第2話②
「ここ、座ってもいいですか?」
昼休み、誠と陸斗はそれぞれ用事があり、1人で食堂に居ると、冬咲が相席を望んできた。
「いいわけないだろ。ほか行け」
「ちょっと三井君、その言い方は何?」
「まあまあ、頼んでいるのはこちらですから。」
冬咲に群がってるクラスの女子がいちゃもんをつけてくるが、冬咲自身がそれを宥める。
「今日は食堂が混んでいて、ここしか空きがないんです。」
周りを見渡すと、確かに空いている席はなく、俺の近くの3席だけが綺麗に空いていた。
お盆を持ったままの女子をずっと立たせているのはさすがに気が引けたので、俺は仕方なく了承した。
席に座ってから冬咲がこちらを見ることはなく、俺の心配は杞憂に終わった。
そう思っていたが、お盆の返却をする際に話しかけてきた。
「お義父さんは元気ですか?」
それも、直球の質問をしてきた。
驚きはしたが、冷静に答える。
「さあな。単身赴任だから知らねえよ。」
「単身赴任?お義父さんの職業で?」
「転職したんだよ。てか、もう関係ねえだろ。」
「そんなことありません。今でも私の父はお義父さんだけです。」
何を言っているのか、俺には分からなかった。
娘に父親じゃないと言われているような冬咲の本当の父親はよっぽどのダメ男だったのだろうか。
「そういえば、あなたとこうしてお話するのは、初めてな気がします。」
それは同感だった。
一緒に住んでいた時は会話なんてなかったからだ。
「何が狙いなんだ?」
ここまで俺に対しての態度が変わったのは、理由があると思い、聞く。
「特にありませんよ。ただ─」
冬咲が、俺の顔をじっと見て言う。
「あなたに、私の事を意識してもらおうと思いまして。」
「は?」
「それでは、失礼します。」
意味深なことを言って冬咲は友人達と食堂を後にして行った。
「何を言ってんだ。あいつは」
少し顔が熱いのは気のせいだろうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
冬咲が食堂を出るタイミングで、花野井が友達と一緒に食堂に入ってきて、すれ違う。
その一瞬、冬咲は花野井を見て、ニヤリと笑う。
それを花野井は見逃さなかった。
「ちょっと。」
花野井が冬咲を引き止めると、冬咲の友人たちは、少しビビっている様子だ。
「何でしょうか?花野井さん」
花野井はチラリと食堂の中を見て、絢士郎の姿を確認する。
「何したの?」
「別に何も。用がないなら失礼します。」
そう言って、冬咲は食堂を後にする。
「何?みゆうって冬咲と知り合いだったの?」
花野井の友達がそう聞くと、花野井は「別に」とだけ答える。
その横を絢士郎が過ぎていく。
こちらを見向きもしないで。
まるで気づいていない様子で。
そんな絢士郎の背中が見えなくなるまで、花野井は見つめていた。
「みゆう、もしかして、あの男の子が好きなの~」
そんな花野井を見た友人の1人がからかうように言う。
「は、はぁ!?そんなんじゃないし!?」
「慌てすぎ。なるほど~、みゆうはああいうのが好みなのか~」
「だから!違うっての!」
花野井の否定を友人達は信じてくれなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「いらっしゃいませー」
放課後、今日はバイトの日なので、学校に残ら無かった。
俺のバイト先は、家の最寄り駅の前にある個人が営んでいる喫茶店で、常連さんを始め、学生も多く来店する。
うちの学校の生徒も見かけた事はあるが、今の所知り合いに出くわした事はない。
「三井君、テスト前だろ?もう上がってもいいよ。」
「ありがとうございます。でも、もう少しだけ」
マスターからの厚意はありがたいが、テスト勉強に遅れはない。
今日はお金を稼ぐ事に集中したい。
「君がいいなら、こっちとしてはありがたいけど、無理してないかい?」
「はい。自分の中のキャパは分かっていますから。」
無理をしている訳では無いが、将来のためには、今より頑張らなくてはならない。
結局、9時ギリギリまで働き、俺は帰路につく。
目的の場所に到着し、俺はインターホンを押す。
「はい?あ、ケンちゃん、ちょっと待ってて」
そんなおばさんの声が聞こえて、しばらく待っていると、扉が開き、誠が出てくる。
「今日泊めてくれ。」
「あー、今日あの日なのか?」
「そういう事だ。」
事情を知っている誠は、頭の後ろを書きながら、俺を部屋に泊めてくれた。
今日は、家には帰らない。
親父とは、会いたくないから。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夜9時を回る頃、ママのスマホに絢士郎からメッセージが届く。
[今日は友達の家に泊まります。]
それだけの淡白な内容。
ママは気にしていたが、お義父さんは「もしかして彼女か?」なんて、笑いながら言っている。
そんなお義父さんの言葉に、私は昨日の光景を思い出す。
1組の冬咲と一緒に帰る絢士郎の姿。
何も無かったと言っていたけど…
「もしかして、冬咲の家に?」
そこまで考えて、私は首を横に振る。
何も考えたくなくて、いつもより早く、私は眠りについた。