第22話②
「さっきは随分と楽しそうでしたね。」
注文を伝えに厨房に入った時、休憩がてら水分補給をしていると、冬咲が黒いオーラを放ちながら話しかけてきた。
「忙しそうでしたの間違いだろ?」
「そうでしょうか?あんなに密着して、デレデレしてましたよ。鼻の下も伸ばしまくりでした。」
ツーンとした態度を取る冬咲は中々に新鮮で面白かったが、今は厄介である。
「もしかして、隠れて付き合ってるんじゃないですか?」
「あれはその場しのぎの嘘だよ。変な勘ぐりをするな。」
そう言っても、冬咲の疑いの目は晴れない。
どうしてそんなに疑われるのだろう。
その疑問の答えを言うかのように、冬咲が続ける。
「どうでしょうか。女の子が苦手だと花野井さんから聞いていたのに、そんな気配はありませんでしたし。」
その発言に俺の動きがピタリと止まる。
突然黙り込んだ俺を不審に思い、冬咲も首を傾げる。
「・・・そういえば、笹川に触られても、震えなかったな。」
高校に入学した頃でも、既に手を触る程度なら、平気だった。
しかし、あそこまで密着すれば、以前までなら震えていただろう。
それなのに、さっき笹川が腕に絡みついてきた時、平然としていた自分を思い出す。
「・・・克服した?」
「三井君?」
つい自分の世界に入ってしまっていた俺は、冬咲の声にハッとする。
今は仕事中だと思い出し、水分を机に置き、盆を持つ。
「悪い、ちょっとぼーっとしてた。仕事戻るわ」
「あ、はい。」
それだけ言って、俺は厨房を出た。
昼の2時を回る頃、客足が落ち着いたタイミングで陸斗達にバトンタッチして、俺達4人は自由時間に入る。
「よーし!ケンティー、遊ぶよー!」
「いや、俺は日陰で休んどくから冬咲と行ってくれ。」
「そう?じゃあ冬咲さん、遊ぶよー!」
「いえ、私も日陰で休んでますので、根塚君と。」
「そ、そう?じ、じゃあ、ねづっち、遊ぶ─」
「僕も少し休んでおくよ。だから─」
「ふざけんなー!」
全員が休むと言えば、笹川はそう叫んだ。
「せっかく海に来たのに、遊ばないなんてもったいなでしょー!」
「働く前はそう思ってたけど、なんか疲れたし。」
「いや、全然余裕でしょ!いつもより時間だって短いじゃん!」
「笹川さん、感じ方は人それぞれですよ。」
「冬咲さんは正論言わないで!」
「ふふふ、お困りのようだね薫」
後ろから声がして振り返ると、シフトを変わったはずの和道が不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちしていた。
「和道、仕事はどうした?まさかサボりか?」
「そんなわけないでしょ。陸斗ちゃんが遊んできていいって言ってくれた。」
陸斗のやつは和道に甘すぎるな。
ここはしっかりと注意せねば。
「あと、唐沢君が多分誰も遊びたがらないだろうからって。」
誠は先を見すぎているな。
けれど、それは正解だ。
「てことで薫!遊ぶぞー!」
「そうこなくっちゃー!」
そう言いながら、2人はボールを持って海に走って行った。
それから10分ほど経っただろうか。
俺達3人はぼーっと海を眺めていたが、飲み物を買ってくると根塚が立ち去った。
海の家で買えばいいのだが、今はおやつ時で、かなりの人数が並んでおり、自販機まで買いに行くと言っていた。
関係者権限を使わないのが根塚らしい。
自然と冬咲と2人になる。
「・・・海、綺麗だな。」
「そうですね。」
まだ若干怒っているのか、返事が素っ気ない。
別にいいのだが、2人という状況では、気まづいと言わざる得ない。
「・・・さっきの克服したって、女性への苦手意識を克服したってことですか?」
話し始めたと思ったら、さっきの話の続きらしい。
俺の独り言のような呟きを聞いていたようだ。
「いやまあ、確信はないけど、そうかなって思っただけだ。」
あの時は、笹川を手助けすると考えていたから平気だったのか、笹川だから平気だったのか。
そのあたりは分からないが、確かに震えは無かった。
「・・・じゃあ、確かめてみましょう。」
「どうやって?」
「ついてきてください。」
そう言って冬咲が立ち上がり、歩いていく。
特にやることもないので、その後に続く。
冬咲を1人にする訳にもいかない。
しばらく歩くと、俺の身長より少し大きめの岩がぽつりとあった。
その近くはあまり整備されておらず危ないからか、人っ子一人居ない。
「ここは危なくないか?」
「でも、人は来ないですよ?」
それはそうだが、話では、俺のトラウマが治ったかの確認をするんじゃなかったか?
疑問を浮かべていると冬咲が、着ていた海の家のTシャツを脱いだ。
その瞬間、以前と同じように、言葉を失った。
「ど、どうですか?」
Tシャツの下には、当然水着を着ており、冬咲の水着はシンプルな白いビキニ型で、冬咲のスタイルの良さを全面にアピールしている。
さらに、普段ガードの堅い冬咲からは想像できない露出度なので、相乗効果がある。
「正直に言ってください!・・・似合ってないのは分かってますから。」
「似合ってるに決まってるだろ!いや、むしろエロ─」
「それ以上は言わないでください。」
何とも言えない圧に俺は黙った。
さすがに凝視するのは失礼だし、そもそも出来ないので、俺はそっと目線を逸らす。
「なるほど、水着を見るのは平気なんですね。じゃあ─」
そんなことを呟いた冬咲は、その姿のまま俺に迫ってきた。
「お、おい!何やってんだ!」
「苦手意識が無くなったか確かめないと」
「今しただろ!」
「水着姿を見ただけです。どこまでなら大丈夫かどうかも確かめないと」
そう言いながらジリジリと迫ってくる。
それに合わせて俺も後退するが、岩の所に追いやられてしまい、逃げようとしたが、冬咲の手がそれを邪魔する。
「お、俺達って、元兄妹だろ?」
「そうですね。元兄妹です。」
「だろ!だから─」
「ですが以前、見方を変えると言いました。さらに言えば、妹として見ないと言ってました。」
そこまではっきりと言った覚えはないが、似たような事を言ったので否定しきれない。
そっと冬咲の片手が俺の手を掴む。
逃がさないと言わんばかりに。
「・・・震えるなら、やめろよ。」
「・・・三井君も震えてますよ。やっぱりまだ、克服してないんじゃないですか?」
冬咲の手は震えていた。
俺の手も震えている。
けれど、これはまた別の震えだ。
嫌悪や恐怖からの震えじゃない。
けれど、この場を抜け出すには好都合だ。
「だったら、答えが出たじゃねえか。ほら、さっさと戻ろう。」
「嘘、つかないでください。」
冬咲には見抜かれる。
「・・・彩華さんが羨ましかった。」
突然、そんなことを言い出す。
俺は黙って、話を聞く。
「助けてもらって、ちゃんと妹の彩華さんが羨ましかった。花野井さんもそう。歪だとしても、ちゃんと三井君と繋がりがあって羨ましかった。」
そこまで言って、真っ赤になった顔を上げる。
それに不意をつかれて、俺の反応が遅れる。
その隙に、冬咲の顔が俺の顔に近づいてくる。
(やば!)
抜け出せない。そう確信した時だった。
「何、してんの?」
突然声がして、俺達の動きが止まる。
2人して声の方を見ると、ここに居るはずのない人物が立っていた。
その人物は俺達を交互に見て言う。
「何してたの?2人とも」
その少女、三井 彩華ははち切れんばかりの笑顔だった。