第25話③
「で?これはどういう状況?」
カゴに大量のグッズを入れて店頭近くに戻ってきた彩華が、俺と奏多が楽しそうに話している姿を見て、聞いてくる。
「早かったな、もういいのか?」
「そうじゃなくて!そいつ誰よ!」
「ああ、この子は─」
「初めまして、私は内田 奏多、絢士郎とは昔よく遊んでた仲なの、よろしくね彩華さん」
「な、なんで私の名前を!?」
「俺が教えたんだよ…」
「勝手に教えないでよ!」
「別にいいだろ名前くらい」
何故か怒っている彩華は、次に俺と手を繋いでいる心春ちゃんに目がいく。
「ちょ!?その子は!?まさか、あんたの子供!?」
「んなわけねえだろ!」
「お兄ちゃん、このお姉ちゃん誰?」
「お兄ちゃん!?そいつの妹は私なんだけど!」
「5歳と張り合うなよ……」
彩華の言動に呆れていると、奏多は楽しそうに笑う。
「なんか、仲良いね絢士郎と彩華さん」
「そうか?まあ、ここまで話すようになったのは最近だけどな。少し前までは罵詈雑言の嵐だったぞ」
「へ〜、今の二人見てると想像つかない─って、あー!」
突然奏多が叫びだし、彩華の持っているカゴの中のグッズのひとつを指さす。
「な、何よ!?」
突然の事に彩華もたじろぐ。
「こ、これ!『おれおじ』のレン様の店舗限定キンホルダー!あったの!?」
「えっと、最後のひとつだったけど……」
「うそ!?グワー!遅かったかー!」
奏多は頭をかきながら悔しそうな表情を浮かべる。
その姿を見て、彩華はゴクリと呑み込み、恐る恐る聞く。
「もしかして…あなたも?」
その問いに奏多はニヒルな笑みを浮かべる。
「漫画にブルーレイ、数々のグッズも網羅してる!」
「ほ、本物だ!」
二人は手を握りあって讃えあっている。
俺は何の話しか分からず、首を傾げていると、察した奏多が説明する。
「えっと、このキーホルダーのキャラはレン様って言って、『淫らな俺の王子様』って作品のヒーローなの!周りに好きな子が居なかったから感動しちゃった!」
「えっと、それは同じBL趣味だったってことか?」
「そういうこと!レン様推しって少なくてさー、私以外で初めて会ったよ!」
「そ、そうか、それはよかったな…」
あまりの熱弁に若干引いてしまう。
彩華もここまで開放的なのは見たことないのか、たじろいでいる。
けれど、少し嬉しそうにもしていた。
「そうだ!私の家に特装版のブルーレイあるんだけど、今から見に来ない?」
「特装版!?見たい!」
「おい彩華、突然押しかけるのは迷惑だろ」
「別に大丈夫だよ、今日親居ないし」
「でも─」
「久しぶりに絢士郎とも会ったんだし、ね?」
「本人がいいって言ってるんだからいいじゃん。何を渋ってんの?」
彩華のでかい態度にはイラッとするものがあるが、実際問題ほぼはじめましてレベルの他人の家にその日に行くというのは、距離感がおかしい気がしてならない。
「お兄ちゃん、心春の家来るの!」
悩んでいると、心春ちゃんが期待に満ちた目でこちらを見てくる。
その顔には勝てない。
「分かった。お邪魔させてもらうよ」
「そうこなくっちゃ〜」
こうして、商品の会計を済ませた後、奏多の家に向かう事になった。
「それにしても、絢士郎って雰囲気変わったねー」
奏多の家に向かう道中、俺達は昔話に花を咲かせていた。
心春ちゃんははしゃぎすぎたのか、寝てしまって、今は俺が抱っこしている状態だ。
ここまで安心されると、悪い気はしない。
「そんなに変わったか?」
「変わったよー、昔は根暗な子だったのに」
「今も根暗の陰キャでしょ?」
「うるせえな、別にいいだろ」
「2人って双子?」
「いや、義兄妹だ。親が再婚してな」
義妹があと2人いることは言わなくてもいいだろう。
「同い年の義兄妹とか、苦労するでしょ」
「別に、お互い干渉せずが続いていたからな。そっちはかなり歳が離れてるな」
俺達と同い年の奏多と5歳の心春ちゃんでは、一回り違う。
「私達は異母姉妹なんだよ。私のお母さんは私が生まれてすぐ死んじゃって、10年くらい前にお父さんが再婚したの」
その発言に失言だったと思い、少し暗い顔になる。
それを見た奏多が慌てて訂正する。
「勘違いしないで!今のお義母さんとは超仲良いから!心春も可愛いしね」
どうやら、俺とは違い奏多は上手くやれているそうだ。
それを少し羨ましいと思った。
「さ、着いたよ!ここが私の家!」
そうこうしているうちに、奏多の家に到着した。
俺達の居たショッピングモールから一駅程離れた場所の一軒家だ。
どことなく、俺達の家と似ている気がする。
「さ、遠慮せず上がってー」
「「お邪魔します」」
奏多に招かれるまま、俺達は家に入る。
心春ちゃんを奏多が部屋に運び、俺達はリビングで待つ。
戻ってきた奏多が飲み物を出し終えると、
「では早速、見ますか!」
部屋から持ってきたであろうブルーレイの数々に、彩華も目を輝かせている。
ここからが、地獄の始まりだった。
テレビに映し出されるのは、イケメンとイケメンが淫らに交りあう姿、誰がどう見ても18禁の映像を同い年の女子二人と並んで見るという狂気的な状況に、俺の心は無になっていた。
二人は、話が終わる度にここが良かっただの、ここに興奮したなどと熱く語り合っている。
(まじで何してんだろ、俺)
完全に心を閉ざしかけたその時、玄関の鍵が開く音が聞こえた。
「やばっ!」
その音を聞いた瞬間、奏多は慌ててテレビの電源を消し、ブルーレイを取り出す。
ケースにしまって、ソファに置いてあるクッションの下に隠した。
それとほぼ同時に、リビングの扉も開かれる。
「奏多ちゃん、誰か来てるの─ってあら?」
「お、おかえり、お義母さん…こちら、街でばったり会った昔の友達」
「はじめまして、三井 絢士郎と言います」
BL趣味を慌てて隠す奏多を横目に、とりあえず自己紹介をする。
すると、奏多母は手に持っていた荷物を床に落としてしまった。
「ちょ!?大丈夫ですか!?」
俺と彩華は慌てて荷物を拾い上げる。
「そっか、そりゃそうか」
その時、奏多母がボソリと何かを呟いた。
「お義母さん!?どうしたの!?」
「え?」
奏多の声に顔を上げると、俺と彩華も驚き、顔を見合わせる。
奏多母の目には、大粒の涙が浮かんでいた。