼三井 絢士郎が、私にとって『兄』から『好きな人』に変わった瞬間だった。