第20話③
「あれ乗りたい!」
「よーし!じゃあ乗っちゃおー!」
「次あれしたい!」
「したいと思った時にやっちゃっえー!」
心春ちゃんの両親を探し始めて1時間半
心春ちゃんが乗りたい、やりたいというアトラクション全てに笹川が賛同するため、迷子センターに向かうどころか、そもそも両親を探してすらいない。
止めようにも、心春ちゃんの上目遣いには適わず、結局許してしまう。
心春ちゃんの身長では、絶叫系に乗ることがないためか、笹川もテンションが高い。
疲れた俺は、ベンチに座ってアトラクションが終わるのを待つ。
しばらくして、飲み物を買ったのか、飲みながら2人が戻ってくる。
「おまたせ~」
「やっと終わった。今度こそ、探しに行くぞ。心春ちゃんの親だって探してるだろうし。」
「分かってるよ。私も十分楽しんだし。心春ちゃん、そろそろ行こうか。」
心春ちゃんの手を握り、笹川が歩こうとすると、心春ちゃんは一点を見つめて動かない。
視線の先には、キャラクターの前で写真撮影が行われていて、仲睦まじい家族が居た。
(そりゃ、寂しいよな。)
聞けば心春ちゃんは5歳らしい。
それくらいの子供なら家族と離れたらいくらこちらが楽しませたところで埋まらないものがあるだろう。
「あれ、撮りたい!」
と思っていたら、寂しいという訳ではなく、ただ写真を撮りたかっただけらしい。
思わずずっこけそうになった。
「いいね~!撮ろう撮ろう!」
笹川は妙に乗り気である。
俺は正直気分が乗らない。
「本当に撮りたいかい?心春ちゃん」
そう聞くと満面の笑みで頷く心春ちゃん。
仕方が無いので、俺は真実を告げる事に決めた。
「いいかい心春ちゃん、あのキャラクターはね、実は─」
言おうとしたところで笹川に拳骨をくらう。
「何言おうとしてんの!夢を潰すな!」
「俺はただ、現実を教えようと─」
「それはまだ先でいいの!」
このやり取りを心春ちゃんは楽しそうに眺めている。
「つべこべ言わず、写真撮りに行くよ」
「・・・本当に最後だからな。」
心春ちゃんの手を俺も取り、写真撮影の場所に並ぶ。
順番が回ってくると、係のお姉さんが首を傾げている。
「えっと…娘さんですか?」
「違います!」
まさかの勘違いに思わず強めに否定してしまう。
係のお姉さんも「ですよね!」と言いながら謝罪する。
そんなに老けて見えたのだろうか。
「プッ、老け顔なんじゃない?」
笹川のバカにしたような笑いに腹が立つ。
「言っとくけど、お前もお母さんだと思われたってことは、そういう事だからな。」
「え…それはショック…」
「撮りますよー」
係のお姉さんの掛け声と同時に、俺達も手でピースサインを作る。
後ろのキャラクターの中の人にお辞儀だけして退散する。
撮った写真はその場で現像されるらしく、1人1枚ずつ貰った。
「こうして見ると、本当に親子みたーい!」
笹川が写真を見ながら言うが、俺は少し恥ずかしくなる。
「・・・親子と言うよりは、兄妹だろ。」
「でも、係のお姉さんは親子だと思ったみたいだよ」
またからかうように笹川が言う。
言い合いをするのも面倒なので、無視を決め込んだ。
「お兄ちゃん、無表情」
次は、心春ちゃんが写真を見ながら呟いた。
言う通り、笹川と心春ちゃんは笑顔なのに対して、俺は真顔でピースしてるだけである。
「ちょっと怖んだけど…」
「仕方ないだろ。慣れてないんだ。」
誠達と遊んでも写真なんて撮らないし、家族で出掛けた記憶も薄い。
「お兄ちゃん、楽しくなかった?」
心春ちゃんが落ち込んだ顔で聞いてくる。
俺は少し表情を緩めて、しゃがみこむ。
「そんなことないよ。心春ちゃんと遊ぶの楽しかったよ。」
「ほんと?」
「ほんとほんと、またお兄ちゃん達と遊んでくれるか?」
そう言うと、心春ちゃんは笑顔で頷く。
つられて俺も口角が上がり、心春ちゃんの頭を撫でる。
そんな光景を笹川が呆然と見ている。
「・・・なんだよ」
気になって声をかけると、少し慌てて話し出す。
「え!?いや、別に、ケンティーもそんな顔するんだと思って…」
「顔?どんな?」
「いや、なんて言うか、慈愛に満ちた父親の顔、かな?」
「訳分からねえ事言わないでくれる?」
「な!?褒めてあげたのに!?」
一体どの辺りが褒め言葉だったのか教えてもらいたい。
