第3話②
「おい」
「何ですか?」
「とぼけんな。どういうことか説明しろ」
靴箱で待っていた俺の元に来たのは冬咲1人だった。
他に誘った奴は居らず、流れのままに学校近くのファミレスに入り、2人で勉強をすることになってしまった。
「最初から言いましたよ?私と勉強をしましょうと。」
「確かに言ってたが…じゃあ、なんでわざわざ俺を先に行かせた。」
「乙女は準備に時間をかけるものです。」
何の準備が必要なんだと思うが、正直女子の事は詳しくないので、本当に何かの準備をしていたのかもしれない。
「あわよくば、三井君が私以外も来ると勘違いするかな~と思いまして。」
「そっちが本音だろうが!」
冬咲はくすくすと笑っている。
最近の冬咲はおかしい。
妹(仮)だった頃は、会話なんて無かったのに、今はまるで普通の友人のように話しかけてくる。
俺自身も花野井や彩華と話している時よりは、誠や陸斗と話している時の感覚に近い。
(まあ、兄妹だったのも小学生の時だしな。)
お互い、大人になったということだろうか。
それにしても、店に入った時からやたらと視線が気になる。
「なあ、なんか見られてないか?」
「気にしないでください。いつもの事です。」
「いつも!?」
こんな視線をいつも浴びているというのか。
それを気にしないなんて凄い胆力だ。
「どうやら皆さんは、私の可愛さに見惚れてしまうようですから。」
「そういう事自分で言うのな。」
「ただの事実ですから。」
確かに、冬咲の容姿は整っている。
小学生の頃はツルペタだった胸も、今となっては…
「どうかしましたか?」
「い、いや、別に…」
考えてみれば、離れてからもう随分になる。
その間一度も会っていない事を考えると、冬咲を妹と言うには無理があるのではなかろうか。
そう思うと、2人で勉強という今の状況が妙に恥ずかしくなる。
元妹ではなく、1人のクラスメイトだと考えると、まるで放課後デートのように感じてしまう。
「本当に大丈夫ですか?顔が少し赤いですよ?」
「・・・ちょっと熱っぽいかもな。」
「それは大変ですね。でしたら私の今の家が近いですから。休憩して行ってください。」
「は!?いや、それは─」
「安心してください。今日は母は帰ってきませんので。」
「いや、余計まずいだろ!?もし、何かあったらどうすんだ!?」
「何か?何かって…あ!」
途端に冬咲の顔が赤くなる。
ようやく自分が何を言っているのか理解してくれたみたいだ。
「・・・何か、お前の方こそ変だぞ?」
「そ、そうですね。今のは少し変でした。」
「いや、今だけじゃなくて、ここ最近。」
昔はもっと物静かで、俺なんかと話す奴ではなかったはずだ。
それが最近はよく話しかけてきて、こんな風に2人で勉強までして、俺の知る冬咲 麗奈の人物像とかけ離れている。
「それは、その…あの頃を取り戻したいと言いますか…」
「取り戻す?何を?」
冬咲はモジモジしながら上目遣いで言う。
「お、お兄ちゃんとイ─」
「ここで、何してんの?」
冬咲が言いかけたところで、どこか怒りを含んだ声が聞こえてくる。
そこには、彩華が腕を組み仁王立ちしていた。
「あ、彩華さん!?部活なんじゃ─」
「そんなの終わりましたけど?てか、絢士郎は私の兄ですけど?」
彩華が俺を初めて兄と言った。
「い、今のは違います。あなたこそ、何の用ですか?私達は勉強中です。」
「私にはそう見えませんでしたけど。」
2人の目線が妙にバチバチしている。
ずっと居ると店に迷惑がかかるので、今日はお開きだろう。
「冬咲、今日はもう終わろう。」
「そう、ですね。それがいいです。では、三井君は私を送って─」
「良かったねー冬咲さん。陸上部のイケメンさん達が家まで送ってくれるってー」
店の外で待機している陸上部の男子達が少しソワソワしている。
なるほど、冬咲を送らせてあげるとでも言ったのだろうか。
うちの学校の陸部男子1年は彩華の言いなりらしい。
「それはありがたい申し出ですが、彩華さんが彼らに送ってもらった方が─」
「ご心配なく、私は絢士郎と帰りますので。同じ方向ですし、というか同じ家ですし。」
「ぐっ!」
冬咲は何も言い返せなくなり、結局陸上部の男子共と帰って行った。
「あいつら、信頼出来るのか?」
「どういう意味?」
「いや、冬咲に変な事しないのかって事だ。」
「それは大丈夫だし。てか、冬咲の心配?らしくないじゃん。」
言われてみればそうだ。
なぜ、冬咲の心配なんてしたのだろう。
あいつの様子が変わったから、調子が狂っているのかもしれない。
「昔は、冷たい奴だったのに。」
「今もウザイ奴じゃん。優等生気取ってるし。」
彩華は彩華で何か怒っているし。
「もうどうでもいいや。」
そもそも、どうして俺がこいつらの事でこんなに考えなきゃならんのだ。
俺は考えるのをやめ、彩華よりも先に店を出た。