第27話③
昼休憩が終わり、午後の部が幕を開ける。
午後の部では、部活動リレーから始まり、個人種目、リレーの決勝、最後に借り物競争をして閉会の流れだ。
俺は次の個人種目に出場するため、入場門に待機しながら部活動リレーを見ていた。
やはりと言うべきか、先頭は陸上部で、今走っているのは徳松である。
先頭でバトンを受け取り、さらに後続との差を広めていた。
「ふむふむ、やはり徳松君は早いね~」
同じく個人種目に出る和道が顎に手を当てながら話しかけてくる。
「あいつのこと知ってるのか?」
「まあね~同じ中学だったし、変な子ではあったよ」
「変な子?」
俺の中のイメージでは、ちょっと暑苦しい部分はあれど、根は良い奴というイメージなので、和道の言葉に首を傾げる。
「変というか、ちょっとキモイ?」
俺は和道から徳松の中学時代の伝説を聞き、言葉を失った。
絶望からではない、呆れからだ。
「てな感じで、周りの女子は若干引いてたね」
「なんか、あいつを見る目が一気に変わったわ……」
部活動リレーを終え、体操着に着替え直している徳松を見ながら呟いた。
女子の部活動リレーも終わり、個人種目に移る。
最初は女子個人種目が行われ、次に男子がスタートする。
女子の結果について、和道は3位という好成績を残していた。
そして2年の男子が始まり、1位をとったのは梅木先輩だった。
さすが陸上部、ぶっちぎりでゴールしていた。
そして、ついに俺達の番が回ってくる。
ハードル走同様、またも隣が徳松だった。
「ああ、冬咲さん、あなたを解放する時が来ました…」
徳松の過去を知ってしまった後に聞くと、一途な奴という見方がヤバい奴にしか見えなくなってしまった。
(とはいえ、これで負けたら……)
負けたら、冬咲を拒絶する。
確かそんな話だった。
それでもいいのかもと思っていた。
さっきまでは。
「位置について」
先生の合図で俺達はスタートの体制を取る。
「よーい……『パン!』」
ピストルの音がなり、一斉にスタートする。
コーナーを曲がって半分の100mを過ぎればレーンは関係なくなり、全員が内側に入る。
俺の外側に徳松の背中が見える。
少しずつ、差が広がっているのが分かる。
(くそっ!やっぱ無理か!)
相手はこの種目を専門にしている陸上部。
体格だって、俺よりも大きい。
(ちくしょう…)
「その程度か?絢士郎!」
諦めかけたその時、どこからか腹立たしい声が聞こえた気がした。
(あーくそっ!居るはずねえだろ)
そう思いながらも、俺は前を向いた。
残り70mという所で、徳松の背中が大きくなる。
そのまま近づき、最後のコーナーで横に並ぶ。
表情こそ見えなかったが、徳松も驚いたことだろう。
(あーマジで腹立つ)
親父の声は、いつも俺を腹立たせる。
けれど、親父に煽られる度に、俺は力を発揮する。
ゴールテープ直前、俺は徳松を抜き去り、1位でゴールした。
「え?徳松が負けたぞ」「勝った奴誰だ?」
現役陸上部の徳松が負けるなど誰も予想しておらず、会場がざわめきだす。
されど、応援の時ほど声は無く、静まり返っていると言っても過言ではなかった。
「くっ!まさか、俺が負けるとは……」
「……正直、冬咲が誰と付き合おうが、誰を好きになろうが、本人次第だし、俺が口出すことじゃない。けど─」
悔しそうな表情を浮かべている徳松に、俺は高らかに叫ぶ。
「お前みたいな告白魔に、冬咲はやらん!!」
その叫びは、静かなグラウンドではよく響いた。
おそらく、全校生徒に聞こえたことだろう。
「え?何?告白?」「冬咲って、1年の冬咲さんのこと?」「え?あの子と徳松君で取り合ってるの?」
ザワザワと話し声が聞こえ始める。
まさかここまで響くと思わず、俺は顔を真っ赤にする。
目の前の徳松も目を大きく見開いて驚いている。
「ヒュー!言うね~」
1年4組の場所では、誠が口笛を吹いて呑気な事を言っている。
「麗奈ちゃん!あれってどういうこと!」
1年1組の場所では、女子達が黄色悲鳴を上げて、男子達は何が何だか分かっていない様子だった。
(マジで何言ってんだ!俺は!)