「心春!」
そんな話をしていると、少し離れた所から野太い男性の声が聞こえた。
「パパ!」
声の主に向かって、心春ちゃんは走り出し、抱き合う。
どうやらお父さんを見つけたらしい。
「ごめんなー、目を離して。怖かったろ」
「ううん!お兄ちゃんとお姉ちゃんが居たもん!」
心春ちゃんは俺達の方を指さして言う。
心春ちゃんのお父さんは俺達の方に駆け寄り、頭を下げる。
「ありがとう!娘を見ていてくれて!」
「いえいえ、そんな!?大したことではありませんから。頭を上げてください!」
「本当にありがとう!何か、何かお礼をさせてくれ!」
「大丈夫ですよ。対価を求めたわけでもありませんから。」
「しかし!」
「じゃあ、次街で会った時に何かお礼をしてください。」
本当に対価はいらないので、そう提案する。
笹川も賛成なのか、頷いている。
「そう、か。本当にすまないね。」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、また遊ぼ!」
心春ちゃんがそう言うので、俺達も返事をする。
そんな俺達を見て、男性は何かを取り出し、俺に渡してきた。
「だったら、お礼という訳では無いけど、名刺を渡しておくよ。何かあったら力になるし、心春も君達とまた会いたそうだしね。」
そんなホイホイと渡すものかは不明だが、とりあえず受け取る。
名刺には、『内田 奏志』と記されている。
「僕の名前だ。ここで会ったのも何かの縁だ。君達の名前を聞いても?」
内田さんは悪い人でもなさそうなので、俺達は名乗る。
「笹川 薫って言います。」
「三井 絢士郎です。」
「三井、絢士郎?」
俺の名前を言った瞬間、内田さんが一瞬固まるが、俺達は気づかなかった。
「・・・そうか。君が…」
「パパ?」
心春ちゃんの声に、内田さんは反応し、笑顔を向ける。
「今日は、本当にありがとう。また会おう薫さん、絢士郎君」
そう挨拶をして、俺達は別れた。
「思わぬ縁ができたね。」
「だな。」
まさか大人の男性と仲良くなる日が来ようとは。
親父と同い年位に見えたが、親父よりもよっぽど大人だったな。
「あ、黄名子からだ。そろそろ合流しようだって。」
「陸斗からもきてる。まあいい時間だしな。」
色々時間を割いてしまい、既に午後2時半を回っている。
「じゃあ、こっからは友達同士で楽しもう!」
「次は何の絶叫系乗る?」
「ちょ!?ケンティーまで!?」
その後4人で合流し、時間いっぱいまで遊び尽くした。
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「ただいまー!」
扉を開けると同時に心春は大声で叫んで家に上がる。
「今帰ったよ。」
「おかえりなさい。心春は楽しめた?」
「うん!優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんに会った!」
「そう。それは良かったわね。」
心春の満足げな笑顔に母親も笑顔で返す。
「お姉ちゃんよりも優しかった!」
「な~に~!この恩知らずが!」
心春の発言に本当の姉が心春を追いかける。
「お姉ちゃんが怒ったー!」
楽しそうに笑いながら逃げ回る。
「2人ともやめなさい!奏多ちゃんは風呂に入りなさい!」
「は~い。心春も入る?」
「入る!」
そう言って、心春と姉はお風呂場に向かった。
「奏志君、お腹空いてる?一応ご飯作ってあるんだけど」
「いや、外で食べてきたから。明日のお昼にでも食べるよ。」
「そう。分かったわ。2人がお風呂上がったら、奏志君が入ってね。」
「なあ、桜」
「何?」
「・・・今日会ったお兄ちゃんってね、絢士郎君のことなんだ。」
その名前を聞いた瞬間、母親の動きが止まる。
「確信はないよ。でも、苗字は三井だし、顔つきも絢也にそっくりだ。ほぼ間違いないと思う。」
そう言って奏志はちらりと自分の妻を見る。
妻は俯き、暗い顔をしている。
「・・・ごめん。今のは僕のデリカシーが無かった。」
「いいのよ。それに、きっと他人だわ。」
「いや、でも─」
「だって、そうでしょ?」
奏志の言葉を遮り、女は言った。
「こんな私に、そんな奇跡を神様が与えてくれるはずないもの。」
その目には、涙が浮かんでいた。