第21話②
駅前の喫茶店に入ったのはいいが、そこからは沈黙が続く。
誘われたということは、何か話があるんだとばかり思っていたので、調子が狂う。
とりあえず運ばれてきたコーヒーを飲む。
「結構美味いな。」
もちろん、マスターには適わないが、チェーン店という事を考えればかなりの美味さだ。
これを何杯も作っていると考えれば凄いことである。
「好き、なんですか?コーヒー」
「まあ、喫茶店でバイトしてて。」
「へー、そうなんだ。」
なんというか、口調がバラバラな人だと思った。
さっきも思ったが、敬語になったりタメ口になったり。
話し方が定まっていなくて、慣れていない印象だ。
「花井さんは、元ヤンとかですか?」
「はあ!?な、なんで!?」
「いや、何か喋り方がちぐはぐだなーと。」
「ち、違うから!?あ、違います!」
元ヤンという過去があり、淑女になろうとしているというような物語があるのかと思ったが、違うようだ。
「ただ…」
花井さんは照れくさそうに俯いている。
「ただ?」
「・・・ちょっと、恥ずかしいだけです。」
恥ずかしいというのは、俺と居る事がだろうか。
それとも、服装の事だろうか。
「ほら私、こういう服似合わないでしょ。」
「いえ、そんなことないと思いますけど。」
「え!?」
何故か驚かれた。
似合っているのは本当だ。
むしろ、花井さん程の清楚な女の子が純白のワンピースを着なくてどうするのだ。
花野井なんかが着てみろ。
似合わない事は無いだろうが、違和感が半端じゃない。
「ほ、本当に似合ってんの?何か、着られてる感じしない?」
「そんな事ありませんよ。むしろ、ワンピースの方が霞んでいるくらいです。」
「は、はあ!?」
今のは自分でも気持ち悪いと思ったが、取り消す程でもない。
花井さんの口調が変わった事はもう無視しよう。
「・・・何か、褒め慣れてる?」
じとっとした目でこちらを見てくる。
「いや、そんなことは─」
「だって、いつもは…」
「いつも?」
「い、いえ!?こちらの話!です。」
いきなり慌て出すので心配になるが、本人が平気そうなので追求はしない。
若干顔が赤くなっている気もするが…。
「その、よく女の子と出掛けるんですか?」
「え?そう見えます?」
「いえ、褒め慣れてるから、そういう機会が多いのかなって…」
「あまり経験はないですよ。」
正直に答えたのだが、花井さんは怪しんでいる。
そんなに気になることなのだろうか。
初対面の男のデート経験なんて。
「・・・別に、褒める事くらいしますよ。逆に言えば、ダメなところもはっきり言います。」
「私のことは褒めた事ほとんどないくせに」
「何か言いました?」
「いえ、別に!」
何かボソッと言われたが、聞こえなかった。
何故か急に機嫌が悪くなった気もする。
「ケ、み、三井さん、は、もう少し身近な人を気にした方がいいですよ。」
「身近な人って、例えば?」
「・・・家族、とか。」
「・・・生憎、俺は家族が好きじゃないので。」
そう言うと、一瞬花井さんの表情が曇る。
俺が気づけないほどに一瞬で、すぐに柔和な表情になる。
「えっと、どうして?」
「・・・大層な理由じゃないですよ。ただ、理解しただけです。家族だって所詮は他人だって。」
「他人では─」
「他人ですよ。父親なんて自分が理解出来ないようなことばかりするし、母親なんてのは形だけで、本当は何を考えているかなんて分からない。」
正直に答えるつもりはなかった。
けれど、勢いに任せて、言ってしまった。
俺の語気が少し強かったのか、沈黙が流れる。
「・・・すみません。私、予定があるのを忘れてました。失礼します。」
そんな中、突然そう言って花井さんはお金だけ置いて立ち去った。
1人残された席で、空を見上げる。
(何熱くなってんだ。)
初対面の女の子に、自分の本音をぶちまけて、困らせた。
そのままボーッと空を眺めていると、陸斗から催促のメッセージが届く。
重い腰を上げて、俺は陸斗の家に向かった。
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純白のワンピースを着た少女は、喫茶店を足早に離れて、ある自販機の前で立ち止まる。
そして、そのまましゃがみこみ顔を手で覆う。
(何やってんだ私!こんな格好で!)
清楚な少女花井 みゆこと、花野井 みゆうがなぜこんな格好で出歩いていたのか。
それは、今日の早朝まで遡る。