第25話①
(よし、今日こそ)
花野井 みさきの一件で彩華には色々と迷惑をかけたこともあり、何かお礼をしようと思っていたのだが、情けない姿を見せた事が気恥ずかしく既に一月という時間が過ぎていた。
このまま何もせず忘れてしまう可能性が出てくるので、もう逃げる訳にはいかない。
俺は恥ずかしさを押し殺し、彩華の部屋をノックする。
返事が返ってきたので扉を開けると、彩華はベッドで横たわり漫画を読んでいた。
「何?」
不機嫌というよりは少し焦っている様子で彩華は要件を聞いてくる。
「えっと、今更なんだが面談の日のお礼をしようと思ってな」
「お礼?私大した事してないけど?」
「いや、保健室で迷惑かけたろ、そのお礼だよ。それに、他にも色々と……」
言いながら当時の事を思い出し、小さなため息が出る。
「……ま、お礼って言うならお言葉に甘えて」
そう言って彩華は、スマホを見せてきた。
写っていたのは、何の特徴もないどこにでもある公園だった。
「この公園に行きたいのか?」
「今一番行きたい所」
「どこにでもある公園だろ?なんで?」
「実は、私の好きな漫画の聖地なんだよ!」
彩華の部屋には大きな本棚があり、そこには漫画が敷き詰められている。
カーテンが掛かっていて、尚且つブックカバーまでかけられているので、何の作品かは知らない。
「ここに一緒に行ってくれない?」
「別にいいけど……そんなのがお礼になるか?」
「写真撮ってくれれば十分だよ」
「まあ、お前がそれでいいなら……」
「ん、じゃそういうことで」
そう言って彩華は漫画の続きを読み始めた。
以前、彩華の好きなアイドルのポスターが張り出された時は、俺の意見も聞かず連れ出されたが、今回はちゃんと話し合って決めた。
彩華も成長したものだ。
そんな事をしみじみと感じながら、部屋を後にしようとした所で、ふと思う。
せっかく行くならば、俺も漫画の内容を知っていた方が楽しいのでは無いか、と。
「なあ、その公園が出てくる漫画ってどれだ?」
俺は数ある漫画の中から適当な1冊を取りながら聞く。
「ちょ!?それは!?ダメー!」
慌てて彩華が飛んできたので、咄嗟に俺は避ける。
彩華は床に頭を打ち、悶えている。
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫…てか!勝手に読まないでよ!」
俺は彩華の顔をじっと見る。
「な、何よ!」
やけに焦っている。
絶対に見られたくないものだと目が言っている。
そういうものほど見たくなるもので、俺は手に持っていた本を開く。
「ちょ!?ま─」
俺が開いたページでは、金髪のイケメンが眼鏡をかけたイケメンに壁ドンされ、顔を赤らめているシーンだった。
「・・・・」
「う、うわーーーー!!」
彩華は顔を真っ赤にして爪を俺の顔に目掛けて突き出してきた。
すんでのところで俺は彩華の手を掴む事に成功する。
「ちょ!?落ち着けって!」
「見られた!引かれた!殺してやる!」
支離滅裂な事を叫びながら彩華は暴れる。
俺は掴んでいた手を離し、後ろに引く。
「落ち着け!別に引かねえよ」
「嘘だ!どうせBL好きの変態とでも思ってるだろ!そうですよ!どうせ私は腐ってますよ!」
「話聞けよ!まじで引いてねえって、ちょっと驚きはしたけど…」
そう言うと、涙目になりながら彩華は黙る。
「別にお前がBL好きだからって引かねえよ。好きな物があるのはいいことじゃんか」
「……ほんとにそう思う?」
心配そうな目で見てくる彩華に俺は親指を立てて言う。
「当たり前だろ!むしろ尊敬するよ!こんなに熱中できるなんて、すげーじゃん!なんか、俺も見たくなってきたわ」
俺はBLは読んだことがないだけで、抵抗がある訳では無い。
実際、今持っている作品もパラパラと見ると、画力もあり興味はそそられる。
「見たい!今、見たいって言った!」
俺が興味を示した事が余程嬉しかったのか、前のめりに聞いてくる。
「ああ言ったぞ、もしかして、その公園はこの漫画の聖地なのか?」
「そうそう、そうなんだよ!」
見たことないくらいに彩華のテンションが上がっている。
もしかすると、このBLは彩華と向き合うのに大切なピースなのかもしれない。
「なら、尚更読まねえとな、楽しむために」
「うんうん!いいと思う!全巻揃ってるから、ちゃんと読んでよ!」
子供みたいに無邪気にはしゃぐ彩華を見ると、可愛いと思ってしまう。
「なら、読んでみるよ。ちなみに、この公園はどこで出てくるんだ?」
ネタバレになるかもしれないが、何せ巻数が多い。
せめて公園が出てくる所まで読めるよう聞いてみる。
「公園は15巻あたりで出てくるよ」
意外にも早くに出てくる事が分かり、俺は一層読む気になる。
それと同時に、公園にも興味が出てきた。
「彩華へのお礼のはずなのに、公園が楽しみになってきたな」
「そうそう、読んだのだいぶ前だけど、今でもはっきり覚えてる。」
彩華はうっとりとした表情で言う。
「あの公園での青〇シーン」
「よし!公園は却下だ」
俺は元気な声で叫んだ。