第27話①
『只今より、第56回甲真高校体育祭を開会します』
空の下に居るだけで黒く日焼けをしそうなほど太陽が照りつける中、放送部員の先輩の宣言と共に体育祭が開会した。
行進を終え、体育委員長の宣誓を聞いた後、俺達生徒は一度退場する。
実行委員が座るテントの反対側正面が3年生、その左横が1年、反対が2年の席となっている。
行進をするだけで疲れるほどに気温が高く、俺は席に座るやいなや体の力を抜く。
「三井君、お水をどうぞ」
「……ありがとう」
冬咲がクラス全員に水を配って、熱中症の対策を進めている。
この裏で俺が変な決闘をしているとは夢にも思わないだろう。
水を一口飲んで、スケジュールを確認する。
俺の出る種目で午前の部にあるのはハードル走のみで、徳松との最初の勝負となる。
「ハードル走は次の次だな。ケン、絶対負けるなよ!」
横から陸斗が顔をだし、喝を入れてくる。
「出番はすぐだな。もう入場門に行かねえと」
既に最初の種目である2年の100m走に出場する生徒達は入場を始めている。
残りの2学年の100m走が終われば、ハードル走の始まりだ。
「お前の勝利が、1組を優勝に導くのだ!」
「プレッシャーをかけるな!」
陸斗からの声援?を受けながら俺は入場門に向かう。
到着すると、既に数名待機しており、その中に彩華の姿を見つける。
「彩華もハードル走か?」
「まあね、陸上部だし」
話しかけると、集中しているようで、いつもよりも数段低い声で返って来る。
「ハードルはちょっとしたコツがいるし、普通に難しいからね」
彩華の言うように、他学年や他クラスも陸上部を選出している傾向がある。
1年男子にも彩華の親衛隊のメンバーに居た男が見える。
「俺、もしかしてやばいか?」
「さあ?まあドベにならないように頑張れば」
これ以上彩華の集中力を削ぐわけにもいかないので、少し離れて俺も準備運動をする。
一通りしたところで、隅っこでくるまっている見覚えのある背中を見つける。
「緊張してるのか?加瀬」
俺と同じクラスで、ハードル走に出場する加瀬は人の文字を手のひらに書いて飲み込むという動作をひたすら繰り返していた。
俺のクラスには女子の陸上部員が居らず、加瀬はジャンケンに敗北して出ることになった。
ようは捨てた競技なのだ。
「……三井君はいいよね、運動神経いいからさ」
「俺だって気が気じゃない。相手には陸上部員だっているしな」
「焦ってるようには見えないけど……」
「今更焦っても仕方ないからな」
イメトレは十分にした。
後はどうにでもなれという感じだった。
そんなふうに話していると、大きな影が俺と加瀬にかかる。
振り向くと、徳松が腕を組みながらいつものように仁王立ちしていた。
その大きさは一年生ながら、周りの上級生よりも一回り大きく見える。
「逃げなかった事だけは褒めてやる。だが、ハードル走は陸上部の独壇場だ」
それだけ言って徳松は俺と距離を取った。
「あの人、何?めちゃくちゃでかいんですけど!」
「まあ色々とあるんだよ。俺にも」
そうこうしているうちに、ハードル走の入場が始まる。
俺達は一列に並んで、駆け足でグラウンドの中央へと移動する。
体育祭とはいえ、ルールはしっかりしており、女子は80m、男子は陸上競技と同じように110mでハードル走は行われる。
順番は2年、1年、3年となっており、放送部のアナウンスで、最初に2年生女子からスタート地点に並ぶ。
女子が終われば、同じ順番で男子が始まる。
2年生女子はあっという間に終わり、スタイルの良い陸上部らしき人が一位となった。
そして1年生の番になる。
加瀬はさっきよりも緊張しており、顔が真っ青だ。
さすがに見ていられないので、俺は加瀬の背中を優しく叩く。
「ひっ!な、なに!?」
驚いた加瀬は高い声をあげる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。たかだか体育祭だろ?」
「で、でも!クラスのみんな練習も頑張ってたし……」
「そんな事気にする必要は無いんだけどな…」
真面目な加瀬故に考えすぎてしまっている。
どうしたものかと数秒考え、閃く。
「陸斗も言ってたぜ、勝ち負けよりも楽しもうって」
「ほ、ほんとに!!」
適当に陸斗の名前を出せばいけると考えたのだが、予想以上に反応された。
「あ、ああ!本当だ!」
「そっか、冨永君が……えへへ」
本当は言っていなかったが、加瀬が元気になったのなら良かった。
ほっとしていると、妙な視線を感じその先を見ると、彩華がこちらを睨みつけていた。
「なんだ、あいつ?」
「1年1組の人ー!準備お願いしまーす!」
「あ!は、はい!今行きます!」
俺と話していたせいで少し遅れて加瀬がスタートラインに立つ。
体育の先生がピストルで音を鳴らして、一斉にスタートする。
最初から彩華がずば抜けてトップになり、そのまま難なくゴール。
加瀬はドベ2と結果は残念だったが、ハードル走が楽しかったのか、明るい表情をしている。
「さすがだな」
『1位』と書かれた旗を持って戻ってきた彩華に賞賛の言葉をかける。
「別に。これくらい普通だし」
「何怒ってんだ?」
「は?怒ってませんけど?死ぬ?」
久しぶりにストレートな罵声が飛んできたので、俺は黙った。
そのまま競技は進み、ついに俺の番がやってきた。
幸か不幸か、俺と徳松は横並びでスタートすることになった。
何か言ってくるかと思ったが、徳松も集中しており、俺の方を見もしない。
俺も一度頬を少し叩き気合いを入れる。
誠にカフェで言われた日から、俺は考えていた。
そして、ひとつの結論を出した。
(冬咲の事は、今は正直分からん。けど─)
俺はチラリと徳松を見て、心中で叫ぶ。
(こいつは生理的にムカつく!だから勝つ!)
「では、位置について!」
先生の掛け声の後、腰を下ろしてスタートの体制を取る。
横から凄まじい熱気を感じる。
「よーい『パン!』」
俺はピストルの音とほぼ同時にスタートを切った。
完璧なスタートだと思った。
しかし、1つ目のハードルを超えた時点で、右斜め前に大きな肩が視界に入った。
そのまま差をつけられて、俺は2位でゴールした。
1位は当然、徳松だった。
「すごい!歴代最速タイムですよ!」
どうやら徳松は甲真高校の体育祭記録を塗り替えたらしい。
俺は『2位』と書かれた旗を受け取り、ゴール地点の列に並ぶ。
前に座る徳松はこちらに振り向き、ニヤリと笑って言う。
「ふっ、この程度か」
それだけ言って徳松は前に向き直った。
(んにゃろ…)
ムカつく事を言われたが、正直完敗だった。
走力、技術のどちらも俺より数段上だった。
陸上部だとしても、食らいつくくらいならいけると過信していた。
ゴールする時、俺から徳松の背中が見えるくらいには差をつけられた。
(こいつ、口だけじゃない!ちょっと集中しないとやばいかもな……)
俺達の決闘は、俺の敗北から幕を開けた。
この時の俺は、ただムカつくという感情とは別の感情が芽生えている事に気づいていなかった。