俺自身も意図せずに出た言葉に、今すぐ逃げ出したい気分だった。
「え、えっとー、とりあえず、3年生の方準備を……」
微妙な空気の中、3年生の競技が行われ、終了後そのまま退場となった。
その間、徳松は一言も話さなかった。
「三井!どういうことか説明しろ!」
クラスの席に戻ると、男子達から問い詰められる。
「お前!冬咲さんのこと好きだったのか!」
「いや、そういう訳では……」
「だったら何だあの宣言は!あんなのほぼ告白じゃねえか!抜け駆けしてんじゃねえぞ!」
「そうだ!冬咲さんはみんなの冬咲さんなんだぞ!」
男子達が怒りと嫉妬で騒ぎ立てる中、一人の少女が言う。
「皆さんお静かに!」
その言葉に、男子達は黙る。
女子達は好奇の視線を見せる。
叫んだ少女、冬咲 麗奈は俺の前に来て、笑顔で言う。
「少し、お話いいですか?三井君」
「あ、はい……」
その笑顔には、怒りが滲み出ていた。
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「隠れてたくせに、結局叫んでるじゃない」
「いやーつい」
絢士郎がクラスに問い詰められている時、環奈と絢也は保護者席から少し離れた所で話していた。
「それに何?あの応援、もっと言い方があるんじゃない?」
「あいつは俺の事嫌いだからな。あれが一番効くんだよ」
絢也は心底嬉しそうな表情を浮かべながら言う。
「そう、それなら何も言わないけど」
環奈は遠くに見える絢士郎と麗奈を見ながら、絢也に言う。
「桜ちゃん、絢士郎君に会ったそうよ」
それは、環奈が電話で直接聞いたことだ。
桜ちゃんの今の娘が絢士郎君を連れてきたそうだ。
「……そうか」
「母親だって、言わなかったって」
「それが桜の選択なら、何も言わねえよ」
桜の話をする時の絢也は、とても穏やかな表情をする。
それが、環奈の罪悪感を増幅させる。
「……そんな顔するなら、手放さなければ良かったのに」
言ってから環奈はハッとする。
自分が原因で絢也の家族を奪ったというのに、桜の幸せを壊したというのに。
「……ごめん」
「別にいいよ。お前を助けるって決めたのは俺の判断だ。あの時は、お前を助ける事が一番大事だったんだよ」
「でも!それはあなたのお姉さんの件があったからで……それが、なかったら……」
「姉さんの件がなかったら、桜とも出会ってないよ。そもそも、こんな俺になってなかっただろうから」
絢也は思う。
もし、あの事件がなければ、大学の教室で一人勉強する桜に話しかける事はなかっただろう、と。
「お前を助けたのと、姉さんの話は関係ない」
「……そう、ならもう何も言わない」
数秒の沈黙が流れる。
「……そろそろ帰るわ。仕事もあるしな」
「最後まで見ないの?」
「絢士郎に居る事がバレたら面倒だからな」
「……私が言えた事じゃないかもだけど、そろそろ逃げるのをやめたら?」
環奈の言葉は、絢也の痛い所を突いてくる。
「私は、絢也君のおかげで、娘と向き合えた。麗奈と幸せになる時間を貰った。絢士郎君は、あなたが思うほど子供じゃないと思うよ」
「……じゃあな、麗奈にもよろしく伝えといてくれ」
環奈の言葉に、明確な解答は示さず絢也は車に戻る。
「子供じゃない、か」
呟きながら、絢也は一枚の写真を見る。
大きめの制服を着た自分と、別の制服を着た女の子が肩を組んでいる写真
「姉さんなら、もっと上手くやれたのかもな…」
そんなもしもの事を想像しながら、絢也は車のエンジンをかけた。